佐々木蔵之介「観たことがないような作品ができた」秋日本上演のプルカレーテ演出『ヨナ』東欧ツアーでの成果報告
ステージ
ニュース

『ヨナ-Jonah』東欧ツアー帰国報告記者発表会より、左から)左からオヴィディウ・アレクサンドル・ラエツキ駐日ルーマニア大使、佐々木蔵之介
続きを読むフォトギャラリー(13件)
すべて見る東京芸術劇場とルーマニア/ラドゥ・スタンカ国立劇場の共同制作による新作ひとり芝居『ヨナーJonah』で主演、2025年5月から6月にかけて、ルーマニアのシビウをはじめとする東欧6都市を巡るツアーを終えた佐々木蔵之介が、2025年7月10日、在日ルーマニア大使館にて帰国報告記者発表会にのぞんだ。単身でシビウに渡り、約1カ月の稽古期間を経てのシビウでの初演と東欧ツアー、シビウ国際演劇祭でのシビウ・ウォーク・オブ・フェイム受賞を振り返り、10月の日本での公演への思いを明かした。
ヨナに励まされながら、自分の役を作っていった
東京芸術劇場とシビウのラドゥ・スタンカ国立劇場、シビウ国際演劇祭との関わりが始まったのは14年前のこと。東京芸術劇場の鈴木順子副館長は、2011年、同劇場芸術監督の野田秀樹が、1カ月かけてヨーロッパ各地の演劇事情を視察した際、圧倒的に感銘を受けたのがシビウ国際演劇祭で上演されたシルヴィウ・プルカレーテ演出作品、とくに『ファウスト』だったと紹介。その後東京芸術劇場では『ルル』(2013)、『ガリバー旅行記』『オイディプス』の連続上演(2015)、佐々木蔵之介主演による『リチャード三世』(2017)と『守銭奴ーザ・マネー・クレイジー』(2022)、さらに『スカーレット・プリンセス』(2022)の上演が実現した。またシビウ国際演劇祭では2013年に『THE BEE』English Version、2018年には『One Green Bottle』といった野田秀樹作品が上演されている。
こうした交流の中で、両劇場の共同制作で国際的なツアーを実現できる作品をという企画が生まれ、プルカレーテと強い信頼関係を築いていた佐々木の主演で『ヨナ』に取り組むことが決まったという。記者発表の会場に現れた佐々木は、つい先日帰国したばかりだそうで、「ブナ・ズィウァ!」とルーマニア語で挨拶。4月22日にシビウ入りしてからの日々を、スライドに映し出された数々の写真を眺めながら振り返った。
本作は佐々木のひとり芝居だが、ほかに黒子の俳優がふたりと、歌い手の女優がひとり出演する。彼らを含めた全員がルーマニア人。日本からのスタッフは演出助手、通訳、制作の3人だけだった。ルーマニア語、英語、日本語、フランス語が飛び交う現場では、意思疎通に2倍、3倍と時間がかかるため、短い稽古時間の中での高い集中力が求められた。「苦労はありましたが、日本ではできない、ルーマニアだからこそできるディスカッションだなと思いながら取り組んでいました」。ルーマニアの精神を学びたいと、さまざまな場所を訪れたり、プルカレーテから共産主義時代の話を聞いたりもしたという。

ラドゥ・スタンカ劇場での『ヨナ』への挑戦については、「これまで一緒にやってきたプルカレーテさん、ヴァシル・シリーさん(音楽)、ドラゴッシュ・ブハジャールさん(美術・照明・衣裳)という3人がいるなら、飛び込んでもいいんじゃないかと思った」と打ち明ける佐々木。
「マリン・ソレスクはルーマニアでは非常に有名な詩人。日本でいえば宮沢賢治のように、教科書に載っていて、子どもも皆勉強し、演劇人もテキストを使っている。それを、日本人がやる。いや──とてつもなく難しいなと思ったのですが、でも、3人がいるから飛び込んでいけた。両劇場の間には長い交流があり、お互いにリスペクトがあります。日本の文化もよくわかっていただいているので、本当に家族のように受け入れてくださった。宝物のような時でしたね」。
ヨナとは、旧約聖書に登場する預言者で、漁師。神の命に背き、海に放り出されクジラに飲み込まれるが、三日三晩クジラの腹の中で過ごしたのち、吐き出され、悔い改めた。1969 年に初演されたソレスクの『ヨナ』の主人公も、ふと気づくと巨大な魚の腹の中にいた──。

