記憶を失う病に侵された頭脳派ヒットマンが挑む、人生最期の完全犯罪『殺し屋のプロット』──マイケル・キートン主演、アル・パチーノ共演【おとなの映画ガイド】

『殺し屋のプロット』

主人公のジョン・ノックス（マイケル・キートン）は、警察にもその存在を知られていないほど、プロ中のプロのヒットマン。ふだんは市民生活のなかに、そっと溶け込んでいる。歳は70を超えたあたりか。最近、物忘れが多いので、専門医に検査をしてもらうと、診断結果は“クロイツフェルト・ヤコブ病”。症状はアルツハイマーに似ていて、その進行は速く、治療法はない。すべての記憶が消えるまでわずか数週間、という衝撃の宣告を受けた。

いよいよこれで引退か、と考えた殺しの現場で、今までにはあり得ないミスをしてしまう。バレないような処理をしたものの、警察の捜査にひっかかるかもしれない、ちょっとまずい雲行き。まずは、これまでため込んだ資産のマネーロンダリングをして、疎遠の妻子や親しい友人にお金を残そうと行動を起こした、その矢先に、息子マイルズ（ジェームズ・マースデン）が10数年ぶりに訪ねてきて、16歳になる娘を餌食にしたワルを誤って殺してしまったと泣きついてきた……。

途切れ始めた記憶と戦いながら、残り少ない時間のなかで、自身の起こした事件と息子の殺人を両方隠蔽する完全犯罪は、果たして可能か──というサスペンス。

このノックスのキャラが面白い。博士号を取得し大学で教鞭をとっていたこともあるインテリで、陸軍偵察部隊の元将校。いつも難しそうな哲学の本を読んでいて、仲間内でつけられたあだ名は“アリストテレス”。こぎれいなひとり暮らしは規則正しい。例えば、毎週木曜日は同じ売春婦を家によんで、ひとときを過ごすといった風に。

米アカデミー賞作品賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』のプロデューサー、マイケル・シュガーが持ち込んだ脚本に惚れ込み、監督・主演・製作を一手に引き受けたマイケル・キートンは、ひたすらクールにノックスを演じる。サングラスが印象的で、陰影を強調した画作り、ピアノソロや控えめなトランペットの音楽は、いかにもフィルムノワール、といった感じ。

名優は名優を知る。共演もとびきりシブくてうまい役者が並ぶ。まずアカデミー賞俳優のふたり。ノックスを殺し屋に仕立てた影の黒幕で盟友ともいえるゼイヴィア役のアル・パチーノと、元妻ルビー役のマーシャ・ゲイ・ハーデン。木曜日の女、アニーを演じるのは、『COLD WAR あの歌、2つの心』でヨーロッパ映画賞を受賞したポーランドの女優ヨアンナ・クーリク。ノックスを追う、捜査チームを率いる女性刑事イカリ役のスージー・ナカムラも印象に残る。

カフェで話をしている時に、目の前にコーヒーがあることを忘れて、またコーヒーを頼んでしまうといった、認知症と思わせるシーンも入り交じって、隠蔽工作らしきノックスの行動が、一見不可解にみえたりするのだが、最後はきっと、そうだったかと納得するはず。

工作の手助けをするゼイヴィアが、電話でノックスに忠告する。「スマホのロックははずしておけ」。確かに、パスコードを忘れちゃうとスマホは使えないからな、とか、なるほどね、もいっぱい。なにしろ、秘密しかないお仕事ですし、自分の頭の中だけに情報をとじ込めていた男にとって、記憶がなくなるというのは致命的。それをどう切り抜けるか、が見もの。

リーアム・ニーソンが主演した、やはり老ヒットマンがアルツハイマーになってしまう『MEMORY メモリー』という作品もあったけれど、本作は、細部にいたるまで、凝っていて、オススメです。

文＝坂口英明（ぴあ編集部）

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