唐十郎初期の名作戯曲を関西弁で。安田章大にしかできない世界が広がる。
ステージ
インタビュー

安田章大 (撮影:You Ishii)
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すべて見る2023年に主演した『少女都市からの呼び声』で初めて唐十郎作品に挑戦したSUPER EIGHTの安田章大。叙情的な世界の底辺に流れる叫びを見事に体現し、唐作品との相性の良さを感じさせた。再び挑むことになった『アリババ』『愛の乞食』では、全編関西弁という試みがなされる。関西出身の安田ならではの言葉の感覚が作品をどう膨らませるのか。唐の世界の楽しみ方も伝授してくれた。
やらなきゃと思わせてくれるほど力強い、ふたつの戯曲
──『少女都市からの呼び声』に続いての唐十郎作品への出演になりますが、再び挑戦することになった経緯から教えてください。
2年前の『少女都市からの呼び声』の稽古中に、演出の金(守珍)さんが、「『アリババ』といういい戯曲があるんだよ」と、台本のコピーを持ってきてくれたのが始まりだったんですけど、続けて「『愛の乞食』っていうのもあるんだよ」と(笑)。それで、「これはこの2作やらなきゃということだな」と思って、僕が金さんと主催のBunkamuraさんを口説き、皆さんが受け入れてくださって、今回の上演に至ったんです。唐さんが20代の頃に書かれたこのふたつの戯曲は本当に、やらなきゃと思わせてくれるほど力強くて。書かれた60年代自体日本が血気盛んだった時代でしたけど、その時代と戦っているような作品で。その戯曲のセリフを関西弁に書き直して上演するという初の試みにも挑戦することになりました。
──関西弁にするという案はどこから生まれたものだったのでしょう。
僕自身がもともとどのお芝居も、普段自分が喋っている関西弁で一度セリフを読んでみて、感情を整理してから臨んでいたんです。やっぱり関西弁のリズムが自分の中にありますから。加えて、唐さんのことをいろいろ勉強していると、唐さん自身も、戯曲はリズムで書いているとおっしゃっていたんです。升目のある原稿用紙に書くと言葉が萎縮させられて暴れられないから、線も何もない紙にリズムに乗って書き上げていく。言葉が音符なんだと。それで、唐さんもそんなことをおっしゃっているならということで、今回は関西弁で振り切ってみようという流れになりました。賛否両論あると思いますけどね。でも、これも唐さんがおっしゃっていました。過去の唐さんの映像をいろいろ仕入れて(笑)、ボイスレコーダーに録音して移動中に聞いたりしているんですけど、演劇は賛否両論がなかったらダメだと思うと。だから、僕が関西弁でトライするのは、唐さんもきっと喜んでくださるんじゃないのかなと思っています。
ファンタジーの果てに「現実」がある
──『少女都市からの呼び声』で唐さんの戯曲を初めて体験されたときは、どう受け止め、どう表現できた手応えがありましたか。

唐さんの演劇にかかわらせてもらってどんな感覚になったかというのは、自分のど真ん中にある言葉を言うと、「言いたいセリフがいっぱいあった」ということでしょうか。唐さんの言葉は難解だと言われることがあると思うんですけど、伝えなきゃいけない言葉でもあると思ったんです。それを僕は言わせてもらえているんだなと。今回の『アリババ』『愛の乞食』でも、命の儚さ、日本が起こした戦争のこともそうですけど、歴史が作ってきた痛みや歪み、そういった目を背けたくなるようなことが描かれています。唐さんの作品を演じることで、そういう触れてはいけないところに飛び込んで、ちゃんと伝えていくという喜びを、僕は確かに感じました。しかも唐さんは、その伝えなければならない事実を、ファンタジーとして見せてくれていますから、そこが自分と重なる部分でもあって。僕も自分の人生体験をもとに、「生きるのはしんどいけど、その中に楽しさは必ずある」ということに気づいてほしくていろんな発信していますけど、自分の人生をファンタジーに切り替えることで過激なことも言えているので(笑)。あなたみたいにはなれないと言われても、言い続けることが大事かなと思っているんです。
──今回の『アリババ』と『愛の乞食』も、おっしゃったようにファンタジーでありながら、唐さんが戦後の日本とどう対峙していたのかが伺える戯曲でもあります。書かれた時代背景の勉強もされているのですか。
それもやっぱり、唐さんのことを勉強する中でわかっていくことが多いです。さっきお話した映像で唐さんのインタビューなどを見漁ったり、前から買っていた戯曲集を読み直したり、もう絶版になっている大学での講義をまとめた「唐ゼミ」の本を古本で探して買ったり。学んだことに執着しすぎるのも良くないですけど、でも、学べば、演じるときの佇まいとか表情とか纏う空気が大きく変わることも体験しているので、今は唐さんの世界にどんどん引きずり込まれています。戦争のことについても、唐さん自身が焼け野原となった風景を目の当たりにされていることは大きいだろうと思うんです。だから、戯曲の中に本当のエネルギーが残っている。『少女都市からの呼び声』のときも感じましたが、ファンタジーと現実は背中合わせなんですよね。ぐるっと360度回ってファンタジーの最果てにたどり着いたらそこには事実がある。その本当のエネルギーとか匂いを、役者が湧き立たせないといけない。「お前はなんでもっと匂いがする芝居をしないんだよ」と怒る唐さんの映像があって、その言葉がすごく残っているんですけど。僕自身もどこか土臭い、生き物臭い芝居が好きなので、プーンと匂わせたいなと思います(笑)。
答えじゃなく、“違和感”を持ち帰ってもらえたら
──そもそも唐さんの芝居は、いつくらいからご存知だったのでしょう。
僕が唐十郎という存在に出会ったのは、11年前、岩松了さん作・演出の『ジュリエット通り』で、唐さんの息子の(大鶴)佐助と共演したのがきっかけです。佐助と旅をしたりして一緒にたくさんの時間を過ごす中で、昔の唐さんの話を聞いたり、佐助の中に唐さん味を感じたりしながら、どんどん唐さんのことを知っていきました。唐さんが僕のうちわとペンライトを持って映っている写真を、佐助に見せてもらったこともあります(笑)。
──最初に観た唐さんの作品は?
その11年前に佐助に誘ってもらって、鬼子母神の野外テントで上演していた『紙芝居の絵の町で』を観に行きました。衝撃でした。
──劇団唐組公演ですね。どんな衝撃だったんですか。
もうひとりの自分が生まれた感じがありました。そして、その生まれた自分が本当の自分で、今までの自分は一生懸命嘘をついていた自分で、今まで生きていた世界は偽物だったんじゃないかという感覚になったんです。新しく生まれて、感覚が研ぎ澄まされた自分で進んでいくこれから先の世界が本当なんだというような。地球がもうひとつあるんじゃないかというくらいになって、「何なんだ、この芝居は!」という違和感を抱いて帰りました。
──今回初めて唐さんの芝居を観る人も衝撃を受けるかもしれませんが、どんなふうに受け止めてもらえたらと思われますか。

