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三谷文楽待望の新作『人形ぎらい』上演へ 文楽人形遣い吉田一輔に聞く、伝統の継承と新たな挑戦

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吉田一輔。“三谷くん”人形と (撮影:福家信哉)

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『其礼成心中』の誕生から13年。PARCO劇場での初演ののち、日本各地で再演を重ねた三谷文楽は、伝統を重んじる文楽の担い手たちが新たな表現に挑戦し、多くの人々を爆笑の渦に巻き込んだ。2025年8月、ついにその第二弾となる新作『人形ぎらい』が上演される。三谷幸喜に「ぜひ文楽を書いてほしい」と話を持ちかけ、三谷文楽誕生のきっかけを作った人形遣いの吉田一輔に、三谷文楽への思い、稽古中の新作への意気込みを聞いた。

普段注目されない、憎まれ役の人形に光を当てる

──2012年に初演された三谷文楽『其礼成心中』は、近松門左衛門の『曾根崎心中』で有名になった曽根崎の森の入り口で饅頭屋を営む夫婦と、森へ心中にやってくる若い男女が繰り広げるコメディでした。この作品への取り組みは一輔さんにとってどのようなものでしたか。

古典芸能の世界にいる僕らは、作者や演出の方がそこにいて演出を作ってもらうという経験はほとんどありませんから、とても楽しい経験でしたし、新鮮でしたね。僕は文楽での経歴は40年ですが、『其礼成心中』初演の頃はまだ若手から中堅になろうというところでしたし、それゆえに大変なこともたくさんありましたが、それを乗り越えて、三谷さんという素晴らしい作者、演出家の方の、こうして話題になる作品に参加させてもらったことは、非常にいい経験になりました。その後13年、さらにいろんな経験を積んだうえでのこの二作目。文楽の世界で主役を遣わせてもらえる立場にもなりましたので、皆さんに楽しんでもらえることがより増えたら、と思っています。

──今回の新作、『人形ぎらい』は、モリエールの作品を題材にした物語だそうですが、これは三谷さんから出されたアイデアなのでしょうか。また三谷さんの台本を、どのようにして文楽の舞台として作り上げていかれたのですか。

今回も題材は三谷さんが考えてくださいましたが、それをもとに、三谷さんの期待に沿えるよう、文楽の人形と太夫と三味線という「三業」で作りました。三谷さんが書いてくださった作品を、まずは三味線の鶴澤清介さんに作曲していただき、今度は太夫さんがそこにどういう語りにしていこうかとアレンジを加え、人形はそれを聴いて作っていく──つまり、三谷さんが作る、三味線が作る、太夫が作る、そして最後に人形遣いが作る、という流れですね。文楽で新作を作る機会は、全くないわけではないけれど極めて少ないので、皆がそれぞれの力を出し合って、チームの力で作り上げていきます。今回はモリエールだと伺って本を読ませていただきましたが、結局、仕上がった本は三谷さんのオリジナルのコメディになっていました!

──『其礼成心中』は文楽の舞台では考えられないほどの笑いが巻き起こりましたが、今回も笑いがたっぷりのコメディを期待しています。

そうなってほしいな、と思っています。三谷文楽は、「文楽を観て爆笑してもらおう!」と始めたことでもありますから。文楽にはあまり喜劇がなく、「笑いをとる」というところにそれほど重きを置いていないので、三谷さんからは、「そこではもっと、こういうことを表現してください」と、具体的なご提案をいただきながら稽古をしています。僕らがどれくらいついていけるか、ですが、何度も何度も繰り返し教えていただいています。

──前作で客席が笑いに包まれたとき、どのようなお気持ちでしたか。

それはもう、喜びです(笑)! 古典芸能としての文楽をやる時も、泣いているお客さんがいらしたら、僕らもだんだん気持ちがたかぶり、「もっと泣かしてやろう」と思ったりするものですが、三谷作品では「もっと笑かしてやろう!」と(笑)。それで、どんどんオーバーアクションになっていくわけです。本当に、いろんな表現方法があるんやなあと勉強になりました。

──今回の主人公は、文楽人形の陀羅助(だらすけ)。通常は主役になり得ない、脇役の人形ですね。

普段は注目されない、憎まれ役の人形に光を当てて主人公にしてくれるというのは、三谷さんの優しさです。『其礼成心中』でもそうでしたが、人形に対するものすごい愛を感じます。すべての役に愛を注いでくれてはるな、とも。そこがまさに三谷作品なんやなと実感しながら、取り組んでいます。

三谷文楽が三百年後まで上演されたら──?

