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丁寧に紡がれる、人と人とが対話を重ねて向き合っていく物語 『ここが海』公開ゲネプロレポート

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『ここが海』 撮影:田中亜紀

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「『ここが海』とは、どういう意味だろう」。それが、この作品に接して初めに感じたことだった。「ここ」とはどこなのか、「海」とは何を表すのか。加藤拓也が描き出した、配偶者にある日カミングアウトされた男性と彼らの娘、家族3人の変化する心情を細やかに紡いだ物語は、観る者をどのような光景に誘うのだろうか。9月20日の公演初日に先立ち、9月19日に行われた公開ゲネプロの模様をお伝えしよう。

フリーライターの岳人(橋本淳)は、同様にフリーライターである配偶者の友理(黒木華)、そして娘の真琴(中田青渚)と共に日本各地のホテルやロッジを転々としながら仕事をしている。海の近くのホテルに長期滞在していたある日、岳人は友理から性別を変更しようと思っていることを打ち明けられて……。

ステージ正面には、ソファーとローテーブル。上手にはデスクと岳人たちが使っているパソコンやカメラなど仕事関係のアイテム。下手には洗濯物も無造作に放ってあるベッド。ホテルの部屋に入ってきた岳人と友理のなにげないやりとりの中から、彼らの仕事や家庭の状況が浮かび上がってくる。そして、極めて自然体でよけいな力みや段取りを感じさせない橋本と黒木の佇まいと発語がなんとも魅力的だ。通信制高校の生徒である娘がいる年代の夫婦として、これまでふたりが過ごしてきた時間の積み重ねさえも感じさせるような会話のトーン、仕草でのやりとり、身体的・心理的な距離感などを驚くほどナチュラルなものとして表現しているのは、確かな力量の役者同士だからこそだろう。

だがそこで、友理は大きな選択をする。自身の心と身体の性別の不一致を自覚し、男性であろうとする決断を、まず配偶者である岳人に告げるのだ。その場面での友理の葛藤やためらい、一方のまさに“青天の霹靂”というべきカミングアウトに対して戸惑い混乱する岳人、それぞれの心情を繊細に表現するふたりの素晴らしさときたら。舞台セットとして作られているホテルの間接照明を活かしてくっきりとした陰影を形作っている照明が、そうした細やかな表現を効果的に引き立てていることも印象的だ。

そしてここから、家族の形が変化し始める。岳人と友理は別の部屋を使い、友理はホルモン注射を始める。本作は2024年5月から同年12月までの期間を描いているが、時間の経過と共に声が低くなっていくなど、友理の身体的変化の過程も伝わってくる。これはひとえに、黒木の表現の素晴らしさと言うべきだろう。そして、岳人はそんな友理を決して否定しない。内面では、当然複雑な思いもあるだろう。当初、友理が離婚の可能性に言及すると、なぜそんなことを言うのか理解できないという反応を示したりもした。それでも彼は、かたくなにはならず変化を受け入れる。とりわけ印象に残ったのは、友理の手を両手で包み込み、見つめる姿だ。岳人という人物は至極全うで理性的・良心的であり、好感を抱く観客は多いのではないだろうか。

また、真琴にとってもこれはとてつもなく大きな出来事であり、当然ながら戸惑いが見える。とはいえ、意外とすぐに受け入れたようにも見えるところが興味深い。真琴に関しては、ソファーの隅にごみを押し込んだり、クッションを投げつけたり、といった岳人とのかけ合いが、いかにも仲の良い父娘という空気感。ほほ笑ましくて、思わずほっこりさせられた。真琴を演じる中田は、時に溌溂とした、あるいはゆるかったり小生意気だったりする言動を小気味よく見せてくれる。だが両親の選んだライフスタイルゆえに高校は通信制にならざるを得ないこと、劇中でも言及されていたようになかなか友人ができないことなど、その背景にはかなり重く、深いものがある。そこを掘り下げ過ぎてしまうと今作の本題がぼやけるのではないかと思われるし、程よい案配での描写に留まっていたのではないだろうか。

終盤、岳人と友理はある決断をする。この時も、岳人は友理の手をその両手で包み込んでいた。それは、人と人とが向き合い、寄り添うことの大切さを象徴しているのかもしれない。

作・演出の加藤拓也は、本作を「当事者と非当事者の間にある壁、つまりは自分が当事者ではないということから来る壁に葛藤している人」である岳人の視点による物語だという。確かに、おそらく観客の多くは岳人に近いスタンスであり、自身を彼に投影して物語を見つめるだろう。加藤は2023年4月に脚本の初稿を書き上げて以降、トランスジェンダー当事者との対話・助言を通して第7稿に至るまで改稿を重ねたという。橋本や黒木もトランスジェンダー当事者と対話するなどして、このテーマに丁寧に向き合ってきたことがわかる。結果、明確なハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、しかし確かな明日への一歩を感じる幕切れとなった。

『ここが海』というタイトルの意味も、結局そこはかとなくわかるようでもあり、わからないようでもあり。トランスジェンダー、夫婦、親子と、たった3人、されど3人、人と人とが共にある姿を幾重にも描いたこの作品の中に、観客それぞれの“海”を見出すほかないのだろう。それだけの豊かさをもった作品であることは間違いない。

取材・文/金井まゆみ
撮影/田中亜紀

<公演情報>
『ここが海』

日程:9月20日(土)~10月12日(日)
会場:シアタートラム

作・演出:加藤拓也
出演:橋本淳 / 黒木華 / 中田青渚

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/kokogaumi/

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