杉原邦生、初のオペラ演出で挑む“カワイイ”とジェンダーレスの舞台づくり 全国共同制作オペラ『愛の妙薬』記者会見レポート
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2025年度全国共同制作オペラ『愛の妙薬』記者発表会より、左から)糸賀修平、宮里直樹、高野百合絵、杉原邦生、大西宇宙、池内響、秋本悠希
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すべて見る2025年11月に東京、大阪、また2026年1月に京都にて、2025年度全国共同制作オペラ『愛の妙薬』が上演される。東京芸術劇場での初演を1カ月後に控えた10月9日に実施された記者発表会では、演出を手がける杉原邦生をはじめ7人の出演者たちが登壇、公演への意気込みを語った。
東京、大阪、京都の三館で作り上げる、独創的な舞台

2009年度にスタートし、全国の劇場・音楽堂や芸術団体等の連携で、単館では成し得ない独創的かつ高いレベルのオペラを新演出で上演してきた全国共同制作オペラ。音楽分野以外のジャンルで活躍する演出家たちが演出を担うことでも注目され、野田秀樹(2015年度)、岡田利規(2021年度)、野村萬斎(2023年度)など、演劇、伝統芸能、舞踊等で活躍する錚々たる顔ぶれがクリエーションに携わってきた。今回は、東京芸術劇場と、初参画となるフェニーチェ堺、二度目の京都・ロームシアター京都の三館による共同制作、セバスティアーノ・ロッリの指揮で、ベルカント・オペラの巨匠ドニゼッティの名作を上演する。木ノ下歌舞伎をはじめ数々の演劇の舞台で、斬新かつ説得力ある演出を手がけてきた杉原が、一体どんな舞台を作り上げるのか、期待が寄せられる。
取材陣への挨拶で、「自分でも“悲劇演出家”だと思っているくらいですが、なんと、喜劇が来たのでちょっと驚きました」と笑う杉原。舞台はスペイン、バスク地方の村、勝ち気な娘アディーナと彼女に恋する青年ネモリーノが偽の惚れ薬で結ばれるというロマンティック・コメディは、杉原の心にどう響いたのか──。「映像で拝見し、登場人物たちが皆、可愛らしいなという第一印象を持ち、今回はその“カワイイ”というキーワードで演出していこうと決めました。いまや世界に知れわたり、多様性の社会でいろんなものを肯定し、認めていく言葉として受け入れられているような気がします。“気持ち悪い”も、カワイイをつければ“キモカワイイ”とポジティブな言葉に。これをキーワードにすることで、現代のお客さまにもしっかり伝わる作品になるのではと思いました」。
続いて指揮者のセバスティアーノ・ロッリが動画で登場、日本での舞台への期待を述べるとともに、「私が伝えたいのは、まさにドニゼッティの音楽が持つ色彩、詩情、軽やかさ、そして情緒です。それは哀愁を帯びていますが、素晴らしい世界に誘います」と、作品の魅力を訴えた。
出演者たちも、それぞれの思いを熱く語る。全公演でアディーナ役を務める高野百合絵は、「終始クスッとして、心が温まるような楽しい時間を過ごしていただけるよう頑張りたい」と、東京での7年ぶりのオペラ出演に意欲。東京、大阪公演でネモリーノ役を務める宮里直樹は、二度目の全国共同制作オペラへの出演だが、「間違いなく、見たことのない『愛の妙薬』になるだろうと確信しております」。京都公演でネモリーノを演じる糸賀周平は初参加。「このオペラのいいところは、誰も死なないところ、喜劇でずっと楽しく最後まで行けるところです。楽しんでいただけたら」。
東京、大阪でベルコーレ役を務める大西宇宙は、ギリシャ悲劇でラップを用いた杉原の演出に注目。「前回参加させていただいた野村萬斎さん演出の『こうもり』(2023年度)で印象的だったのは、我々は音楽主体に見ているが、テキストから読み取られるとこうなるのか、ということ。今回もお互いに触発され合い、いい舞台にできれば」。京都公演でのベルコーレ役、池内響は昨年度の『ラ・ボエーム』(演出・振付・美術・衣裳:森山開次)でマルチェッロ役を、当時パリで活躍した画家、藤田嗣治の姿で演じた。「新鮮ですごく楽しかった。今回はカワイイというテーマに、この役がどうはまり込んでいくのか。ベルコーレとは“美しい心”を意味する名ですが、稽古でどんどん解きほどいていきたい」。全公演でジャンネッタ役を務めるのは、秋本悠希。「アディーナの友人の村娘で、ソリストと合唱の方々をつなぐ役割。皆さんに、“この人はどっちに心が向いているんだろう?”ということをお伝えできるよう演じたい」。
ドゥルカマーラ博士役のセルジオ・ヴィターレは動画で登場し、出演の喜び、杉原演出への期待を伝えるとともに、翻訳音声を駆使し、「ドゥルカマーラの喋ることを、何ひとつ信じないでくださいね!」とおどけ、会場を盛り上げた。
