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シェイクスピアの戯曲に本来描かれていた「自然」を見つめて。上田久美子が語るSPAC秋のシーズン2025-2026『ハムレット』

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上田久美子 (c)matron2023

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2025年11月9日(日)からSPAC-静岡県舞台芸術センターにて上田久美子演出の『ハムレット』が上演される。これは世界の名作戯曲を現代の演出で届ける「SPAC秋のシーズン2025-2026」のひとつ。誰もが知るシェイクスピアを、宝塚歌劇団の演出を経て現在はアートと娯楽の境界を取り払う自身のプロジェクトにも力を入れる上田が手がける。どのような作品になるのか、話を聞いた。

シェイクスピア戯曲が内包する宇宙観、自然観を見直したい

──今回『ハムレット』をやるのは、どなたの発案ですか?

私がいくつかシェイクスピアの候補を挙げた中で、SPACさんが『ハムレット』で、と。

──なぜシェイクスピアをやりたかったのでしょう?

2023年から演劇における人間中心主義を相対化する「プロジェクト・プネウマ」と名付けたプロジェクトを始めました。さまざまな演劇の場面を非人間の立場から見たり、非人間も同時に舞台の上に存在させてみるものです。文明が発展して、特に都市生活では人間たちだけで世界が成立しているような感覚になっているじゃないですか。でも実際は大きな世界の一部でしかない。

SPAC秋のシーズン2025-2026 #2『ハムレット』

演劇は人間の感情や社会を描くものと相場が決まっているけれど、それは伝統的なことなのかな、と古い戯曲を読み返していたら、シェイクスピアは自然にかなり言及していることに気づいたんです。『ロミオとジュリエット』の中でも、「人間が自然の大きな循環の一部に過ぎない」という内容を延々語ったりしている。今よりも自然が人間の生活に入り込んでいた時代の感覚なんですね。けれども、現代でシェイクスピアを上演するときはそういう部分を省いて、人間のメロドラマばかりをクローズアップしてしまう傾向があるんですよね。自分でもこれまでそういう面があったと思います。だから今回は、本来シェイクスピアの戯曲が内包していた宇宙観、自然観を見直したい、と。

複数のオフィーリアが表すもの

──「プロジェクト・プネウマ」では過去2回、『ハムレット』のオフィーリアに注目していましたね。シェイクスピアの中でも特に『ハムレット』に対する思い入れがあるのではないですか。

そうですね。近代になるにつれて追いやられていった自然に注目し直すには、オフィーリアという存在が重要だとは思っていました。オフィーリアは、花冠を柳の木にプレゼントしようとして落ちて死んでしまう。自分と自然とを同じ位置に置いている存在なんですよね。

SPAC秋のシーズン2025-2026 #2『ハムレットより。舞台美術はほぼビニールのみ

対するハムレットは近代知性主義のはしりのような人物で、人を殺すことに対しても脳内で哲学的な自問自答をして、言語化していく。そして理性によって自らを野蛮な自然から切り離し特別な存在たろうとする。こういうキャラクターって、400年前にこの戯曲が書かれた当時はすごく斬新だったらしいんです。それまでの戯曲の登場人物は、こんなにも内省したり、自我を哲学的な言葉で述べたりはしていなかったんですよね。彼こそ、西洋を中心としたロゴス至上主義を体現するキャラクターだと思います。

SPAC秋のシーズン2025-2026 #2『ハムレット』より

そこで切り捨てられた言語以外の部分を体現しているのがオフィーリアとか、墓掘りとか、周辺的な存在だと思うんです。物語としても、当時最新のキャラクターであったハムレットが、最終的には人間は頭で考えて御し切れるものではない、残念ながら世界や自然の一部でしかないという結論に至るわけですよね。理性主義の黎明とともに、その限界も描かれている気がするんです。その流れが面白いし、「シェイクスピア、さすが」と思って。

ただ、この「残念ながら」の部分は本当に残念なのか、とも思うんです。そこについて、今回は自分なりの結論を用意しているつもりです。

──今回はそのオフィーリアが複数人いる、と聞きました。たくさんのオフィーリアが登場すると。これはかなり異色ですね。

男性が主役のシェイクスピア作品を女性の俳優さんが演じることも最近はよくありますよね。私は宝塚出身ですから、そういう部分も多少期待されていたかもしれません。でも、女性が男性役を演じたからといってそれが男女平等に近づくかというと、そこはちょっと違う気がしていて。この男性中心社会における、戦ったりロゴスを操る男性がかっこいいという美意識を無批判に受け入れて、女性がそれをやりたがるのは本末転倒ではないかと。だったら弱い乙女として描かれ、みんなが、特に男性がやりたいと思わないようなオフィーリアの役を、男性にもやってもらう方がいいのかなと思ったんです。

SPAC秋のシーズン2025-2026 #2『ハムレット』より

──SPACの俳優さんたちと、静岡で作るという面での面白さはどこにありますか?