僕が体験したように、ただ違和感を持って帰ってくれたらいいなと思います。体験したことのない、理解できなかったという違和感を。違和感があるというのは、今までその人の中になかったページが新しくできたからで、その異物が、自分をもう一度考え直すきっかけになると思うんです。だから、すんなり理解できてしまうものより、ちょっと頑張って考えてみようというもののほうが成長につながって、その人の豊かさになっていくのではないかなと。それも、振り返ったときに、自分の人生観が変わったのはあの唐さんの芝居を観たときにあんな感情になったのが分岐点だったなと感じたりするので十分だなと思っていて。今すぐに自分に必要なものを探さないほうがいいと僕は思っているんです。
──わからないと切り捨ててはいけないものが、唐さんの作品にはあると。
そこに宿っているエネルギーが本当に強くてすさまじいですから。金さんが唐さんを「日本のシェイクスピア」と呼んでいますが、まさにシェイクスピアと同じように、唐さんの作品はずっと死なないと思います。
異色の座組が、唐十郎の世界を関西弁で泳ぎまくる!
──今回の『アリババ』『愛の乞食』を安田さんは、金さんが主宰されている新宿梁山泊の野外テントの公演でも演じられます(6/14~7/6新宿・花園神社境内特設紫テントで上演)。そちらでは戯曲通りのセリフで演じられるので、こちらの関西弁での上演とはまずそこに大きな違いがありますが、改めて、劇場での公演の魅力を聞かせてください。
前回の『少女都市からの呼び声』も新宿梁山泊のテント公演があって僕も観に行きましたが、やはり劇場での上演はまた違うものになりました。テントの芝居は、自然や街の音も聞こえる中で上演されて、圧迫された空間でエネルギーが圧迫され続け、最後の屋台崩しでそれがスパンと抜けた瞬間に、自分がどこにいたのかわからなくなるのがひとつの魅力だと僕は思っているんですけど。逆に、しっかりした壁によって日常と区切られている劇場は、一瞬にして非日常に没入できる良さがあって。金さんもその空間に合わせて、スペクタクル感とエンタメ性をふくよかにした演出をされているので、より引き込まれるのではないかなと思います。さらに、ドラマやバラエティー番組でよく観る方から宝塚出身の方まで、実力のある出自の違う人たちが唐十郎ワールドを泳ぎまくる。それも関西弁で(笑)。どう混ざるのか、想像がつかないですし、テントと劇場でたぶんまったく違う作品になると思います。ぜひ楽しみにしていてください!
取材・文:大内弓子 撮影:You Ishii
スタイリスト:袴田能生(juice) ヘアメイク:山崎陽子
<公演情報>
Bunkamura Production 2025
『アリババ』『愛の乞食』
作:唐十郎
脚色・演出:金守珍
出演:
安田章大 壮一帆 伊東蒼 彦摩呂 福田転球 金守珍 温水洋一 伊原剛志 風間杜夫
花島令 水嶋カンナ 藤田佳昭 二條正士 宮澤寿 柴野航輝 荒澤守 寺田結美 紅日毬子 染谷知里
諸治蘭 本間美彩 河西茉祐
※伊東蒼、伊原剛志は『愛の乞食』のみの出演。
※風間杜夫は東京・福岡公演の『アリババ』のみの出演。
【東京公演】
2025年8月31日(日)~9月21日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
【福岡公演】
2025年9月27日(土)・28日(日)
会場:J:COM北九州芸術劇場 大ホール
【大阪公演】
2025年10月5日(日)~10月13日(月・祝)
会場:森ノ宮ピロティホール
【愛知公演】
2025年10月18日(土)・19日(日)
会場:東海市芸術劇場 大ホール
チケット情報:
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公式サイト:
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/aino-alibaba2025/
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