舞台『思い出を売る男』主演、中村翼インタビュー
ステージ
インタビュー

中村翼 (撮影:上原タカシ)
続きを読むフォトギャラリー(6件)
すべて見る
舞台『思い出を売る男』が2025年10月7日(火)から13日(月・祝)まで、東京・自由劇場で上演される。本作は、浅利慶太ら劇団四季創立メンバーの恩師である加藤道夫が第二次世界大戦終戦から6年後に発表した戯曲で、戦後の混乱と再生を背景に、懸命に生きようとする人々を描いている。
今回『思い出を売る男』のタイトルロールを務めるのは、中村翼。25歳の若き俳優が本作に懸ける思いや、中村自身の原点などを聞いた。
――まずは『思い出を売る男』に主演することについての意気込みをお聞かせください。
中村翼(以下、中村) いろいろと資料を拝見して、この『思い出を売る男』という作品が劇団四季にとっても、浅利演出事務所にとっても特別な作品だということを知りました。「脚本を書かれた加藤道夫さんがいなければ、劇団四季はなかった」ともお聞きして、このような大切な作品に主演させていただくことの責任を感じます。特に今年は戦後80年の節目の年です。丁寧に稽古を積み重ねて、作品を届けることに精進します。
――中村さんは浅利演出事務所作品には初出演ということですが、浅利慶太さんとの思い出などはありますか?
中村 残念ながら浅利先生との直接的な思い出はありません。でも、小学生のときに、母親に連れられて劇団四季の作品をよく観に行っていたのですが、浅利先生はよく劇場にいらしていたんです。劇場のロビーにいらっしゃる姿を何度かお見かけしました。もっとも当時の僕は、浅利先生の偉大さも何もわかっておらず、「こんにちは!」と無邪気に挨拶していました。(笑)
――いろいろと作品はご覧になっていたんですね。
中村 はい。人生で1番最初に観たミュージカルは『ライオンキング』でした。『サウンド・オブ・ミュージック』や『夢から醒めた夢』なども観ました。それまでまったくミュージカルのことを知らなかったのですが、観劇体験を通じて、自分も舞台に立ってみたいと思うようになっていったんです。

――今、浅利さんとお話しできるとしたら、どんなことをお話ししたいですか?
中村 稽古場に浅利先生のお写真が飾ってあるので、毎日稽古を見てくださっているような気が勝手にしています。(再現演出の野村)玲子さんから浅利先生がお稽古の時などにおっしゃっていた言葉を教えていただくことがあるのですが、加藤道夫さんのお人柄やエピソードなどを伺ってみたいです。
――今は全体稽古の前に、個別稽古をされていると伺いました。どんなことをされているのですか?
中村 玲子さんは言葉を明確に丁寧に伝えること、特に言葉の実感を持つことを大切にしていらっしゃいます。ひとつの言葉からどんなイメージをして、それをどういうニュアンスで伝えていくのか。母音法などのメソッドも教えていただきながら、言葉の実感を持って台詞を喋ることに全力で取り組んでいます。
実は『思い出を売る男』の台本よりも先に、『オンディーヌ』や『間奏曲』など、別の戯曲を読んで稽古をしました。加藤道夫さんが敬愛していたジャン・ジロドゥの世界に触れることで『思い出を売る男』という作品の入り口に少し近づけたように思います。加えて『思い出を売る男』は会話劇なので、まずは長台詞をどう構築していくかというところから勉強しているところです。
――稽古でありながら、演劇学校に入学したような感じですね!
中村 そうですね。僕は普段ミュージカル作品に出演することが多いんです。本来は芝居の稽古から始まって、そこからどう歌やダンスにしていくかという順番の方がいいのでしょうが、時間の関係などもあって、大抵は最初に歌やダンスの稽古があって、それから芝居の稽古をするという流れで作品を作ることがほとんど。そういう意味で、今回のように本や言葉に向き合ってどっぷり芝居について考えることができるのは貴重な機会です。今の稽古はほぼマンツーマンなので、緊張感もありますが、ものすごく贅沢な時間を過ごさせていただいています。

――『思い出を売る男』という戯曲を読まれた感想を教えてください。
中村 初めて読んだときは、すごく不思議な世界観だと思いました。浮遊感漂うような作品で、「大人のファンタジー」という表現がぴったりだと思いました。