オペラ初演出、渡された楽譜に「電話帳かな?」
その後の質疑応答では、演出や役作りについてさまざまな質問が寄せられた。時代や場所の設定について尋ねられた杉原は、時代、場所の具体的な置き換えはしないつもりだと答える。「『勧進帳』では鎌倉時代のことが描かれますが、作品が上演されたのは江戸時代で、衣裳や音楽など、江戸時代の文化が多く盛り込まれている。日本にはいろんな時代がないまぜになっているものを受容する文化があります。今回も、曖昧なところでやっていきたい」。
この恋愛の物語に、杉原はジェンダーレスの要素を加えるとも語るが、ベルコーレはアディーナにではなく、実はネモリーノに一目惚れをし、ネモリーノとアディーナのことを邪魔するためにアディーナを口説こうとするようにも見えたら、と目論む。「どっちもありだよね、だって恋愛は別に男女間だけのものではないよね、と見られるようにできたら」。
歌舞伎やギリシャ悲劇、シェイクスピア作品などでも実績を積む杉原だが、オペラ演出への思いは、実は演出家を目指すようになった大学時代から抱いていた。「欧米の著名な演出家の方は皆さんオペラを手掛けられていて、オペラは演出家として通るべき道なのかもしれないと感じたんです」と打ち明けるが、実際にオペラに取り組んでみると、「まずは、“電話帳かな?”というくらいの楽譜に“これは……”と(笑)。しかも開けたら五線譜しかない! イタリア語はわからないし、いろいろ不便だけれど、面白さも感じました」と目を輝かす。「楽譜が渡された時点で、やはり音楽が主体だと思いました。僕は演劇を演出するときも、音をすごく意識して作っています。ギリシャ悲劇には“コロス”という歌のパートがあり、基本的に韻文。シェイクスピアもそうで、言葉のリズム、音を強く意識している。歌舞伎も、『勧進帳』などはひとつの大曲。古典の演劇は皆、音楽性を持っています。そこを僕はすごく大切にしたい。ひとつの作品が一曲の音楽のようになるようにと意識して作っていたので、その点でオペラにはぐっと親近感を抱いています」。
また、『愛の妙薬』が一番好きなオペラという宮里にその魅力について質問が寄せられると、「いろんなテノールの役を演じてきましたが、皆、自分中心で最後まで相手を信じてあげない。ネモリーノは最後まで愛を貫いてアディーナ一筋なんです。あ、今回はアディーナ一筋かどうかわかりませんが(笑)」と、役柄の魅力を熱っぽく語った。最後にベルカント・オペラへの初挑戦について問われた高野は、「日本ではオペラに出演する機会が少ないのが現状。そこをどう選びどう挑戦するかは、先生と相談しながらやっております。実際に取り組むと、アディーナにはすごく力強いところも必要だとわかる。たくさんのテクニックが必要で、本当に勉強になりました。マエストロもいらっしゃいますので、たくさん勉強したいと思います」と、ヒロイン役への思いを語り、期待を込めて締めくくった。
取材・文:加藤智子
<公演情報>
2025年度 全国共同制作オペラ
ドニゼッティ作曲/歌劇『愛の妙薬』
〈全2幕/イタリア語上演/日本語・英語字幕付き/新制作〉
作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
台本:フェリーチェ・ロマーニ
指揮:セバスティアーノ・ロッリ
演出:杉原邦生
アディーナ:高野百合絵
ネモリーノ:宮里直樹(東京・大阪)、糸賀修平(京都)
ベルコーレ:大西宇宙 (東京・大阪)、池内響(京都)
ドゥルカマーラ博士:セルジオ・ヴィターレ
ジャンネッタ:秋本悠希
ダンサー:福原冠、米田沙織、内海正考、水島麻理奈、井上向日葵、宮城優都
合唱:ザ・オペラ・クワイア(東京)、堺+京都公演特別合唱団(大阪・京都)
管弦楽:ザ・オペラ・バンド(東京)、大阪交響楽団(大阪)京都市交響楽団(京都)
【東京公演】
2025年11月 9日(日) 14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
【大阪公演】
2025年11月16日(日)14:00開演
会場:フェニーチェ堺大ホール
【京都公演】
2026年1月18日(日)14:00開演
会場:ロームシアター京都メインホール
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560464
公式サイト:
https://rohmtheatrekyoto.jp/lp/the-elixir-of-love2025/
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