新国立劇場バレエ団木下嘉人に聞く、『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル/白ウサギ役での挑戦
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インタビュー

木下嘉人
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すべて見る2025年6月12日(木) 、新国立劇場にてバレエ『不思議の国のアリス』が開幕する。2011年、英国の振付家クリストファー・ウィールドンの振付により英国ロイヤルバレエで誕生、ルイス・キャロル原作の物語の世界を色鮮やかな舞台に立ち上がらせ、話題を振りまいた作品だ。7年前、アジアのバレエ団として初の上演に取り組んだ新国立劇場バレエ団では、ヒロインのアリスと庭師ジャック(不思議の国ではハートのジャック)との恋模様をはじめ、強烈な個性を放つキャラクターたちを新国立劇場バレエ団のダンサーたちが好演、たちまち同劇場の人気レパートリーに。前後編の2回にわたってお届けするこのインタビュー、今回はルイス・キャロル/白ウサギを演じるファースト・ソリストの木下嘉人が登場、役柄への思い、作品の見どころを聞いた。
いつも焦っている優柔不断キャラ
──『不思議の国のアリス』のルイス・キャロル/白ウサギを演じられるのは今回が3度目、どんな役割を担うキャラクターなのでしょう。
このバレエではルイス・キャロルが皆を物語に引き込んでいきます。まさに原作が生まれたのと同じシチュエーションのように、自身が書いたお話をアリスたちに読み聞かせるところから物語がスタートする。つまり、彼はこのバレエのキーパーソンなんです。
──原作ではあわてて走る白ウサギを追いかけて穴に落ち、不思議の国へと迷い込みますが、このバレエではルイス・キャロルが白ウサギに?
変身するんです! これ、ネタバレにならないよう詳細は控えますが、ちょっとずつ変わりますよ(笑)。7年前、振付家のクリストファー・ウィールドンさんがリハーサルにいらした時、こう言われました。「ステップもとても大事だけれど、一番重要なのはストーリー。物語を伝えることを大事にしてください」と。だから、すごくわかりやすいですよ!
──物語を引っ張っていく役柄であり、しかもウサギ。演じるにあたって、どんな課題がありましたか。
第1幕では、ずっとアリスに寄り添い、不思議の国でもずっと彼女を導いていきます。きっとアリスのことが好きなんでしょう。すごく優しい人だと捉えて演じています。でも原作の通り、常に時間に追われて焦っている。ちゃんと仕事をしないとハートの女王に首を刎ねられてしまう! 優柔不断なところもあって、あっちでもこっちでも焦って──そんなところもウサギらしく見えたらいいなと思うのですが、大事にしたのは、ルイス・キャロルから変身したウサギって一体どんな仕草をするんだろう、ということ。もちろん、決められた振りはありますが、口をもぐもぐさせたり脚で身体を掻いたりしている様子は、本物のウサギの動画などを見て参考に(笑)。表現についてはダンサーの自由に任されているところもあるので、今回も4キャストそれぞれが違った白ウサギになると思います。
──第1幕から大活躍ですね。
マジックをやってみせたり、ダッシュで早着替えに向かって顔を白く塗ったりして1幕はとくに忙しいんです。自分が焦ってしまうと頭が真っ白になって、その瞬間に「木下嘉人」になってしまう(笑)。物語の中でナチュラルに居られるようその場に“生きる”ことが、当初の一番の課題でした。
ハートの女王、マッドハッターも大活躍
──踊りの見せ場のひとつとなるのが、第3幕でのソロですね。
女王の好きな色である赤いジャケットを着て、裁判の準備をする場面です。ソロの振付はステップがたくさん詰まっていて、カウントも身体の使い方もものすごく難しく、頭がキーンとするほど(笑)。白ウサギはとにかくずっと焦っていて、それがソロの振付のあの速さに反映されているのだと感じます。
──白塗りにサングラス、さらにウサギの耳の形のかつらを被った独特のいでたちですが、動きにくかったり窮屈だったりしますか。
かつら自体はそれほど重くないのですが、頭にガシッと嵌め込むのでどうしても違和感が拭えません。でも、こうした扮装をするからこそ、白ウサギのキャラクターをさらに深く研究しなければいけないと思いました。この作品のキャラクターは皆、一人ひとりの衣裳にこだわりがあるので、ぜひ、注目していただきたいですね。
──では、木下さんおすすめの注目キャラクターは?
