人はなぜファンタジーの世界に惹かれるのか。大倉孝二、咲妃みゆと紐解くケラリーノ・サンドロヴィッチの最新作『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』
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インタビュー

左から)咲妃みゆ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、大倉孝二 (撮影:藤田亜弓)
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すべて見る劇作家、演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の新作が、約6年ぶりにKAAT神奈川芸術劇場に登場。かの有名なセルバンテスの小説『ドン・キホーテ』を下敷きとした、KERA独自の狂気を孕んだ幻想的な群像劇が立ち上がろうとしている。出演陣は、KERA主宰の劇団ナイロン100℃に所属する大倉孝二を主軸に、咲妃みゆ、矢崎広、須賀健太などKERA作品初参加のフレッシュな面々、さらに犬山イヌコ、緒川たまき、高橋惠子らKERAの信頼に応える巧者が大集合。現段階(取材時)では“ドン・キホーテ”のみを唯一の手がかりに、KERA、大倉、咲妃がラフなお喋りを展開。その言葉の端々から新作の謎を探れるか!?
「ドン・キホーテなら主役ができそう」(大倉)
「久しぶりのボケ役で」(KERA)

――まずはKERAさんに、今回の新作で『ドン・キホーテ』を題材とした理由、きっかけについてお伺いしたいと思います。
KERA 正直に言って原作そのものに惹かれたというよりも……、例えばオーソン・ウェルズが『ドン・キホーテ』を原作として作り上げようとして未完成に終わった映画とか、最近だとテリー・ギリアムが20年かけて撮った映画(2018年『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』)もあるし、劇作の世界では別役実さんが2本、ドン・キホーテものを書いています(1993年『風に吹かれてドンキホーテ』、2011年『にもかかわらず、ドン・キホーテ』)。自分が尊敬する人たちが、なぜこんなにドン・キホーテに惹かれるのだろう……といった興味が先でしたね(笑)。きっと原作の細かいエピソード云々よりも、シチュエーションだと思うんです。騎士道物語ばかりを読んで憧れているうちに、小説世界と現実の区別がつかなくなって自分を騎士だと思い込んでしまう男、そういうシンプルな設定に皆さん、惹かれたのだと。また、本人はまったく無自覚で楽観的であるところが可笑しくもあるし、切なくもあるなと。
――そうした人物像に憧れのような気持ちもあるのでしょうか。
KERA そうですね。亡くなってしまった宮沢章夫さんとか、別役さんもそうですし。また岩松了さんなど、僕が一目置いている先輩たちは皆、ある意味主観的に、自分の見たいものだけを見て、見たくないものは見ないでやってきた人だと思うんですよ(笑)。僕自身は意外と客観的だし、松尾スズキさんなども極めて客観的な人ですよね。主観的にはなれないと思いつつ、その主観的な人たちに憧れて、ずっとやってきたところはあるかもしれないですね。

――大倉さんは、KERAさんからの本作のお誘いを二つ返事でお引き受けになったとか。
大倉 それは本当に自分でも謎ですね。
KERA 最初、「ちょっと時間作ってもらえますか」なんて言われて俺、断られるのかと思ったよ。大倉は基本的にネガティブな人間で、「それやりたい!」とか言う人ではないからね。だから、ドン・キホーテをやるとこんな得がある……とか言って口説かなきゃなと覚悟してた(笑)。

大倉 う〜ん……理屈で説明出来るようなことでもなくて、何の根拠もなく、なんとなく面白くなるんじゃないの?って思いました。いわゆる翻訳物とか、古典とかはあまり進んでやってこなかったので。ドン・キホーテか……じゃあ面白くなるんじゃない!?って、それだけのことです。(一同笑)他のものだと「俺には主役は出来そうにない」と思っちゃうんですけど、ドン・キホーテならって……そんなに詳しくもないのに(笑)。
KERA 大倉は、割とツッコミ的な役割に振ることが多いんですよ。ま、それはうちの劇団のポジショニングの問題かもしれないですけど(笑)。ドン・キホーテはどちらかと言うとボケてる人、狂人ですからね。ツッコんだとしても明らかに間違ったツッコミしかしない。そういう意味で、久しぶりのボケ役でいいのではないかなと。昔はいっぱいボケていたけど、最近はあんまりないよね?
大倉 そうですね。
「ご想像以上にやる気満々です!」(咲妃)
――咲妃さんはKERA作品に初参加となりますが、お話を受けた時のお気持ちをお話しいただけますか?

