【展示レポート】『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』 「室内」というテーマが照らし出す印象派の新しい魅力
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すべて見る東京・上野の国立西洋美術館で、『オルセー美術館所蔵―印象派 室内をめぐる物語』が開催されている。印象派といえば、戸外のうつろう光のもとで描かれた風景がまず思い浮かぶのではなかろうか。だが、印象派が活躍したのは、パリの街の近代化が急速に進められた時代。産業が発展するなかで職場と住まいの分離が進むと、家は外界から逃れる憩いの場としての重要性を増し、人々は家での生活をより美しく快適なものにするよう努めていった。住むことにこれほどこだわった時代はかつてなかった、と評されたのが19世紀という時代だったのだ。
同時代の人々の生活を描いた印象派の画家たちも多くの室内画を描き、また室内を装飾することにも関心を抱いていた。今回は、そうした室内をめぐる多彩な作品群を通じ、印象派に対する新たな視点をもたらしてくれる展覧会となっている。

第1章「室内の肖像」の冒頭を飾るのは、のちに印象派となる画家たちと親しかったバジールがルノワールを描いた肖像画とアトリエの室内画。友人たちの絵画が飾られた室内に仲間が集い、対話を交わす情景が描かれたこの絵は、芸術家たちの友情を象徴する重要な作品だ。今回の会場全体を見渡して感じるのは、それぞれの画家を代表する優品ぞろいであることへの感嘆である。そして、大作も多い。オルセー美術館の出品作は、約70点。同館の印象派コレクションがこの規模で来日するのは、ほぼ10年ぶりだという。

室内の肖像画の見どころのひとつは、描かれた人物の職業や芸術家としての理念、交友関係、趣味や関心、そして社会的ステータスなどが部屋のしつらえや描き込まれた品々からうかがえて、その読み解きが楽しいことだ。たとえばマネによる文豪ゾラの肖像では、机の上の本や文筆道具が職業を、屏風や浮世絵版画が日本趣味を教えてくれる。二人が盟友となったきっかけは、スキャンダルを起こしたマネの裸婦像《オランピア》をゾラが擁護する批評を刊行したことだそうで、その複製画と小冊子の表紙も画中に見られる。


第1章ではそうした読み解きが興味深い作品や、家族や母子を描いた微笑ましい作品も並ぶが、なかでも圧巻なのは、若き日のドガがイタリアに住む伯母の家族を描いた大作《家族の肖像(ベレッリ家)》だ。縦寸が2メートルを超えるこの絵では、敬愛する父親を亡くしたばかりの伯母が喪服姿で、また政治活動ゆえに亡命中の身である夫の男爵がこちらに背中を向けて描かれている。毅然とした妻と孤立した夫、きまじめそうな姉とおしゃまな印象の妹の対比や、画面からうかがえる夫婦の不和といった心理的なドラマ性も面白いが、衣装や壁紙、絨毯の質感などの描写の緻密さや、ブルーをはじめとした色彩の美しさも素晴らしい。修復を終えたばかりのこの作品は、今回初来日の作品だ。


第2章の「日常の情景」ではまず、家庭という親密な環境で音楽や読書を楽しむ人々を描いた情景が並ぶ。当時は、ピアノ演奏が家庭の文化的な趣味を表すモチーフとなっており、また自邸に友を招いて奏楽会を催すこともよくあった。マネ、ドガ、ルノワール、カイユボットという4人の画家による5点のピアノの情景が並ぶが、なかでもルノワールの《ピアノを弾く少女たち》は、国から注文を受けた画家が複数のヴァージョンで制作したなかで、最終的に国家買い上げとなった名作。少女たちの愛らしさ、まばゆいばかりの暖色の色彩の美しさ、そして画面を満たす幸福感が魅力的なこの作品は、風情ある譜面台と一緒に展示され、当時の室内の雰囲気も伝えてくれる。


第2章には、こうした家庭内の楽しみのほか、女性が裁縫や刺繡にいそしむ姿や、さらに奥の私室で身づくろいや入浴をする場面を描いた作品も続く。この章で気づくのは、描かれているのは圧倒的に女性が多いこと。当時は、女性の領域は私的な室内とされており、上流の女性は一人で外出することも許されなかった。親密な雰囲気の室内情景には、そうした時代背景も内包されている。

第3章「室内の外光と自然」
第3章「室内の外光と自然」では、室内でありつつ外の空間と光を取り入れたバルコニーや温室を舞台とした絵が並ぶ。最初の作品はバルトロメの大作《温室の中で》。光あふれる緑の庭を背に立つファッショナブルな衣装の妻を描いた作品で、実物のドレスとともに、温室というくつろぎの空間を感じさせる寝椅子や読書テーブルも合わせて展示されている。彼女は若くして亡くなり、画家が愛する妻の遺品を大切にとっておいたため、ドレスも残されていたという。

この章ではまた、自然を室内の装飾として取り入れる花々の静物画もある。ファンタン=ラトゥール、ルノワール、ピサロ、セザンヌなど、それぞれのタッチの違いも見どころだ。また、植物や鳥、魚、風景といった自然をモチーフとしたガラス器や陶器、暖炉飾りなどの室内装飾品を集めたコーナーは、日本の影響から生まれたジャポニスムをテーマとした小企画展となっており、また絵画中心の展示空間にジャンルの広がりももたらしている。


第4章「印象派の装飾」は、絵画などの純粋芸術と装飾を担う応用芸術との垣根が低くなってきた時代にあって、印象派の画家たちも装飾画やタペストリー等の原画、壁紙など、室内装飾に取り組んでいたことに気づかせてくれる。今回は、国内外の重要作も含めて総数約100点が出品されており、たとえば印象派のパトロンだった実業家オシュデから自邸の壁を飾るために注文された装飾画の2点は、モネ作品がオルセー、マネ作品が国立西洋美術館の所蔵で、海を隔てて収蔵されていた両作が時を経て並んで展示されることとなった。

モネが後年に取り組んだ名高い連作〈睡蓮〉もまた、そもそもは室内の壁をぐるりと睡蓮の池の絵で装飾する着想から生まれたという。今回は睡蓮の絵画とともに、これまであまり紹介されることのなかったモネ原作の毛織物が展示されている。織りによる揺らめくような柔らかな風合いが、そこはかとなく淡い光のきらめきをも思わせる。

ひとつひとつの作品に見応えがあることに加え、展示会場には様々な工夫がこらされている。並んだ作品を見比べることで見えてくるものもあれば、しつらえによって当時の雰囲気が感じられることもある。「室内」をテーマに印象派のもうひとつの魅力をたっぷり味わうとともに、その場でしかできない鑑賞体験のために、ぜひ会場に足を運びたい。

亡くなる前年頃に描かれた自邸のための壁紙。絵の横の壁には窓があけられており、別室に飾られた若き日のカイユボット作品《ピアノのレッスン》が見える。

取材・文・撮影:中山ゆかり
※写真はすべて、「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年
<開催概要>
『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』
2025年10月25日(土)〜2026年2月15日(日)、国立西洋美術館にて開催
公式サイト:
https://www.orsay2025.jp
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2559461
■『オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語』展示風景の動画はこちら
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