SPACの俳優さんたちは、日々トレーニングをされているから、身体の感覚が敏感ですね。動けるし、言語外の表現に長けている。それから、山の中の稽古場(舞台芸術公園)で稽古をしていたんですが、それがいいですね。東京で制作をしていると、知らない間に「やっても許されるだろう」の範囲が小さくなっているんです。大胆なことをするのが怖くなる。けれども稽古に行く前に山道を歩いていると、コンクリートの都会とは違った形状のものと出会ったり、でかい虫がいたりする。そういったランダムなものに満ちている中にいると、やれることの範囲がすごく広がるんです。俳優さんたちは普段こういう環境で暮らしているから、突拍子もない演出でも「まあそれもありなんじゃないの」とやってくれる。

一瞬だけ感じた「自然の目」を求めて

──これまで以上に自由な、解き放たれた上田さんの演出が見られるわけですね。そもそも、上田さんが「人間中心」のいまの演劇に疑問を抱いたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

少し長くなるのですが……、数年前、海外から戻ってきたタイミングでコロナ感染がわかったんですよ。当時は2週間ホテルで隔離が必要で。ビジネスホテルの狭い部屋にとじこもる生活が最初は辛かったんですが、数日で自由を感じ始めて。生産的であらねばならないとか、よりよい明日に向かうために今日どこに行って、何を見逃さないようにして、何を買わなきゃいけないという感覚自体がここにはない。どこにも行けないから、自分を高めることなんてできない。食べ物も選ぶことができないから、欲望について考える必要がなくなったんです。当時は廊下にさえあまり自由に出られなかった。地下のコインランドリーに行くことだけは許されているんです。すると、そのホテルには感染者しかいないから、洗濯機の上に百円玉が山積みになって「ご自由に」と書いてあるんですよ。お金が「ご自由に」と書かれている世界がすごいなと思って。貨幣が貨幣としての価値を持たなくなってる。そこで隔離期間中は心の平安を得て過ごしていました。

──すごい経験ですね。

隔離期間が終了して、東京駅にたどり着いたら、しばらく温かいものを食べていなかった自分の目に、ファーストフードのお店がたくさん飛び込んできたんですよ。はなまるうどんに行こうか、スターバックスに行こうか。行ったら行ったで普段ならあまり迷わないメニューをなかなか選べなくて。自分が選択しているんじゃなくて、操り人形のように呼びかけの強い方に引っ張られている感覚がありました。きっと生まれた時からこういう糸に引っ張られていたんでしょうけど、隔離期間に一度その操り人形の糸がたるんだことでそのものの存在に気づいた。

東京駅から当時住んでいた関西に戻って、六甲山に登って大阪湾を眺めたんです。そしたらそれまでは街に注目して綺麗だなと見ていたのが、自然物の方が目に入ってきて、建造物の方が異物に見えてきたんです。一瞬だけ自然や動物の目で世界を見たような、都市生活からほんのちょっとだけ感覚がはみ出したような経験ができた。以来、演劇の中にその感覚を求めているところがあります。

──とても面白いです。最後に、10月に公開された稽古では、「もう少しコミカルさを出したい」という演出をされていたのが印象に残りました。上田さんにとってコミカルさは重要なんでしょうか。

SPAC秋のシーズン2025-2026 #2『ハムレット』より

コミカルさは、客観性の担保という面がある気がします。私が今作っている世界が絶対唯一のすばらしいものであると真面目に提供することは、私にはできなくて。自分の中にもいろんな自分がいるじゃないですか。だから、「こっちの考え方もあるよ」という部分を残しておきたい。どんなに大真面目に悲劇をやったとしても、別に笑ってもいいし、私自身も「なんつって」という部分がありますということを、維持しておきたいんだと思います。だから、自分たちで自分たちを茶化すようなところもありつつやるのが好きなんです。『ハムレット』の戯曲自体にも、ハムレットが苦悩していると同時に、そこに相対的な視点を持ち込む他のキャラクターたちがいる。今回はその客観の部分を重視した『ハムレット』を作っていけたらと思います。

取材・文:青島せとか

<公演情報>
SPAC秋のシーズン2025-2026 #2
『ハムレット』

潤色・演出:上田久美子
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎(角川文庫『新訳 ハムレット 増補改訂版』)

【キャスト】
ホレイシオ:本多麻紀
オフィーリア/ハムレット:山崎皓司
オフィーリア/クローディアス:武石守正
オフィーリア/ガートルード:舘野百代
オフィーリア/ボローニアス:若宮羊市
オフィーリア/レアーティーズ:杉山賢
オフィーリア/ギルデンスターン:ながいさやこ
オフィーリア/ヴォルティマンド:吉見亮
オフィーリア/役者・道化:阿部一徳
オフィーリア/役者・道化:貴島豪
オフィーリア:榊原有美
オフィーリア/フォーティンブラス:宮城嶋遥加

2025年
11月9日(日)・15日(土)・22日(土)・23日(日・祝)・29日(土)・12月6日(土)・7日(日)

各日13:30開演

会場:静岡・静岡芸術劇場(グランシップ内)

公式サイト
https://spac.or.jp/25_autumn/hamlet_2025

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