歌舞伎座「七月大歌舞伎」開幕 異例の新歌舞伎十八番4演目一挙上演の昼の部に、夜の部は高麗屋親子三代共演の吉右衛門に捧ぐ『鬼平犯科帳』
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夜の部『鬼平犯科帳』 左より)長谷川銕三郎=市川染五郎、長谷川宣雄=松本白鸚、長谷川平蔵=松本幸四郎 ©松竹
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すべて見る7月5日、歌舞伎座7月公演、松竹創業百三十周年「七月大歌舞伎」が初日の幕を開けた。そのオフィシャルレポートをお届けする。
昼の部では、江戸から明治にかけて活躍し現在に繋がる近代歌舞伎の礎を築いた九世市川團十郎が、史実・時代考証に則った活歴物や新たな松羽目物を中心に制定した「新歌舞伎十八番」から『大森彦七(おおもりひこしち)』、『船弁慶(ふなべんけい)』、『高時(たかとき)』、『紅葉狩(もみじがり)』の4演目を一挙上演。
26年ぶりの上演となる『大森彦七』は、明治時代に九世團十郎が提唱、実践した時代考証による扮装や演出を取り入れた「活歴物」と呼ばれるジャンルの作品。

舞台は南北朝時代、南朝方の楠正成を討ち取った武将・大森彦七(市川右團次)と正成の息女・千早姫(大谷廣松)の出会いから描かれる。鬼女の面をつけて父の仇である彦七に斬りかかる千早姫。それを組み伏せた彦七が、正成の潔い最期の様子を語る「物語」の件では、彦七が紡ぐ言葉に観客が引き込まれる。
父の形見の菊水の宝剣を渡し、姫を逃がしてやる彦七は、やがて姫の正体を察する道後左衛門(市川九團次)に、狂気を装って正成の怨霊に宝剣が奪われたと紛らわす。彦七が乗った馬も踊る珍しい趣向で、豪快に花道を引っ込むと大きな拍手が送られた。
続いては『船弁慶』。兄の頼朝に謀反の嫌疑をかけられ、都を追われた源義経(中村虎之介)は、大物浦まで同道してきた義経の愛妾・静御前(市川團十郎)に都へ帰るようにと告げ、静は悲しみを堪えて舞を舞う。
都の名所の四季の移ろいを描く「都名所」の舞は、前半の見どころ。しなやかな所作一つひとつに義経への想いが溢れ、観客の視線を引き込んでいく。やがて、舟長三保太夫(中村梅玉)が舟人(坂東巳之助・中村福之助)と共に船出を祝う住吉踊りを舞うと、軽快な踊りに舞台が華やぐ。舟長の音頭で船出する一行だが、突如雲行きが怪しくなり、緊張感溢れる中、花道から現れるのは、平知盛の霊(團十郎/二役目)。平家を滅ばされた恨みを晴らそうと凄まじい勢いで義経一行に迫る。

弁慶に祈り伏せられた知盛の霊の花道の引っ込みは、渦潮とともに水底へ姿を消す壮絶な様子を描く。大きな長刀を華麗に振りかざす姿に場内の熱気も高まり、万雷の拍手が響き渡った。
鎌倉幕府末期の執権・北条高時を描いた『高時』。北条高時(坂東巳之助)は、犬を偏愛し、田楽にうつつを抜かす驕慢ぶり。
愛犬を斬った安達三郎(中村福之助)に死罪を命じ、横暴な姿を見せる。愛妾衣笠(市川笑三郎)の酌で飲んでいると、そこへ突如雷鳴が響き渡り、天狗たちが現れて……。天狗にたぶらかされて田楽舞に興じる「天狗舞」では、巳之助がとんぼを返るなど驚異的な身体性を見せ、客席を沸かす。
幕切れ、高時が虚空を睨んで「北条九代連綿なる」という名台詞と、片方の肩を落とした美しい姿で決まると、幻想的な世界観が観客を魅了した。
そして最後は、『紅葉狩』。幕が開くと、紅葉が美しい戸隠山。平維茂(松本幸四郎)は、従者を伴い紅葉狩に訪れると、ひと足先に宴を催している美しい更科姫(市川團十郎)の一行に誘われて、酒を酌み交わす。
侍女・野菊(市川ぼたん)はじめ、更科姫が艶やかな舞を披露すると、維茂とともに観客もうっとりと心奪われる。そこへ現れた山神(市川新之助)に、更科姫の正体を告げられ……。團十郎、ぼたん、新之助の成田屋親子が顔を揃える舞台に客席は沸き上がり、後半の維茂と鬼女のダイナミックな立廻りに大きな拍手が送られた。團十郎勤める迫力満点の鬼女と、幸四郎勤める凛々しい維茂との立廻りに目が釘付けとなり、華やかに幕を閉じた。
新たな『鬼平犯科帳』の誕生となった夜の部
時代小説の大家・池波正太郎が生み出した傑作「鬼平犯科帳」は、“鬼の平蔵”と恐れられ、凶悪な盗賊一味を取り締まる“鬼平”が活躍する魅力的な物語。実在した火付盗賊改方長官の長谷川平蔵を主人公に、江戸の市井に生きる人々を情感豊かに描き出し、昭和42(1967)年の発表以来、累計発行部数3000万部を超える大ベストセラーだ。昭和44(1969)年には原作者・池波正太郎の強い希望により初世松本白鸚(当時八代目幸四郎)主演でテレビドラマシリーズの放送が開始され、その後、舞台化。平成元(1989)年からは二代目中村吉右衛門が平成28(2016)年まで当り役として長きにわたり演じ、ジプシー・キングス「インスピレイション」の調べと共に愛されてきた。そして、令和6(2024)年に松本幸四郎主演で新たな『鬼平犯科帳』が誕生。市川染五郎が若き日の鬼平を演じる親子競演も話題となり、この度、ドラマ・映画版に続き、祖父、叔父から継承した幸四郎の鬼平が歌舞伎座に見参。「血闘」は“本所の銕(銕三郎)”と呼ばれた放蕩無頼の若き鬼平が登場する人気作で、幸四郎・染五郎親子は映画版に続き、歌舞伎座で鬼平と若き日の鬼平を演じる。鬼平の父・長谷川宣雄に松本白鸚が出演し、高麗屋三代の競演が実現した。