「決して論理的に書かれていないところがあり、詩の部分もあるので、そこをどう読解していくか──。旧約聖書のヨナについてはよくはわからないなと思っていたのですが、『僕は、ひとりの漁師、魚の中に飲み込まれたひとりの人間として、この本を読みました』とプルカレーテさんに言うと、『それでいい』と。そこから詰めていきました。戯曲の中でヨナは妻に会い、母に会い、そしておじいちゃんと会い、魚とも格闘するし途中で兵士も出てくる。ルーマニアに行くと、すごく身近に感じるのは戦争。さまざまな天災もある──。最初は『ヨナ』という戯曲の中のヨナを演じようと思っていたのですが、だんだん、自分のこと、我がことのように感じるように。魚の中で孤独に生きてきたやつがひとりで光を見出そうとしている姿に、単独でルーマニアに行って、なんとか芝居を作り出そうとしている自分を投影しながら、ヨナに励まされながら、自分の役を作っていったような気がします。そうできたもの、仲間たちのおかげでした」


シビウでのプレミアから東欧ツアー、そしてシビウ国際演劇祭へ
そうして迎えた5月21日のプレミア。会場となるラドゥ・スタンカ国立劇場は300席ほどの劇場で、佐々木はここで初めて、海外の舞台に立った。

「字幕のある公演も初めて。いや、どうなるかな──とは、思わなかったんです(笑)! 緊張もほとんどしていなかった。ほぼ3週間、ラドゥ・スタンカ国立劇場で稽古をしたのですが、毎日、ホテルから劇場まで同じ“通学路”を、台詞をブツブツ言いながら通い、劇場に入って発声練習をして、とルーティンが決まっていて、楽屋も同じ。全部同じでわかっていたし、ただそこにお客さんが入っただけでしたから」
プレミア公演の2日間の反応は良く、カーテンコールが繰り返され、スタンディングオベーションに。「受け入れてくださった! 僕などがヨナの役をやっていいのかと思っていたけれど、本当に感謝、でしたね」と、言葉に力を込める佐々木。そうして『ヨナ』はツアーへと出発した。
5月24日はハンガリー・ブダペストの国立劇場ゴビ・ヒルダステージ。150席ほどの劇場で、客席との距離も近い。観客の熱意は相当なもので、20分のアフタートークが1時間20分まで延長されるほど盛り上がった。その後ルーマニアに戻り、5月27日にはクルージュ・ナポカのルチアン・ブラガ国立劇場で上演、約1,000の客席が埋め尽くされた。大学都市として知られる町で、学生の姿も多かったそう。5月30日・31日は首都ブカレストのオデオン劇場。天井が開閉するという珍しい機構をもつが、雨の上がった31日の公演のカーテンコールではその天井が開けられ、終演時間の21時前後でも明るい空を仰ぐことができたという。さらに、6月3日にはモルドバの首都キシナウのサティリクス・イオン・ルカ・カラジャーレ国立劇場、6月7日にはブルガリアの首都ソフィアのイヴァン・ヴァゾフ国立劇場で上演。ソフィアでは初の1日2公演を実施したが、開演時間は16時と21時。当初は驚いた佐々木も、「夜遅くまで明るいこの時期だからこそ、遅くまで楽しもうという感じなんですね」と腑に落ちた様子。その後は一時帰国し、6月26日に再びシビウへ。シビウ国際演劇祭、そのメイン会場のひとつであるラドゥ・スタンカ国立劇場での公演だ。
佐々木は『リチャード三世』に取り組んだ2017年に、シビウの演劇祭に行っている。「そこで観たのが、『ファウスト』でした。これまでに観た演劇の中で、一番衝撃を受けた作品ですが、『僕はこの演出家とやるんだ。どんなことになるんだろう』と覚悟した作品でもあります」と述べ、世界中から人が集い、老若男女が楽しめる賑やかな演劇祭の様子を熱く語った。
演劇祭での『ヨナ』の公演はチケットが10分で完売したため、1公演が追加され全2公演に。「ヨーロッパでの締めくくりだと思うと、緊張も。しかも最初の公演が15時開演なのに、13時からリハーサルしますと(笑)! 2週間も空いたのに、15分くらいリハーサルして、もう終わり!? でもあちらはレパートリーシステムなので、どの作品も皆それで対応している。ああ、そういうことか、と思いました」。