咲妃 このような、願ってもなかなか叶うことのない機会をいただけて、それこそ大倉さんと同じく二つ返事で引き受けさせていただきました。もともとKERAさんの作品をずっと拝見していて、大好きで、いつかご一緒させていただきたいと思っていた矢先のお話だったので。これまでKERAさんとお仕事をされて来た方々に「どんな方ですか?」とか「お稽古はどんな感じですか?」とかインタビュアーのように聞いていて(笑)、その度に、いつか私も!という思いを募らせていました。
KERA 光栄です、ありがとうございます。
咲妃 本当に私、やる気満々……って多分伝わってないかもしれないですけど、ご想像以上にやる気満々です!
大倉 ハハハ!
KERA いやいや、想像しなくても見ればわかるよ(笑)。今回初参加の人に事前に一日だけ集まってもらって、雑談と軽い本読みをさせていただいたんですね。咲妃さんはその時も非常に好印象でした。一緒に芝居作りがしやすそうだなと思った。
咲妃 嬉しいです。
KERA 僕はたまに、「最近、共演した若い人で誰かいい人いる?」と周りに聞くんです。確か、瀬戸康史君のことは大倉から教えてもらったんだよね? 若い人のことを知らないから、そうやって役者さんからリサーチしていて(笑)。でも咲妃さんの場合は僕にしては珍しくて、うちの劇団の三宅弘城が出演した『少女都市からの呼び声』という唐十郎さんの舞台を観て、知ったんです。唐さんの戯曲は僕、よく分からないですけど、演じている咲妃さんを見て、この人凄いな〜と。その印象がずっと頭にあったんですよね。
観客の反応から感じた、現実を凌駕するファンタジーの力
――今はまだ作品の概要はKERAさんの脳内にあるのだと思いますが、大倉さんはドン・キホーテ役で、咲妃さんはドルシネーア姫(ドン・キホーテの空想上のヒロイン)ということで合っていますか? 今はどのような段階なのか教えてください。

KERA まあ、ドルシネーアだと思い込まれるってだけで、どこのポジションにもなりうる役になるかな。今回はサンチョ・パンサ(ドン・キホーテの従者)も何人か用意して……サンチョが入れ替わるってあんまりないけど(笑)、ドン・キホーテがサンチョだと思った人がサンチョ、ということにもしてみたい。
咲妃 わあ〜面白い!
大倉 なかなか怖い話ですね(笑)。
KERA そう(笑)。今は全体の肌触りみたいなものを探りながら、最初の20分くらいを……ずっと同じところを書き直していて。チラシに、若い頃に書いた『カラフルメリィでオハヨ』という芝居に構造が似ている、といったコメントを書いたんですが、僕の場合そういった多重構造の、二つの世界を行ったり来たりするようなものになりがちなんですね。前回KAATでやらせていただいた『ドクター・ホフマンのサナトリウム〜カフカ第4の長編〜』(2019年)もカフカの世界とその遺稿を巡る現実世界を行き来した構造で、同じと言えば同じなんですが、作品全体のトーンは全然違うものになると思います。あと、台本に取り掛かるまでに自分に起こったことも影響していて……例えば、いざ書こうとした時が、ちょうど前作の『ベイジルタウンの女神』の再演が終わったタイミングで、これが非常に印象的な公演になったんです。終演して客電がついた時、お客さんがこれまで見たことがないくらい幸せそうにニコニコしていた。そういうことには拒否反応を示すはずの古田新太ですら、「いいね、こういうのも」なんて言ってニコニコしちゃうくらい。(一同笑)なぜそういったファンタジーの世界に人が惹かれるのかを、少し冷静に距離を置いて、考察してみたりもしたんです。今回はそんな気持ちも作品に入ってくるような気がしますね。ドン・キホーテの冒険譚と、もっとシビアな現実世界があった時に、通常は現実のほうが真実だから強いじゃないですか。だけど、ファンタジーの世界が現実の世界を凌駕していく、そのことについて安易ではない書き方をするにはどうしたらいいのかなと。あんなにもお客さんがニコニコしていたのは、幸せを追い求めている人が圧倒的に多いのだなぁと感じられて。でもそれは凄く刹那的な、いろんなことから目を逸らしている行為でもあるわけじゃないですか。だって、家に戻ってSNSを開けば嫌な世の中が広がっているし(笑)。舞台を観ているあいだはそういったことを忘れるというのは、劇場内がドン・キホーテの脳内のような気もしたんですよね。