この作品は、終戦まもない時代のお話。戦争の描写は直接的にはないのですが、登場人物は皆何かしら傷ついている。それぞれの中に傷跡が残っているんです。
あの戦争の時代のことは忘れてはいけないと思いますし、終戦から80年が経ちますが、今も戦争の傷跡を抱えて生きている方はいらっしゃいます。僕の年齢はZ世代と言われています。戦争というものをどこか遠い歴史の話、テレビや映画で見るけれど自分の身に起こりうるとはあまり考えていない人が多い世代だと思います。だからこそ、僕は俳優として台本に書かれている言葉に忠実に実感を持って喋る責任があるんですよね。そうすればお客様に作品のメッセージがちゃんと伝わるのではないかなと思います。「この作品に出てくる“思い出を売る男”は、原作の加藤道夫さんなのではないか」と玲子さんはおっしゃっていました。加藤さんの純粋さ、作品に込められた祈りを自分に落とし込み、誠実に役を生きたいと思っています。
――確かに、戦争を知らない世代がその時代の重みや深みを出すというのはなかなか苦労もあると思いますが、どんな風に役を作っていくのですか?
中村 まだまだ勉強中ですが、まずは戦争についての資料をたくさん見たり、加藤さんについての文献や劇団四季創設時の資料などを読んだり、フランスの古い映画も何本か見ています。加藤さんはフランスの戯曲からインスピレーションを受けていることも多いと伺い、フランスの映画にはたくさんのヒントが詰まっているような気がしています。
――音楽からも感じるものがありそうですね。
中村 そうですね。この作品において、音楽は世界観を作る大切な要素です。今はサックスの稽古も同時並行でしているのですが、実際にサックスを吹いていると、『思い出を売る男』で使われる楽器がサックスである意味が分かる気がします。サックスには思い出を呼び起こす音色があるように感じるんです。
また、もう一つこの作品の世界観を作る大切な要素として、舞台美術があります。舞台上に再現されるノスタルジックなあの時代の空気感や、幻想的な思い出の世界はとりわけ照明の力によるところも大きいと感じます。このように先人たちの才能と思いがつまった舞台で、自分が作ってきた役を深めていければと思います。

――中村さんご自身のことも教えてください。大学でミュージカルを専攻されていますが、もともとこの道に進もうと思われたきっかけは?
中村 原点ということで言えば『ライオンキング』だと思います。そこでミュージカルというものを知って、僕も舞台に立ってみたいと思い、児童劇団のレッスンを受けるようになりました。そして中学2年生のときに劇団昴さんの舞台に立たせていただいたんですが、今回、そのとき共演していた山口嘉三さん、髙草量平さんと再びご一緒できるので、それもすごく楽しみです。当時はまだ将来のことを真剣に考えていませんでしたが、高校生の頃には、本格的にこの道に進んでいきたいと思うようになりました。
――『思い出を売る男』はストレートプレイ。ご自身にとっても挑戦的な部分が多そうです。
中村 もう挑戦しかありません。毎回どんな作品でも挑戦することはたくさんありますが、『思い出を売る男』では歌も歌いますし、楽器も吹いて、基本出ずっぱりで、会話劇で……未知のことがたくさんありますけど、劇団四季や浅利演出事務所がずっと大切にされてきたメソッドを一から学んで、この挑戦を乗り越えたいと思います。

――最後に観劇を楽しみにされているみなさんにメッセージをお願いします!
中村 終戦直後の時代を生きる人々を描いた作品ですが、今に通ずるものがたくさんあると思います。舞台をご覧になって、ご自身の大切な思い出の扉を見つけていただいたり、あの時代に思いを馳せていただけたら嬉しいです。劇場でお待ちしております。
取材・文/五月女菜穂
<公演情報>
2025年浅利演出事務所主催公演
『思い出を売る男』
日程:2025年10月7日(火)~10月13日(月・祝)
会場:自由劇場
[作] 加藤道夫
[演出] 浅利慶太
[出演] 中村 翼、加藤敬二、山口嘉三、青山裕次、野村玲子 他
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/omoide/
フォトギャラリー(6件)
すべて見る