ダンスで繋ぐ、J-POPと賢治の幻想世界。伊藤郁女が語る新作『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』
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インタビュー

伊藤郁女 (撮影:藤田亜弓)
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すべて見る2025年7月10日(木)、KAAT 神奈川芸術劇場にて伊藤郁女の振付・演出によるダンス公演、『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』が開幕する。振付家、ダンサーで2023年よりフランスのストラスブール・グランテスト国立演劇センター(TJP)のディレクターを務める伊藤郁女が振付、演出を手がける新作は、KAATでの初演ののち、秋にはフランスでの上演も控えている。そのモチーフは、宮沢賢治の小説「ひかりの素足」。「銀河鉄道の夜」の原型ともいわれる、岩手の雪山で遭難する兄弟の物語だ。公演直前、KAATでリハーサルを重ねる伊藤に、作品のコンセプトや上演への思いについて話を聞いた。
オノマトペは“身体で感じることば” ──国を超えた創作の鍵に
──今回のこの作品は、KAATとTJPとの国際共同制作として創作されましたが、クリエーションはいつスタートされたのですか。
2021年でした。私がTJPのディレクターになったのは2023年ですから、その前から始まったプロジェクトです。長塚圭史芸術監督のもとでスタートした「カイハツ」プロジェクト──これは本当に素晴らしくて、余計なプレッシャーを感じることなく、いろいろと創作の可能性を探る機会を作っていただいて、いろんなダンサーの方に出会うこともできました。そこで、オノマトペに関して探っていきたいと思い、20代の時に読んでいた宮沢賢治の「ひかりの素足」を題材にするのはどうか、ということになったんです。スタートはKAATでしたが、フランスでも創作を重ね、本当に贅沢なクリエーションとなりました。
──オノマトペとダンスとの関わりを探るということについて、もう少し教えていただけますか。
日本では、生まれてからしばらくはずっと「ワンワン」とか「キャンキャン」とか、オノマトペが多いんです。音で物事を学んでいくことは、ダンスと近い。日本のオノマトペってすごく身体的だと思うんです。例えば「ポタポタ」って言われると、身体で感じるじゃないですか。「雨」というのとは全然違う。あ、「ポタポタ」している中に自分がいるな、とか、身体的な実感があるというか。今回は国際共同制作なので、いろんな背景を持った人たちが集まったのですが、最終的にオノマトペを介していろんなことが分かり合えたなと思うんです。

──長塚芸術監督はドラマトゥルクとして参加されていますが、どのような形でのコラボレーションを行われたのですか。
一緒にいろんなことを実験して、いっぱい笑いました! 戯曲も書いていらっしゃる長塚さんはテキストからアプローチされてきた方なので、とても知的ですが、私は身体からきて突っ走ってきたほう。そのふたりが共有するから、テキストも身体的なものになります。長塚さんも結構ダンスがお好きで、ウォームアップを一緒にやってくださったりすると、翌日、「もう筋肉痛だよー」って(笑)。そうやってコラボレーションしてくださったので、とてもやりやすかったですね。
──タイトルの“ダンスマラソンエクスプレス”という言葉にはどんな思いを込められたのでしょう。
皆でダンスマラソンするんです。2000年代の日本のポップスから、90年代、80年代、70年代、60年代、50年代……そして、30年代という、宮沢賢治の時代まで、ダンスを通して走りながら戻っていく──。それぞれに歴史的背景を語りながら。たとえば2000年のアイドルダンスは、ホイットニュー・ヒューストンとあやや(松浦亜弥)が戦ったり、90年代は韓国で日本文化の開放があって韓国で日本の歌が流行ったので、尾崎豊の「I LOVE YOU」を韓国語で歌ったり、80年代は中山美穂だったり、70年代はヒッピーだったり、それをマラソンしながら──あ、わかりにくいですね(笑)。
──ダンスでそれぞれの時代を綴りながら、宮沢賢治の世界へと遡っていくわけですね。
そうなんです! しかも今回、柿野彩さんがそれぞれの時代の衣裳を作ってくれて、ダンサーは走りながら、衣裳も早替えしながら、30年代の宮沢賢治の岩手の雪の世界まで駆け抜ける。だから“エクスプレス”、なんです。たとえば、80 年代のカルチャー、あの音楽、あのリズムが今また戻ってきて、ヨーロッパでもすごく流行っていますね。日本の歌って、結構いろんな文化が混ざってできている。戦後の人々を勇気づけた「東京ブギウギ」も、進駐軍の人たちにうけて、それで有名になった。そんな文化の交わり方も面白いですよね。そんな背景を追いながら、岩手の雪の中の兄弟の話へと突き進む──これ、言葉ではなかなか伝わらないのだけれど、観ると、わかります!

