『沈黙の艦隊 北極海大海戦』ネタバレありレビュー! エモーションのキーワードは“兄弟”!
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『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
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すべて見るその潜水艦に騙されてはいけない。観る前にも、また観た後にもそう実感させられることになる。『沈黙の艦隊』に騙されてはいけない──。
現在、全国公開中の映画『沈黙の艦隊 北極海大海戦』。かわぐちかいじの同名コミックを原作に、主演・プロデュースに大沢たかお、監督に吉野耕平を迎えた本作は、原子力潜水艦のバトルと政局のサスペンスを描く、かつてないまでの極上のアクション・ポリティカル・エンターテインメントとして話題を博している。
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』【ファイナルトレーラー】
奇しくも現実の政治の世界ではある側面だけの切り取りやデマが問題となっているが、本作も上辺だけですべては語りきれない。大沢扮する、日米共同で極秘裏に建造された原子力潜水艦を奪取した艦長・海江田四郎。彼はこの核弾頭を保有した高性能の原潜をもって、独立戦闘国家「やまと」を宣言する。軍事同盟を結んだ日本と、「やまと」を敵と見なして撃沈を狙うアメリカ。世界地図を塗り替えんとする「やまと」はベーリング海峡へと入り、『北極海大海戦』の物語は展開されていく。

北極海の暗く重く冷たい、音のない世界。そんな想像をするのなら、すでに本作に騙されていることになる。興奮に満ちた映像とカメラワークで、未知の世界を探索するテーマパークのライド型アトラクションのような没入体験がそこに待つが、何より本作は熱くてエモーショナルなのだ。ベーリング海峡で「やまと」に迫るアメリカの最新鋭の原潜。ここでも騙されはいけない。驚愕の展開とともに、ひとつの関係性の物語が『沈黙の艦隊』に貫かれていることを再認識させられる。それは“兄弟”だ。

潜水艦のクルーたちは、いわば家族で兄弟のようなもの。それに加えて、映画には原作にないオリジナルの要素として、中村倫也演じる入江蒼士と、松岡広大演じる入江覚士の物語がある。兄・蒼士はかつて海江田が艦長を務めていた潜水艦に乗船していたが、海難事故で命を落としてしまう。その死は海江田と盟友・深町洋(玉木宏)に遺恨を生むことにもなるが、弟・覚士はその海江田が率いる「やまと」に乗り込み、行動と信念を共にしている。海江田に心酔していた、兄・蒼士。そして、そんな兄を尊敬していた、弟・覚士。本作でも兄弟が仲睦まじく語らう回想シーンが登場する。

また、相対するアメリカ側にも兄弟の物語がある。米政界の名門ベイツ家の兄・ノーマン・K・ベイツ(ドミニク・パワー)と、弟・ジョン・A・ベイツ大佐(ブライアン・ガルシア)。ふたりの背景と、その出自による絆のドラマが深く胸に沁みる。ベイツ兄弟の心象風景に触れて、ロバート・レッドフォード監督『リバー・ランズ・スルー・イット』(92年)を思い出す往年の映画ファンもいるかもしれない。兄弟と言えば、ホッキョククジラが奇しくも2頭並んで泳ぐ姿が本作では挟まれているが、こちらは北極海の実景を狙って撮影していた中で、たまたまカメラに収めることができたもの。また、弟・ジョンを演じたガルシアは、実際にも米海兵隊出身。偶然が必然を呼んだ。

さて、このベイツ兄弟の存在が、入江覚士にも、そして海江田にも深く影響を及ぼしていく。これまで、その胸中を語ることはなかった覚士だが、艦長室に海江田を訪ね、彼に問いかけるシーンがある。艦長室のシーンは「やまと」の是非も問うことになる衆議院解散総選挙の党首討論会と重ねて描かれていて、その構成を提案したのは本作のプロデューサーも務める大沢たかお。政治家たちの矜持と海江田の覚悟。立場は違うはずの両者の言葉が共鳴し合う。そちらもまた胸に刺さる。今回、津田健次郎演じる政治家・大滝淳が物語のキーマンともなっているが、海江田とはまた違うベクトルで狂気的なまでに純粋に突き進んでいく大滝もまた熱い。選挙後、市井の老人に思いを託される大滝。その老人の後ろ姿に大滝はあるリアクションを取るが、それは台本には書かれていなかった津田発信の信念の芝居だ。

騙されてはいけない。『沈黙の艦隊』は骨太なヒューマンドラマにして、抒情的なメロドラマでもある。そしてタイトルにも騙されてはいけない。ストーリーは北極海にとどまらず、その先のニューヨーク沖の大海戦も本作ではしっかりと描かれている。もちろん、原作ファンには伝説となっているあの名シーンも登場する。大艦隊の魚雷攻撃を避けるべく、能力を限界まで解き放ち、艦首を上げて宙空に飛び出してジャンプする「やまと」。アクションとしても、画としても大いなる見せ場となっているが、「やまと」を取り巻く人々、そして海江田とクルーたちのこれまでとここからに思いを馳せたとき、それはまた違った意味も持つ。強くも美しく、勇ましくも切ない姿……。

劇場のスクリーンの中で、自分の心の奥で、思いも寄らなかった景色に出会える。それが映画というもので、本作でもある。冒頭から登場する大沢たかおの躍動する肉体美に、中村蒼が演じる副長・山中栄治や前原滉が扮したソナーマン・溝口拓男のプロフェッショナルの色気に胸を震わせ、そんな男たちの連帯感にこそ胸を打たれる人もいるかもしれない。何よりも熱くエモーショナルで、泣ける。『沈黙の艦隊 北極海大海戦』に騙されてはいけない。

文:渡辺水央
<作品情報>
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
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