──文楽では通常、舞台の上手側に太夫と三味線弾きの方々が演奏される「床」が設置されていますが、『其礼成心中』では、人形遣いの皆さんが演じる舞台のさらに奥で演奏、という独特の設えにされていました。

PARCO劇場では本来の文楽の舞台のような床が組めず、どう工夫しようかと三谷さんと美術の堀尾(幸男)さんが考えてくださって、あのような形になりました。演者の入れ替えも横移動でスムーズにできました。通常の文楽の公演では、人形を観たい方、太夫さんのファン、三味線弾きのファンとそれぞれいらっしゃるので、人形を観ずに床ばかりご覧になっているお客さまも。でも『其礼成心中』では人形、太夫、三味線を全部一度に観ていただくことができました。太夫、三味線弾きのファンの方にとっては、願ってもいない形だったでしょう(笑)。

──今回も前作と同じように舞台を組まれるのでしょうか。

そのへんは、どうぞ公演をお楽しみに(笑)! でも、普段とはちょっと違う形にはなりますよ。

──では、今度の新作での新たな挑戦は?

すでに発表されていますが、今度は人形がスケボーに乗ります(笑)! これはもう、どうやっていくのがいいのか、スケボーを持ちながら「どうしようどうしよう」と考えています。もう、なんでもあり(笑)、です。そこがメインになるわけではありませんが、ひとつの見せ場として、普段の文楽にはない動きで、しかも人間ができない動きを、というふうに思っています。こうして文楽の伝統を守りながら、いかに三谷さんやスタッフの方々のやりたいこと、期待に沿えた──。できるだけのことを人形にやらせてみたいですし、人形の可能性を広げる、チャレンジする場を与えてもらっていると感じています。

25年夏パルコグランバザールのCMでは、スニーカーを履き、スケボーで街中を駆け巡る陀羅助が登場した

──太夫や三味線弾きの方々も同じような思いでチャレンジされているわけですね。

そうだと思いますね。三谷さんは演劇の方ですから、言葉がはっきりわかるようにしたいとお考えで、普段の文楽にはないテンポも取り入れています。その点に関しては古典の浄瑠璃、義太夫節というものの殻を破っているんやろうなと感じます。古典には出てこないようなカタカナ、外来語も出てきますが(笑)、それを義太夫節らしく語るのがまた非常に面白く、難しいことでもありますね。

──『其礼成心中』は全国巡業にも行かれましたが、回を重ねることで見えてきたことはありますか。

古典芸能の世界では、1回目よりは2回目、2回目よりは3回目と、同じ役をやるにしても「絶対に良くしていかなあかん」というプライドのようなものを持ってやっています。『其礼成心中』は100回くらい上演してきたと思いますが、やはり、だんだん良くしていこうという前提で取り組んできました。具体的にどこがどう良くなっていったかはわかりませんが、回を重ねれば余裕が出てきて周りがより見えてきますから、さらにお互いを尊重しながら、ぶつかり合いながら、ひとつのものを作り上げていく。古典に取り組むときと同じ気持ちです。

文楽には、これまでずっと積み重ねてきた伝統の、本当に大事にしなければいけないものがありますが、三谷文楽を経験したことで、それだけでなく、その時代に合った語り、動きを取り入れることで舞台はどんどん良くなっていくと実感しました。『其礼成心中』も『人形ぎらい』も、そうして三百年後まで上演されていったら、もっと面白いものになるんだろうなと思いますし、その繋がりこそが、古典芸能の素晴らしさだと思います。本当に三百年後の人形遣い、太夫、三味線弾きがこの作品を上演してくれることになったら、すごく嬉しいですね。

──今回の新作上演も、そのための新たな一歩となりますね。

三谷幸喜さんの素晴らしい作・演出で、我々古典芸能の世界にいる人形浄瑠璃文楽が、力を出し切って、本当に面白い作品にできたらいいなと取り組んでいます。間違いなく楽しいものにできると自信を持ってお伝えしたいと思いますので、ぜひ、PARCO劇場にいらしてください。

取材・文:加藤智子 撮影:福家信哉


<公演情報>
PARCO PRODUCE 2025
三谷文楽『人形ぎらい』

作・演出:三谷幸喜
監修・出演:吉田一輔
作曲・出演:鶴澤清介
出演:竹本千歳太夫 他

2025年8月16日(土)〜8月28日(木)
会場:東京・PARCO劇場(渋谷PARCO 8F)

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/ningyogirai/

公式サイト:
https://stage.parco.jp/program/ningyogirai