Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > ぴあ映画 > 役所広司&細田守監督 『果てしなきスカーレット』アニメーション“未踏の地”への旅

役所広司&細田守監督 『果てしなきスカーレット』アニメーション“未踏の地”への旅

映画

インタビュー

ぴあ

(撮影:本多晃子)

続きを読む

細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』がついに完成した。本作は国王である父を殺した仇への復讐を誓う王女スカーレットが主人公の物語で、彼女が狙う叔父・クローディアスを俳優の役所広司が演じている。

細田監督は、これまでに『サマーウォーズ』『バケモノの子』『竜とそばかすの姫』など数々の作品を手がけ、そのファンは日本だけでなく全世界に広がっている。待望の最新作は、日本および全世界で東宝とソニー・ピクチャーズ エンタテインメントにより共同配給されることが決まった。これまで以上に幅広い観客に出会う作品になりそうだ。

【予告2】『果てしなきスカーレット』<11月21日(金)公開>

役所さんが演技で“この映画のレベルはココだぞ”と示してくれた

細田 自分の作品を海外の方に観ていただくことになったきっかけは、2006年に『時をかける少女』が海外の映画祭に呼ばれたことです。それまで自分の作品は、すごく小さな作品で、好きな方だけが観てくださる作品だと思っていましたから、海外の映画祭に呼んでもらえるなんて思ってもみなかったですし、本当にビックリしたんです。それを機に、我々の作品が海外の方に観てもらえるかもしれないと思うようになりましたし、日本のアニメのことをまったく知らない海外で暮らすおばあちゃんにも引っかかってもらえるような作品を作りたい、と意識するようになりました。

日本人以外の人を主人公にするのは本作が初めてですし、王女が主人公です。それまでは身近な人を主人公にしてきましたから、これまでとは違う部分に踏み出したという点でもかなり挑戦だと思っています。でも、そのことがうまく作用してくれたら、世界のみなさんに観てもらえる“共通語”になるかもしれない。そうなってくれるといいな、と思いながら作りました。

主人公のスカーレットは16世紀のデンマークの王女で、愛する父を殺した叔父・クローディアスへの復讐に失敗して≪死者の国≫で目を覚ます。天国でも地獄でもない狭間の場所で彼女は、現代から来た日本人の看護師・聖と出会う。憎しみと復讐心だけを胸に旅を続けるスカーレットは、この旅で何を見つけるのか?

映画ではシェイクスピアの名作『ハムレット』の世界観が援用され、壮大なドラマが描かれる。役所が演じるクローディアスもシェイクスピア劇に登場しそうな恐ろしく、狡猾な悪人だ。本作ではアニメーション制作よりも先に演技を収録する“プレスコアリング”と呼ばれる手法が用いられ、俳優陣は映像を見ることなく演じたという。

役所 これまでに舞台でシェイクスピア作品や翻訳ものはよく演じてきたのですが、どこか違和感があったんです。僕は日本人ですし、髪も瞳も黒い。でも、翻訳ものでは外国の名前で呼ばれて、外国人のように振る舞わないといけない。これはやっぱり……違和感がありますね(笑)。そのうち舞台では日本人の役を演じたいと、翻訳ものはやらないようにしてきた記憶があります。

ところが今回は実写で演じるのではないので、あまり違和感を感じなかったんです。それにこれまでは出来上がった画に声をあてていたものが、今回は監督が「録音していただいたら、それを基に画を描きますから」っておっしゃってくださったので、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分という状態でした(笑)。ですから、どんな画になるのかは想像がつかないんですが、セリフを話す尺という点では自由に演じられましたし、本当に舞台の上で相手役とぶつかるような感覚がありました。

細田 役所さんの収録がプレスコの一番最初だったんですよ。つまり『果てしなきスカーレット』という作品を俳優さんと一緒に作り上げていく最初のプロセスだったのですが、役所さんの演技が本当に素晴らしくて、僕たちの想像していたクローディアスを遥かに超えるものでした。役所さんが演じたことで、クローディアスの恐ろしさだけでなく、力強さ、狡さ、憐れみや情けなさまでもが渾然一体となって立ち現れてきて、そのときはビックリして「役所さん、本当にすごいです!」ぐらいしか言葉にできなかったです(笑)。

一方で、この演技に見合うだけのアニメーションをこれから作るのかと考えると、その途方もなさに唖然とした記憶もあります。そういう意味では、役所さんの演技に“この映画のレベルはココだぞ”と示してもらえた、まず最初にとても高い基準値を設定してもらえたと思っていますし、ここを基準に、登場人物の存在感を大事にして、嘘のない、目の前に確かに人間が存在しているんだと思ってもらえるような映画づくりができたと思います。

