歌とギターは物語を連れて──KIRINJI、小山田壮平、柴田聡子、MIZが弾き語りで共演した晩夏の一夜【オフィシャルレポート】
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『StoriAA』2025年9月13日 東京・LINE CUBE SHIBUYA Photo:Yukitaka Amemiya
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すべて見る「参加するアーティストとオーディエンス一人ひとりの心に新しい『物語』が生まれるような体験を提供する」というテーマを掲げたライブシリーズ<StoriAA>。最新回はKIRINJI、小山田壮平、柴田聡子、MIZの4組が東京・LINE CUBE SHIBUYAへと登場。弾き語りをベースにした歌、そして言葉とホールが共に響き合う時間が流れた。
MIZ

数日前から降り続けていた雨がコンクリートの隅々まで染み込み、土曜日の渋谷はじっとりとした気候に包まれていた。スクランブル交差点から公園通りへと抜け、人の往来がまばらになったあたりで、西日を反射しながら屹立しているLINE CUBE SHIBUYAと出くわす。StoriAAにちなんだ展示やグッズ販売が各フロアで行われる中、席につくと眼下のステージに二本のギターが並んでいるのが見えた。今回のトップバッターを務めるのは玉置周啓と加藤成順によるアコースティックユニット=MIZだ。


開演時刻を過ぎてMIZのふたりが舞台袖から登場する。「良い場所ですね」と加藤が告げて、会場全体をクールダウンさせるような「春」から始める。「君に会った日は」に「空砲」とベトナムで録音を敢行した1stアルバム『Ninh Binh Brother's Homestay』からのナンバーが続く。プロジェクターで投影された異国の映画をぼんやり眺めているかのような、ノスタルジーを纏った寛ぎの時間がLINE CUBE SHIBUYAに流れる。

二本のギターとふたりの声というシンプルな構成を活かし、フットワークの軽い活動を行っているMIZ。「美容室とか喫茶店で普段はやってるので、久々に吸音設備に囲まれております」という玉置のMCは、このユニットの特殊な形態を見事に表現していた。
天井の高いホールと伸びやかなボーカルが響きあう「夏のおわり」にボサノヴァ調の「芝生」と、季節に合ったセットリストも楽しい。ふらりの出身地である東京・八丈島方言を取り入れた「パレード」では《どこに行こん/やまへ行こじゃ/祭りだら》と歌われる。ちょうどこの日の渋谷は祭りの最中、歌を介してシーンとシーンが繋がっていく。
ラストは《秋の梅雨の空》というラインから夜の風景へと吹き抜けていく「バイクを飛ばして」でステージを締め、次の物語へとバトンを渡した。

柴田聡子

ステージ上にはガット・ギターに加え、エレキ・ギターにエレクトロニック・ピアノと様々な楽器がセッティングされる。今の柴田聡子の止めどないイマジネーションを反映したようでもあり、彼女の部屋に招かれたかのような気ままささえある布陣だ。
「楽しみにしてきました」という一言から、まずはガット・ギターを手に取り「Reebok」から幕を開ける。『Your Favorite Things』を弾き語りで再構築した『My Favorite Things』にも収録されている、切ないコードバッキングによるプレイだ。万雷の拍手から間を置かずに、気持ちのいい発声の「旅行」にマイナー調の「白い椅子」が続く。時たまボーカルにかけられるエコーがホールへと充満していく。


ここでエレキ・ギターに持ち替えると、必要最小限のフレーズで歌の自由なフローが強調された「Synergy」を披露。うっとり感じ入るというより、柴田の放つ言葉の行方を観客がふらふらと追っていくような時間が流れる。「後悔」に「結婚しました」とアップテンポな曲が続くとエレキ・ギターの上を滑る指にも力が宿り始め、少しずつLINE CUBE SHIBUYAの体温が上がっていく。
さらに情景と情感のスイッチングによる巧みな詞の「雑感」で観客の心のうちを奮い立たせると、定番の「ワンコロメーター」ではボーカルエコーを存分に使ってサイケデリックに空間を拡張。ひとりのシンガーから放たれるエモーションの質量をとうに超え、会場は終始圧倒されながらも、今の柴田聡子を観れる歓びに全身まで浸っていた。

そしてエレキ・ギターを置き、エレクトリック・ピアノを触りながらやおら歌い出したのは「Movie Light」。『My Favorite Things』でも披露したインティメイトなバージョンだ。どことなく冬の景色とリンクした描写の並ぶ『Your Favorite Things』もとい『My Favorite Things』の楽曲群、そのオープニング曲だ。ウォーミングに、包み込むように、柴田のアーティストとしての幅に滲みいる時間だ。ラストの「Your Favorite Things」までほぼMCを挟むことなく、全11曲のショーは幕を閉じた。