まずはハートの女王。彼女が4人の臣下たちと踊る、“タルト・アダージオ”が大きな見せ場です。古典バレエの傑作『眠れる森の美女』では、オーロラ姫と彼女に求婚する4人の王子とのエレガントで華やかな 「ローズ・アダージオ」という踊りが有名ですが、それにそっくり似せておきながら、すごくコミカルに作られています。バレエの要素をしっかりと入れつつ、すごくわかりやすく物語を伝えているなと感じるところです。
Alice’s Adventures in Wonderland© by Christopher Wheeldon Photo by HASEGAWA Kiyonori
マッドハッターも魅力的なキャラクター。バレエダンサーがタップダンスを踊るなんて、痺れますね。これはオリジナルキャストで今回もゲスト出演される、英国ロイヤルバレエのスティーヴン・マックレーさんがタップの名手だったことで実現した役ですが、バレエはつま先を伸ばすけれど、タップでは緩めて脱力。全く逆のことをひとつの踊りで同時に見せているのがすごいんです。

Alice’s Adventures in Wonderland© by Christopher Wheeldon Photo by HASEGAWA Kiyonori
そうしたシーンだけでなく、イモ虫のようなコンテンポラリーの要素が強いダンスが登場したり、古典バレエの“花のワルツ”のような華やかなコール・ド・バレエが繰り広げられたり。アリスが身ひとつでソロを踊るシーンもありますし、お芝居の部分もあるし、場面が変わるたびにプロジェクターが効果的に使われたりカラフルな舞台装置が出てきたりと、いろんな要素が組み合わさって『アリス』の物語が表現されていきます。とにかく舞台上の情報量が多いので、あらためて見どころがたっぷり詰まった舞台だなと感じますし、大好きですね。作られたウィールドンさんを尊敬するしかありません。ウィールドンさんはこうした大きなバレエだけでなく、新国立劇場でも上演している『DGV Danse à Grande Vitesse©』のような抽象的な作品も作られるし、ミュージカルも手がけられています。本当に視野が広い方なんだと思います。
すべては本の中で起きていること──?
──木下さんはウィールドンの『DGV』も踊られていますが、どんなところに彼の振付の特徴、魅力を感じられていますか。
音の取り方が独特です。複雑で難しい音楽の使い方をされるので、「この音楽でこんな振付を!?」と思うほど。音楽性の豊かさ、なのでしょう。白ウサギの振付も音の使い方が本当に独特で、不思議な感覚になります。いっぽうで、とても流麗な音楽でアダージオを振付けられてもいるので、本当にすごい。天才ですね!
──木下さんご自身も振付を手がけられていますね。
ちょっとだけです(笑)。でも、こんな作品を作ることができたらって思います。振付だけでなく、様々な要素の使い方が素晴らしいんです。照明や床のリノリウムにしてもしっかりと作り込んでいて、『不思議の国のアリス』の舞台では、床に文字が書かれていることにも気づかれると思います。僕の解釈ではあるけれど、この物語は本の中の世界で起きていることだと示しているように思います。それを実現する才能あるアーティストたちを束ねられていることもすごいこと。大いに刺激を受けました。
──今回の3度目のルイス・キャロル/白ウサギではどんなことを目指されていますか。
前回を踏まえて、今回はもっと落ち着いて向き合い、もっとこうしてみよう、深めてみようと考えながら稽古しているので、より進化した白ウサギをお見せできたらと思っています。
実は、この役を演じたことで、僕はもっとお芝居をしてみたいと思うようになりました。ここまで演技の要素の強い役柄はほかに経験していなかったんです。白ウサギを演じたことにより演技への興味が深まり、例えば4月に演じた『ジゼル』のヒラリオンのようなキャラクターの演技に繋がっていると思います。ヒラリオンは、繊細な部分もあれば、とても強引に振る舞うところもあり、そのギャップを意識して研究しました。なぜそう動くのか、台詞を口にしながら動くことで馴染んでくることもありますが、それを頭で考えなくてもできるようにするためには努力が必要。人生で経験していないことをやるのはすごく難しいことですから。とくに“陰”のキャラクターは難しく感じます。でも、この白ウサギは“陽”。どちらかというと僕は“陽キャ”なので(笑)、楽しく演じられますし、演技って面白いなと実感しています。
──ではあらためて、この舞台の魅力アピールをお願いします。
この作品では、すべてを目で追うことができないほど、舞台上でいろんなことが起こります。観ていればストーリーが伝わってくるので、アリスの物語を知らない人でも存分に楽しめると思いますし、2回、3回と観たらいろんな発見があるかもしれません。
6月22日(日)14時開演の「ぴあスペシャルデー」公演では、ルイス・キャロル/白ウサギ役で木下が登場する予定だ。
取材・文:加藤智子
<公演情報>
新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』
振付:クリストファー・ウィールドン
音楽:ジョビー・タルボット
美術・衣裳:ボブ・クロウリー
台本:ニコラス・ライト
照明:ナターシャ・カッツ
映像:ジョン・ドリスコル / ジュンマ・キャリントン
パペット:トビー・オリー
マジック・コンサルタント:ポール・キエーヴ
2025年6月12日(木)~6月24日(火)
会場:新国立劇場 オペラパレス
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2557867
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