役所 クローディアスはかなり悪いヤツですよね(笑)。

細田 そうですね(笑)。

役所 一方で、これだけ悪い人というのは、やはりどこかに“弱さ”もあるんだろうと思うんです。“自分が殺される前に殺してしまおう”と思ってしまう弱さもあると思いますし、詳しくは言えないですが、懺悔したかと思えば、一瞬で元に戻ってしまう場面や、執着心が垣間見える場面もあります。ですから、演じる上ではまずはとにかく悪いヤツに徹して演じて、人間的な部分や弱さ、悪のために犠牲にしてきた部分は物語の中の描写がちゃんと拾ってくれるだろう、という想いでした。

映画人として、いちファンとして細田監督を尊敬している

役所が語るとおり、本作の登場人物は多面的で、主人公の仇も単なる悪人ではなく、主人公のスカーレットもまた単なる正義のための存在ではない。これまでも細田監督は簡単に言葉にできないドラマ、世界観、感情を描くことにこだわってきたし、そのために脚本だけでなく“アニメーション表現そのもの”も進化させようとしてきた。『果てしなきスカーレット』では才人たちが集まって表現される手描きアニメーションの質感と、3DCGアニメーションのなめらかな表現や空間処理が混ざり合う。まだ誰も見たことのない新たなアニメーション表現がここにはある。

細田 本当にアニメーションのことが好きだからこそ、「アニメーションにはもっと可能性があるのではないか?」と思っています。クローディアスも悪役として画一的に表現した方が、アニメ的だと思いますし、よくある悪役になってしまってもアニメだからしょうがない、という考えもあると思うんですけど、僕はそれではイヤなんです。僕は映画も大好きで、これまでにも役所さんが善人も悪人も含めてたくさん演じてこられたのを観てきて、その役所さんがクローディアスの多面性を見せてくださったわけですから、我々がアニメーションの可能性をさらに広げることで、観客にアニメーションはここまで人間を多面的に描けるんだ、と思ってもらいたいんです。

だから、僕たちはアニメーションはまだそのポテンシャルをすべて発揮していないという前提に立っているんです。実写みたいな映画を作りたいとも、演劇みたいにやりたいとも思っていません。そんなことを目指してもしょうがない。アニメーション独自の可能性をもっと引き出したい、と思っているだけなんです。本作の場合は『ハムレット』が一種のベースになっていますから、古典をどうアダプテーションするか、その切り口が大事になりますし、それを考えると自然と表現手法やアニメーションもアップデートすることになりました。

役所 細田監督の作品は、物語も設定も本当にスケールが大きいんですよ。『バケモノの子』だって最後には渋谷にあれだけのバケモノが出てくるわけですから、毎回、本当に壮大な物語だと思うんです。そこにはいつもファンタジーの要素がありますが、描かれるものには現実味があって、実写では描けない、監督の頭の中にある世界がそこにあって、時空を超えた出会いがある。

本作でも『ハムレット』のような悲劇を描きながらも、そこには現代でニュース映像を見て想像するような世界もちゃんとあって、最後には観客に希望を持たせる作品になっている。常にエンターテイメントを作りながら、ちゃんとメッセージや想いが込められているという点も、映画人として、いちファンとして尊敬しますし、可能であれば参加したいと思っています。俳優としては、自分の声だけで作品の世界を生きることができる、というのは実写では体験できないことですから、そこに大きな自由を感じています。

細田 どの作品でも常に“もっと新しくしたい、今までにないものをやりたい”ということをハッキリと考えて作っています。つまり、すでに価値が定まっている安定したものを作ろうとは思っていないわけです。ですから最初から今までにないもの、アニメーションがこれまで描いてこなかった物語や世界をあえて選びますし、その表現手法やアニメーションの作り方も、これまでとは違うものにしたい。可能であれば映画そのものを更新したいと思っています。

我々としては“未踏の地”に到達したいと思っています。観てくださる方の中には、それまでは意識していなかったけど「この新しさ、この新しい表現、この新しい映画を自分は望んでいたんだ」と思ってくださる方が、ひょっとしたらいるんじゃないか? と思ってアニメーションで映画を作っています。観る人自身はまだ気づいていないけど、実は望んでいる新しいものを描く。それこそが映画のやるべきことなんじゃないかと思っています。

悲しみと怒りにまかせて復讐の旅を続けるスカーレットが行き着く先は、細田監督の言葉を借りるなら、観客の予想もつかない“未踏の地”だ。彼女は死者の国で何に出会い、その心はどう動くのか? スカーレットとクローディアスが対峙したとき、そこでどんなドラマが繰り広げられるのか? まだ誰も観たことのない“新しいアニメーション映画”の誕生に全世界の観客が立ち会うことになる。

取材・文:中谷祐介(ぴあ編集部)
撮影:本多晃子
ヘアメイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト:安野ともこ

<作品情報>
『果てしなきスカーレット』

11月21日(金)公開

(c)2025 スタジオ地図