人生を変える奇跡の出会い──倍賞千恵子×木村拓哉『TOKYOタクシー』、巨匠山田洋次監督がフランス映画の大ヒット作をリメイク【おとなの映画ガイド】
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『TOKYOタクシー』 (C)2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会
続きを読むフランス映画『パリタクシー』を、日本に舞台を変えて、山田洋次監督が翻案・リメイクした『TOKYOタクシー』が、11月21日(金)に全国公開される。アニメ映画『ハウルの動く城』以来という、倍賞千恵子と木村拓哉の実写での初共演作。終活に向かうマダムと、人生にちょっと疲れたタクシー運転手の物語。東京・横浜という街の独特な美しさにも改めてグッとくる、感動のロードムービーだ。この作品、10月27日(月)から開催される第38回東京国際映画祭で、オープニング、クロージングと並ぶ中盤の目玉、“センターピース”作品として上映が決まっている。
『TOKYOタクシー』
個人タクシーの運転手、宇佐美浩二(木村拓哉)が乗せた客は、派手な色合いの服を上品に着こなす老婦人、高野すみれ(倍賞千恵子)。東京・柴又の家を処分して葉山にある高齢者施設へ移住するところ。「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」と頼まれ、葉山への道すがら、東京のあちこちを巡ることになる。思い出深い場所を再訪しながら、彼女はすこしずつ、自分の過去を語りはじめる。晴れた秋の東京の午後と暮れなずむ横浜を背景に明かされる彼女の実話は、その姿から想像できない、凄いものだった……。

原作の『パリタクシー』は、2023年に日本公開されたフランス映画。国民的シャンソン歌手リーヌ・ルノーがマダムを演じ、人気コメディアンのダニー・ブーンが運転手に扮している。
吉永小百合を主演にした『こんにちは、母さん』の撮影終了後、スタッフと次回作の話をしていく中で、60年以上にわたり山田監督のミューズ的存在である倍賞千恵子さんとのタッグをもう一度スクリーンで観たい、そんな声があがった。そこで監督が考えたアイデアが、この原作のリメイクだったそうだ。古典的な名作ではなく、イキのいい作品を選んだセンスの良さにはちょっと唸る。

倍賞千恵子とは、1963年に発表した監督の出世作といえる第2作『下町の太陽』で倍賞がヒロインを演じてからの長い付き合い。さくら役の『男はつらいよ』シリーズのほか、『家族』『故郷』や高倉健との共演作『幸福の黄色いハンカチ』『遙かなる山の呼び声』など、きら星のような名作を世に送り出してきた。ことし93歳になる山田監督にとって、本作はまさに気心のしれた、“黄金の名コンビ”復活作となった。

そして、監督が考えたもうひとつの絶妙なアイデアが、『武士の一分』でコンビを組んだ木村拓哉の起用だ。「木村くんでドライバーを考えたら、急にイメージが広がるんだよ」と、山田監督はコメントしていたけれど、彼が相手役を務めることで、原作にはない、“恋のムード”が漂う内容になった。ふたりの化学反応で発生する色気が物語の深みになっている感じ、と言えばいいか……。
また、原作に描かれているフランスの物語を、無理のない微妙なチューニングを施して、日本の昭和時代、それも戦後の物語に置き換えていることも大きい。脚本は山田洋次と朝原雄三。両作を観賞して比べてみると、なるほど、とまたも唸ってしまう。

昭和15年に生まれたすみれさんの追憶は、「寅さん」のふるさと、葛飾・柴又から始まり、浅草、上野、銀座、そして外苑の銀杏並木、渋谷……東京中を巡りながら再現されていく。すみれさんの若き日の何ともドラマチックな生き方を、蒼井優が熱演している。悲しい恋もあったし、つらいできごともあった。

その人生の最終章で出逢った、息子ほど歳の離れたタクシー運転手に、好意以上の感情を抱いたようにもみえる。なにせ、木村くんですから。この作品では、倍賞千恵子が寅さんの役回りかあ、と思えるのも、また乙なところ。

そんなすみれさんの包み隠さぬ話を聞いているうちに、浩二もすこしずつ自分のことを語り始める。妻(優香)のこと、音大をめざす音楽家志望の娘(中島瑠菜)のこと……。

タクシー車内のシーンの大部分を、最新の「VP(バーチャルプロダクション)」という技術で撮影したのも、見どころのひとつだ。スタジオの中にタクシー車体を設置し、その周りを風景映像が投影されたLEDパネルで取り囲み、あたかも外で運転しているかのように見せる方法。LEDパネルに投影する映像は、8台のカメラを取り付けた特殊な車両で360°の風景を撮影したものだそうだ。その運転シーンのリアルさは特筆もの、全く違和感がない。

風景に流れる、心地よいジャズやストリングスのメロディーは、いま注目の岩崎太整が音楽担当をしている。劇中、倍賞千恵子が歌う『星屑の町』、エンドタイトルの『とても静かな夜だから』もしみじみと響く。目まぐるしく変化する大都市TOKYOだけど、人とひとのあたたかいふれあいは、あってほしい。そんな思いが伝わってくる、感動のストーリー。世の中すてたもんじゃないかもね、そんな感じにさせてくれる、”ちょっといい映画”です。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会