小山田壮平

ガット・ギター、エレキ・ギター、そしてエレクトリック・ピアノと多彩なアレンジで聞かせた柴田聡子に対し、小山田壮平はヤイリのアコースティック・ギターにハーモニカとシンプルな構成。つんざくようなハーモニカからカラッとした空の情景を連想させる「16」で始めると視界が一気に開ける、声ひとつで景色が移り変わる弾き語りならではの瞬間だ。


今回のStoriAAは20年来の旧友からの声がけによる出演だと説明し、地元である福岡から上京した際のエピソードをMCで述懐する小山田。特に渋谷には様々な記憶──主にアルコールにまつわるものだ──があるらしく、続けて披露した「アルティッチョの夜」はそんな追想に紐ついた一曲。大きく振りかぶったコードストロークに全身を使って声帯を震わせる姿には、聴衆の心を根本から掴んで離さない迫力がある。
さらに井の頭公園に武蔵関公園と西東京の風景が登場する「スライディングギター」と、先ほどのMCで触れられた東京のメモリーが小山田の歌とギターによってシェイクされながら弾けるように表現されていく。

「Sunrise&Sunset」に「投げKISSをあげるよ」とandymori期のナンバーが披露されると、再びのMCでは先ほどの上京話の後日談として現在拠点としている福岡の話題に。まだ音源としてリリースされていない新曲「夕暮れの百道浜」はそんな記憶を歌ったナンバーだ。こちらも大濠公園に桜坂と福岡の風景と、一晩のポートレートを声とギターで観客たちと接続していく。
東京と福岡の対比によってライブ全体が線のように繋がり、生き生きとした物語が形成され、小山田も段々とギアが上がっていく。終盤の「すごい速さ」でボルテージを高め、ラストには現在の小山田による祈りのような歌への想いを込めた「時をかけるメロディー」で静かに締め括る。無垢な言葉と無垢なメロディー、誰にも代替することのできない歌が高らかに響いた、この上なくピュアな時間だった。

KIRINJI

ステージの上には一本のガット・ギター、本イベントのトリとなるKIRINJIの時間だ。ゆったりとした足どりで堀込高樹が舞台に姿を現すと「場に慣れたいな」と言いながらギターを一通り触る。暖かみのある「ネンネコ」から歌い始めた堀込、「猫は儲かると聞いて作ったけど、特に何も無く……」というウィットに富んだMCも合間って、ホール全体が地に足のついた雰囲気へと遷移していく。


続けざまに「まぶしがりや」に「愛のCoda」、さらに「Drifter」と20年来の名曲が次々と披露される。ガット・ギターの物悲しい響きと《行き先も理由も持たない孤独を友として》(愛のCoda)や《たとえ鬱が夜更けに目覚めて/獣のように襲いかかろうとも/祈りをカラスが引き裂いて/流れ弾の雨が降り注ごうとも/この街の空の下/あなたがいるかぎり僕は逃げない》という詞が呼応する。KIRINJIの体現する少しアダルティなサウダーヂは夏夜の入り口として極上だ。

パンデミック以降、定期的に開催している弾き語りツアー<ひとりで伺います>での経験から生まれたという「歌とギター」は浮遊感のあるコードワークが旅の昂る心情ともリンクする、KIRINJIの現在地を示した一曲だ。実は弾き語りを始めたのはここ数年であり、今日の4組の中では最もキャリアが浅いという堀込。
「Runner's High」での聞き手の心に底流している艱難辛苦を解きほぐすようなメロウは、弾き語りでないと成立し得ない説得力をはらんでいた。そしてラストは雨模様の渋谷にフィットした「Rainy Runway」、ライトな足どりで地面を踏み鳴らす音がそのまま聞こえてくるような、そんなマジカルな時間だ。明日へのポジティブな活力をLINE CUBE SHIBUYAに残し、晩夏の歌会は軽やかに閉幕した。

KIRINJIの終演後、堀込が呼び込みMIZ、柴田聡子、小山田壮平が再び舞台に姿を表す。事前に練習したという集合写真をゆるい雰囲気で撮影し、朗らかな雰囲気のままStoriAAは締められた。会場を出るとすっかり夜、各々の物語を持ち帰った観客が街の中に溶け込んでいく景色が今も忘れられない。

Text・風間一慶 Photo:Yukitaka Amemiya
<公演概要>
『StoriAA』
2025年9月13日 東京・渋谷 LINE CUBE SHIBUYA
出演:KIRINJI / 小山田壮平 / 柴田聡子 / MIZ
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