言葉がわからなくても、どれだけ近くに居ることができるか
──これまでにも文学作品をモチーフに創作をされたことは?
実は、これが初めてです。私は自分と父(彫刻家の伊藤博史)との話を書いて、自分のことを作品にすることが多かったんです。今回は長塚さんが大活躍してくださり、どうしてこのテキストなのかとか、いろんな関係性についてもたくさん話をしてくれました。賢治の「ひかりの素足」には一郎と楢夫という兄弟のほかにも鬼や風の又三郎、ひかりの素足の人といった役柄があって、演じるダンサーは、最初からずっとその役を担います。それが、だんだんはっきりしてきて、最終的に「ひかりの素足」のテキストにまで辿り着く──きっとハラハラしますよ(笑)。
──どのように振付を進められたのでしょうか。
いろんな時代の音楽が登場するので、それぞれにミュージカリティが違います。たとえばK-POPはアメリカの音楽から来ていますが、J-POPはまた違って、8カウントの中にお話があって、セブン、エイト──で完結するところがある。当時のアイドルダンスには、振付の中にストーリーがあって独特なんです。そういうことを考えながら、皆でどういう踊りにしようかと話しながら一緒に作っていきました。
──日本から参加されたダンサー、フランスで集まったダンサーと、皆さん本当に個性的な方々ですね。
岡本優さんとAokidさんは、以前にも一緒にお仕事させていただいたことがあって、KAATの「キッズ・プログラム」の作品では、一緒に幼稚園に行ってダンスを作りました。優さんは本当に弾けていて自由な人だし、Aokidさんも本当にパフォーマーという感じで、インスピレーションに溢れている。オーディションでお会いしたリンノスケさんは俳優さんなのですが、すごく身体的な方。同じくオーディションで出会った山田暁さんはすべて200パーセントで取り組んでくれて、その人間性が出てきて、もう、泣きそうになります。フランス側のダンサーたちは2017年から一緒にやっている人たちですが、韓国のIssue Parkくんはブレイクダンスの方で、尾崎豊を歌います! Léonore Zurflühはロックが好きなワイルドなダンサーですし、Noémie Ettlinもすごく迫力ある、素晴らしいダンサー。湯浅永麻さんは初めてご一緒するのですが、オランダ在住のすごくシャープなダンサーで、声が素敵。今回もテキストを喋ります。皆本当に個性的で、振りを「付ける」のではなくて、その個性を活かしてあげるように、振りが出てくるように助けてあげる感じです。
──今回のような国際共同制作について、その意義をどんなところに感じられていますか。

いま、世界には対立する国があったり、ベジタリアンだとか何だとかカテゴリーでくくられる人たちが多くて、考え方が違うと共存できないような社会になってきてしまっているように思います。今回のように、日本人のグループがちょっとだけフランスに行くと、フランス人は10分くらい遅れても全然大丈夫で、それに対して日本のダンサーたちがだんだん時間に遅れるようになってきて、「よかったなー」と思ったり(笑)、「フランスに住みたいな」って思ったりする。いま日本の人たちは外に出てみたいとか、外国の人をもっとわかりたいと思うことが少なくなってきたかもしれないけれど、少しでもいいから外に出て帰ってくると、またちょっと違うふうに日本を見るのかな、と感じます。いろんなバックグラウンドの人たちが分かち合い、ダンスとか歌とかオノマトペとかを通して会話をしてきましたが、ものすごい速さで文化の交換ができましたし、3年くらいかけて作ってきたものなので、その練り尽くしたものが出てくる。人間って言葉がわからなくても、どれだけ近くに居ることができるかなということが見えてくるのでは、と思います。
──フランス側のダンサーたちと宮沢賢治の作品を共有したことも、有意義なことだったのではないでしょうか。
宮沢賢治は、表現に繊細さがあります。たとえば、色。「孔雀色の石」とか、すごい色が出てくるけれど、その背景にあるものを理解するのはなかなか難しい。(「ひかりの素足」では)弟は結局雪山で死んでしまいますが、そこでどうして弟は死ぬのか、という話もしました。死ぬっていうことは、その犠牲になる方が楽で、その後も生きていかなきゃいけないほうが大変なんだよとか、日本の死に対する考え方とか──命を捧げるということに対して、フランスと日本ではまた違う感覚があるんだなと感じます。ヨーロッパでは日本が大人気で、私が日本人というだけで、「わー!」って言われます(笑)。もちろん、『NARUTO』などアニメの人気から来ているのかもしれないけれど、それが最初のレイヤーだとしたら、今回の作品では、ヨーロッパの人たちが見ても、何かわからない日本が見えてくるのかなという感じもあるんです。日本の皆さんには、懐かしい曲とか、歌いたくなってくるようなものとか、「ああ、これ踊ったな」っていうものも出てくると思いますし、それを知らないお子さんが観てもすごく面白いものがいっぱいある。ぜひ、ご家族で観ていただきたいなと思っています。

取材・文:加藤智子 撮影:藤田亜弓
<公演情報>
KAAT×TJP(ストラスブール・グランテスト国立演劇センター)
『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』
振付・演出:伊藤郁女
出演:Aokid Noémie Ettlin Yu Okamoto(岡本優)
Issue Park Rinnosuke(リンノスケ) Sato Yamada(山田暁)
Ema Yuasa(湯浅永麻) Léonore Zurflüh
ドラマトゥルグ:長塚圭史 Améla Alihodzic
コラボレート・アーティスト:Adeline Fontaine
振付助手:Marvin Clech
照明:上山真輝 Thibaut Schmitt Arno Veyrat
音響:西田祐子 Eric Fabacher
衣裳:柿野彩
美術:伊藤郁女 Anthony Latuner
舞台監督:山田貴大
2025年7月10日(木)〜7月13日(日)
プレビュー公演:2025年7月10日(木)
会場:神奈川・KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
チケット情報
2025年5月15日(木)より先行販売。一般発売は5月17日(土)より
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2514300
公式サイト:
https://www.kaat.jp/d/dme
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