――大倉さんは今のお話を伺って、KERAさんはこんな劇世界を作ろうとされているのだな、といった予想は……。
大倉 まったくないです。(一同笑)上がって来た台本にある世界をやるだけなので。
KERA そうそう。ここでこんなこと言っていても、書き上がると全然違っていたりするからね(笑)。
――咲妃さんは、KERAさんが生み出す劇世界のどのようなところに惹きつけられるのでしょうか。
咲妃 何でしょうね……、ふとした瞬間に、登場人物の台詞がズドンと胸に突き刺さったり。私は冒頭の音楽を聴いているだけで、泣きそうになったりして。KERAさんの作品でしか味わえない感覚が確実にあって、それが何かは上手く言葉には出来ないんですけど、私はものすごく好きなんです。作品の創作過程を知りたい!と強く思って、出演されている方々が羨ましかったです。あの、本稽古に入る前の事前稽古というのは、よくあることなんですか?
KERA ないですよ、基本的には。この前やったようなことは滅多にやらない。あれは稽古じゃないしね。ただくだらない話をしただけで(笑)。
咲妃 いえいえ! 私はあの時間、もの凄くワクワクしましたし、KERAさんが私たち初参加者の人となりを知ろうとしてくださることに感動したんです。
KERA たぶん咲妃さんは、心根が凄くインディペンデントなんですよ。だから芝居作りしやすそうだなって思ったの。どういう状況にいても、しっかり自分で判断して動ける人。僕ら劇団出身ですから基本現場主義で、みんなで集まって何が出来るかが大事だから。
KERA作品の稽古場では“雑音”がご法度?
――劇団員である大倉さんは、外部の作品の時とKERAさんの作品に取り組む時では、ご自身の中で気持ちの切り替え、違う心構えのようなものがあるのでしょうか。
大倉 うーん……とくにはないです……KERAさんの稽古場には、むしろ手ぶらで行きますね。
KERA フフフ。
大倉 何か自分で用意していっても、ヘンな小細工みたいなものはすぐ見破られます。基本的にKERAさんの芝居は、その場で台本を貰いながら稽古をするので、何かを用意していったってしょうがないですから(笑)。
咲妃 そうなんですね……!
大倉 もちろん台本をもらった後は、自分でも日々考えながら取り組みますけど、稽古初日までに台本が手元にない場合は、ほとんど何も考えてないですね(笑)。
――KERAさんの稽古場では「これは御法度」なんてことは? 咲妃さんの予習として……。
咲妃 フフフ。
KERA 御法度……自分ではわからないなぁ。皆、色々と気を遣ってくれているんだろうなとは思いますけどね。
大倉 御法度……何だろうな。あ、雑音にうるさいです。私語とか、音をカタン!と立てたりすると「ちょっと静かにして」って言う。
KERA そうだね。稽古中に横でスタッフたちが話し合っていると「静かにして」と言ってしまう。こちらの要望に対してスタッフがどう進めるかいろいろ話し合ってくれている場合もあるんだけど……酷いよね(苦笑)。
咲妃 覚えておきます(笑)。
――すべてはこれから始まる『最後のドン・キホーテTHE LAST REMAKE of Don Quixote』ですね。KERA作品の常ですが、今日伺ったお話を思い出して「なるほど、こういうことか!」となるのか、「予想したものと全然違う!」となるのか、初日を楽しみに待ちたいと思います。

大倉 自分としては、お芝居をすることが嫌にならないようにする、というのが課題です。
KERA フフフ、結構あらゆることが嫌になる人だからね(笑)。
咲妃 私は……課題はいろいろ浮かんできますが、あれこれ頭で考えすぎずに、その瞬間に湧き出たものを大切にしたいなと思っています。それは自分にとって凄く不安なことで、準備していったほうが精神的には安心するけど、今回はあまり準備をしても……というお話だったので(笑)。
大倉 ハハハ(汗)、いや、違う人からも話を聞いたほうがいいかもしれない。
咲妃 挑戦出来るありがたい機会だと思っているので、とにかく楽しみです!
KERA ありがとうございます。まあ「こういうふうにしたい」というカチッとしたビジョンがあるわけではないし、稽古をしていく中で考えも変わっていくしね。でも、「やってみたら全然ダメだった」なんてことにだけは絶対にならない、それは確信していますので(笑)、座組の皆さんと一緒に模索していきたいと思います。おそらく前作『ベイジルタウンの女神』と比べると、かなり好みの分かれる作品になるんじゃないかな。でも本来、僕の芝居はそういうものなのでしょうがない(笑)。楽しんでいただけたらなと思います。
取材・文:上野紀子 撮影:藤田亜弓
ヘアメイク=(KERA・大倉)山本絵里子 /(咲妃)本名和美(RHYTHM)
スタイリスト=(大倉)JOE(JOE TOKYO)/(咲妃)國本幸江
<公演情報>
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:
大倉孝二
咲妃みゆ 山西惇 音尾琢真 矢崎広 須賀健太
清水葉月 土屋佑壱 武谷公雄 浅野千鶴 王下貴司 遠山悠介
安井順平 菅原永二 犬山イヌコ 緒川たまき 高橋惠子
演奏:鈴木光介 向島ゆり子 伏見蛍/細井徳太郎 関根真理 関島岳郎
【神奈川公演】
2025年9月14日(日)~10月4日(土)
会場:KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
【富山公演】
2025年10月12日(日)・13日(月・祝)
会場:オーバード・ホール 大ホール
【福岡公演】
2025年10月25日(土)・26日(日)
会場:J:COM北九州芸術劇場 中劇場
【大阪公演】
2025年11月1日(土) ~3日(月・祝)
会場:SkyシアターMBS
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560650
KAAT神奈川芸術劇場 公演情報ページ:
https://www.kaat.jp/d/don_quixote
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