シビウでの最終公演を無事終えた佐々木は、翌日にはスペシャル・カンファレンスに参加。演劇評論家オクタヴィアン・サイウのインタビューを受けたが、そこに立ち合ったプルカレーテは「友情を感じた俳優はほかにいない」と発言したという。なお佐々木は、シビウ国際演劇祭より「ウォーク・オブ・フェイム」の栄誉を授与され、その名前が刻まれたプレートがシビウの歩道に残された。


「その場所は、僕の“通学路”であり散歩道であり、いつも台詞を覚えていた場所。それは自分のメモリーであり、シビウに対する感謝の気持ちを刻んでいただいたとも感じています。これからもシビウ、ルーマニアとの関係をしっかり続けて、強固なものにしたいと改めて思いました」と話す佐々木。さらに、「ルーマニアの人たちと皆で一緒に作ったからこそできた作品ですが、プルさんはもちろん、その中に日本でしかないものもちゃんと組み込んでくださっている。僕自身、観たことがないような作品ができたんじゃないかと思います。何の予備知識もいりませんし、少し東欧の匂い、雰囲気を体感していただければと思います」と、10月の公演への意欲を見せた。
取材・文:加藤智子
<公演情報>
佐々木蔵之介一人芝居『ヨナ』東欧ツアースケジュール
【ルーマニア/シビウ プレミア】※公演終了
2025年5月21日(水) 19:00、22日(木) 19:00
会場:ラドゥ・スタンカ国立劇場
【ハンガリー/ブダペスト マダッチ国際演劇会議】※公演終了
2025年5月24日(土) 19:00
会場:ハンガリー国立劇場
【ルーマニア/クルージュ・ナポカ】※公演終了
2025年5月27日(火) 19:00
会場:ルチアン・ブラガ国立劇場
【ルーマニア/ブカレスト】※公演終了
2025年5月30日(金) 19:00、31日(土) 19:00
会場:オデオン劇場
【モルドバ/キシナウ】※公演終了
2025年6月3日(火) 19:00
会場:サティリクス・イオン・ルカ・カラジャーレ国立劇場
【ブルガリア/ソフィア】※公演終了
2025年6月7日(土) 16:00&21:00
会場:イヴァン・ヴァゾフ国立劇場
【ルーマニア/シビウ国際演劇祭】※公演終了
2025年6月26日(木) 20:00
会場:ラドゥ・スタンカ国立劇場
<日本公演情報>
舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」芸劇オータムセレクション
佐々木蔵之介一人芝居『ヨナ-Jonah』
作:マリン・ソレスク
翻訳・修辞:ドリアン助川
演出:シルヴィウ・プルカレーテ
舞台美術・照明・衣裳:ドラゴッシュ・ブハジャール
音楽:ヴァシル・シリー
出演:佐々木蔵之介
【東京公演】
2025年10月1日(水) プレビュー公演/10月2日(木)~13日(月・祝)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
チケット情報:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560286
【金沢(石川)公演】
2025年10月18日(土)
会場:北國新聞赤羽ホール
チケット情報:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2520884
【松本(長野)公演】
2025年10月25日(土)・26日(日)
会場:まつもと市民芸術館 小ホール
チケット情報:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2526310
【水戸(茨城)公演】
2025年11月1日(土)・2日(日)
会場:水戸芸術館ACM劇場
【山口公演】
2025年11月8日(土)・9日(日)
会場:山口情報芸術センタースタジオA
【大阪公演】
2025年11月22日(土)~24日(月・休)
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
詳細はこちら:
https://www.geigeki.jp/performance/theater377/
フォトギャラリー(13件)
すべて見る