深夜の江戸に黒装束の盗賊集団が現れる。火付盗賊改方の密偵を勤める相模の彦十(中村又五郎)の呼子笛の音を合図に「火盗」の高張提灯が掲げられ、火付盗賊改方長官の長谷川平蔵(松本幸四郎)が登場すると、「高麗屋!」という大向うと共に大きな拍手が歌舞伎座に響き渡る。賊たちが抵抗を試みる中、自ら名乗りを上げて平蔵に挑むのは、頭目の普賢の獅子蔵(市川團十郎)。幸四郎演じる平蔵と團十郎演じる獅子蔵、七月の歌舞伎座を彩るふたりの豪華競演で魅せる迫力溢れる立廻りに、客席の熱気は一気に高まり、物語世界へと引き込まれる。

時は遡り、二十年ほど前。“本所の銕”と呼ばれる若き日の鬼平・長谷川銕三郎(市川染五郎)と、幼馴染・おまさ(市川ぼたん)が登場。無頼な生活を送る銕三郎を演じる染五郎と、そんな銕三郎を𠮟りつけるしっかり者のおまさを演じるぼたんは、この度が初共演。

ふたりのやり取りは若々しいエネルギーに満ち溢れ、舞台を華やかに彩るだけでなく、銕三郎とおまさの幼少期からの強い絆を感じさせる。さらに映画「血闘」でも話題となった染五郎の荒々しい立廻りが、歌舞伎座でも炸裂。そして、“鬼平”長谷川平蔵と“若き日の鬼平銕三郎のふたりを、時空を超えて繋ぐのは、鬼平の父・長谷川宣雄(松本白鸚)。
美しい月に照らし出される中、「闇を知る者だけが真に闇を照らすことができる」とふたりに告げ、本物の鬼となって江戸を守ってほしいと、自らの夢を平蔵と銕三郎に託す場面は、白鸚演じる宣雄が投げかける言葉のひとつひとつが観客の心を打ち、高麗屋三代の競演に割れんばかりの拍手が起こる。「二代目中村吉右衛門に捧ぐ」とある今回の上演では、平蔵の妻久栄を中村雀右衛門が勤めるのをはじめ、吉右衛門と共演した出演者が舞台を彩り、吉右衛門版『鬼平犯科帳』のテレビ第1、2シリーズに同心小柳安五郎役で出演していた市川中車が同役を勤め、また、挿入曲として吉右衛門版テレビシリーズで愛されたジプシー・キングス「インスピレイション」が流れるなど随所にその面影を感じさせる。

鬼平が愛する軍鶏鍋屋「五鉄」の場面では、95歳の最高齢歌舞伎俳優、市川寿猿が元気な姿を見せ、平蔵の前に立ちはだかる剣豪の日置玄蕃を坂東巳之助、成長したおまさを坂東新悟が勤めるなど、見どころ満載の舞台に歌舞伎座は大盛り上がり。新たな『鬼平犯科帳』の誕生に、満場の客席からは大きな拍手が送られた。

続いて、市川染五郎、市川團子による儚く美しい舞踊『蝶の道行』。平成252013)年10月国立劇場の『春興鏡獅子』胡蝶の精で初共演した染五郎と團子。胡蝶の精から12年が経ち、歌舞伎座で夢幻の世界に蝶が舞う舞踊の傑作『蝶の道行』に挑む。


令和32021)年8月歌舞伎座での『三社祭』以来の舞踊での共演となるふたり。儚く世を去った助国(市川染五郎)、小槇(市川團子)の魂は番いの蝶に乗り移り、在りし日の姿で現れる。馴れ初めを恥ずかしそうに語り合い、仲睦まじく踊るふたりだったが……。衣裳が変わる度に客席からはため息が漏れ、ふたりの姿に魅せられると、幕が下りても拍手が鳴りやまなかった。
「七月大歌舞伎」は2025年7月26日(土) まで、東京・歌舞伎座で上演される。
<公演情報>
松竹創業百三十周年
「七月大歌舞伎」
【昼の部】11:00〜
一、新歌舞伎十八番の内 大森彦七
二、新歌舞伎十八番の内 船弁慶
三、新歌舞伎十八番の内 高時
四、新歌舞伎十八番の内 紅葉狩
【夜の部】17:00〜
一、鬼平犯科帳 血闘 序幕
二、鬼平犯科帳 血闘 大詰
三、蝶の道行
2025年7月5日(土)〜7月26日(土)
会場:東京・歌舞伎座
※【休演】11日(金)、18日(金)
※【貸切】昼の部:13日(日)、19日(土) ※幕見席は営業
※昼の部:10日(木)、16日(水)は学校団体来観
※26日(土)は「歌舞伎座 着物・ゆかたの日」
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560101
公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/935
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