一期一会で歌い継ぐ─森麻季、15年目の祈りと挑戦
クラシック
インタビュー

©Yuji Hori
続きを読むフォトギャラリー(2件)
すべて見るソプラノ歌手・森麻季のリサイタル・シリーズ「愛と平和への祈りをこめて」は2011年から続く彼女のライフワーク。シリーズ15回目のリサイタルを9月13日(土)に開く。
「このシリーズはいつも挑戦だらけ。万年受験生みたいで、毎年、9月に向かってドキドキです」と笑う森麻季。今年も、新たなレパートリーに挑み続ける彼女らしいプログラムになった。それはもちろん、私たちにとっても新鮮だ。
たとえばマスネのオペラ《タイス》から終幕の〈あなたは覚えているかしら? あの光輝く旅を〉。タイスといえば〈瞑想曲〉。ヴァイオリンの奏でる流麗な旋律は単独でも有名だけれど、オペラ全幕が上演される機会がなかなかないこともあって、あまりなじみのない曲だ。
「伴奏は完全に、みなさん、がよく知っている〈タイスの瞑想曲〉なんです。そこに違うメロディをうまく乗せた、本当に素敵な曲です。本来はバリトンとの二重唱なんですけど、ソロで歌わせていただきます。
今回はフランスものが少し多めになっているかもしれません。最近はなんだかフランスの音楽に心惹かれていて。あ、この曲素敵だな、と思うとフランスの作品ということが多いのです」
その“フランスもの”の一曲、カントルーブの〈バイレロ〉(オーヴェルニュの歌)の透明さは彼女のイメージにもぴったりだ。
「とても素敵ですよね。でも、内容まで知っている方は案外いらっしゃらないかもしれません。素朴な羊飼いたちのやり取りで、愛の歌とまではいえないのですけれど、男女の掛け合いなんです。標準フランス語とは異なるオック語です。
このようにいろいろな言葉の歌があるのも楽しいと思います。それぞれの言葉にそれぞれ素敵な雰囲気がありますよね。グリーグの〈ソルヴェイグの歌〉(ペール・ギュント)も今回頑張って初めてノルウェー語で歌います。必死に勉強しているところです(笑)」

さまざまな曲目が並ぶプログラムの、ひとつの軸になっているテーマが「幸せを夢見るヒロインたち」。
「蝶々夫人、ルサルカ、タイス、ノルマ──いずれも愛のために懸命に生きながら、必ずしも報われない女性たちです。幸せを夢見て頑張っている。そんな女性像でつながっています。でもそのテーマだけに限定するわけではなく、たとえばナディア・ブーランジェの《海》という歌曲も歌います。普段なかなか取り上げられないけれども、とても素敵な曲なんです」
軽やかなレッジェーロの声で技巧的なハイソプラノの役を多く歌ってきた。その声質と磨いた技術はキープしつつ、最近はよりドラマティックな表現のレパートリーにも挑んでいる。昨年、山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団の現地での定期演奏会で初挑戦し大成功を収めた蝶々夫人などもその一例だ。
「たとえば若く可憐なジルダをいつまでも歌っているわけにもいきませんし、ずっとチャレンジを続けて、磨きをかけていかなければいけないと思うのです。今の自分が表現したい方向が、昔と比べたら、深みのあるドラマティックなレパートリーになってきました。
とはいえ、自分の声が蝶々夫人だとは思っていません。でも蝶々夫人の“心”を歌う自信はあるんですね。だから指揮者との信頼関係が大切です。山田和樹さんのように、私の声を理解して、オーケストラの響きもデリケートに作ってくれる指揮者でないとなかなか難しいとは思います。
レパートリーを決めてしまわず、いろんな時代のいろんなジャンルの曲を歌うからこそ成長できると思うのです。今まで歌えなかったものをやっと歌える年齢になり、多くの経験も積んだことで、踏み出せる土台ができてきました。もっと勉強していきたいなと思っています」
「愛と平和への祈りをこめて」のシリーズの起点には、アメリカ同時多発テロや東日本大震災へのレクイエム的な思いがあった。しかし年月を重ねるなかで、その意味合いはそれだけではなくなってきている。
「今は、日々の平和が当たり前ではないこと、健康でいられること、歌えることがどれだけありがたいかをかみしめています。明日、何が起こるかわかりません。お客様にコンサート会場まで足を運んでいただいて、穏やかな気持ちで聴いていただけることも、実はとても貴重なことだと思うんです。この時間が、たとえばしばらく連絡していなかった親しい人の顔を思い出して、感謝の気持ちを伝えるとか、そういうきっかけになるとうれしいなと思って続けてきました。
私自身、一曲一曲との向き合い方が変わってきたのを感じます。若い頃には思いもしなかったのですが、最近は、この曲はもう二度と歌う機会がないかもしれないと考えるようになりました。今日しか歌えないかもしれない。そう思うと、一曲一曲がより大切に感じられます。今できるすべてを表現したいと思っています」
まさに一期一会。そのたびに訪れる音楽との出会いが、われわれ聴き手にもまた、深い余韻と祈りを残していく。
取材・文:宮本明
愛と平和への祈りをこめて Vol.15
幸せを夢見るヒロインたち
~伝えたい美しい詩Beautiful Songs
森麻季 ソプラノ・リサイタル

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2561113
9月13日(土) 14:00開演
東京オペラシティ コンサートホール
9月21日(日) 14:00開演
住友生命いずみホール
フォトギャラリー(2件)
すべて見る