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新国立劇場で『ロボット、私の永遠の愛』を上演する振付・ダンサー伊藤郁女が語る、自伝的ソロ作品の創作秘話

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伊藤郁女 (c)Anais Baseilhac

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2025年12月5日(金)より新国立劇場 小劇場で、伊藤郁女によるダンス作品『ロボット、私の永遠の愛』が上演される。フィリップ・ドゥクフレをはじめ現代の名だたる振付家の作品に出演、フランスで長く活動を重ねてきた伊藤が、2018年にマルセイユで初演したソロ作品だ。2023年からはストラスブール・グランテスト国立演劇センター「TJP」のディレクターとして活躍する彼女に、本作のクリエーションについて、また公演への思いを聞いた。

人生は長いけれど、いろんな死があって、繰り返す

──『ロボット、私の永遠の愛』は、ご自身のカンパニーのレパートリーの始まりとなった自伝的な三部作の最後の作品だそうですが、まずはこの三部作について教えてください。

2015年に私がカンパニーHIMEを設立したとき、最初に父と一緒に『私は言葉を信じないので踊る』という作品を創りました。ダンサーとしていろいろな大きな舞台に出ていたので、自分のバイオグラフィーみたいなものを創っていきたいなという願いがあったんです。その次には、彼と一緒に『私を抱いて(EMBRASE-MOI)』という作品を発表しました。最初の彼とどういう関係だったとか、肉体的な話にもなるので少し強烈(笑)、夜中の12時に開演するような大人向けのプログラムです。『ロボット、私の永遠の愛』はそれに続く作品として創ったのですが、それがちょうどコロナ禍に入る3年ほど前でした。

──当初、どのような思いでこの作品に着手されたのでしょうか。

その頃の私はツアーに出ていることが多く、ドバイやオーストラリアにも行っていました。移動ばかりしているアーティストって結構孤独なんです。人と出会うと嬉しいなと思うけれど、何日か後にはもうさよならを言わなきゃいけない生活の中で、どうやって人と関係を作っていったらいいんだろう、この人生をどうやって人にわかってもらったらいいんだろうと感じていました。いつも孤独とか死について考えながら旅をしている。その状況を写真に撮り、日記のようなものも作っていました。コロナ禍から考えると、ツアーに出られるなんてとても贅沢なことですが、そのときはそんな思いにどっぷりとはまっていた。妊娠したのは、「あ、これを3番目の作品に」と考えて創作している間のことでした。

──初演は出産後に?

お産の3カ月後に初演しました。すると、女性としていろんな疑問を感じて生きてきたのが、出産したことですっかり解決してしまった(笑)──そういう作品になりました。

──どのような疑問だったのですか。

自分は何の役にも立たないんじゃないか、と感じながら生きていたんです。アーティストは皆ずっと世界の役に立とうとしてクリエーションしていて、死のことを語ったり、いろんな議題をもとに作品を創ったりしますが、そのプロセスでちょっと空回りするところもある。これを観てもらって何になるのか、旅を続ける生活って何の役に立つのか、人間関係が切れるたびに、自分というものは本当に存在するのかと──。ところが、子どもを産むことってすごく凝縮した時間で、とてもパワフル。孤独とか死についてだけ考えてしまう自己中心的なアーティストだったのが、子どもをどう育てるとか、どう責任をとっていくかということが問題になって、孤独より、何が自分にとって大事なのかということが重要になってきた。クリエーションの段階でいろいろ逆転! これはすごく面白いことだったと思います。

──ロボットという発想はどこから生まれたのでしょうか。

ロボットやオートマティックなものに対する考え方は、日本はヨーロッパに比べるとすごく鋭いと感じていました。“弱いロボット”を作られている方にお会いしたり、より人間に近い肌を持つロボットのことを調べたりしていたんです。

──ロボットのどんなところに興味を抱かれていたのですか。

ダンスをやっていると、自分がマリオネットやロボットになったような形で踊ることがあります。どういうところで自分の身体に息を入れるのか、どうしたら生きた人間が死んでいるように見えるか、空間がどうやって自分を操るのかということに昔から興味を持っていました。死んでいるものと生きているものとの対話には、日本独特のものがあるようにも思います。人形劇を見ていると、操る人と操られるモノとの対話があるけれど、それを私はひとりでやりたかった。ダンスってとても人間的なものですが、ロボット的な動きを取り入れて、死んでいる身体と生きている身体、そのどっちなのかわからないような、自分がオブジェクトになっていってしまうときもあるんじゃないかなと思ったり──そんなことを考えながら長年やってきました。

──舞台に登場する、バラバラになったロボットの顔や手、脚のイメージがとても印象的です。

この作品のために私の身体のムーラージュ(型)を取ったんです。いつも太陽劇場でマスクを作られている方にお願いしたのですが、それを作っているときに感じたのは、お産の前と後では身体が全然違うということ! つまり、身体の中の細胞は死んで生まれて、死んで生まれての繰り返し。舞台ではその繰り返しが展開されます。舞台装置は私のお墓のようなつくりになっていて、お墓の穴からいろんなものが出たり入ったりして、生きたり死んだりする。ツアーのときも、「ハロー」と会って「グッバイ」する、の繰り返しでした。最初の場面では、シューベルトが死ぬ三週間前に創ったピアノソナタが流れます。人生は長いけれど、いろんな死があって繰り返して、という感じがしています。

──初演からずっと、大切に向き合ってこられた作品なのではないでしょうか。

そうですね。ヨーロッパでは50回以上、上演しているかと思います。家族について、パートナーについて、あとは自分の孤独と子どもについてここまで表現しましたから、その後はそういう作品は創っていません。

「お話ししてみたいな」と思ってもらえるような公演に

──2023年からはストラスブール・グランテスト国立演劇センター「TJP」のディレクターとしてご活躍です。

ヨーロッパのシステムでは、ディレクターは公募で決まります。書類審査のあと、10年間のプロジェクトを細かく考えて予算案も作って、面接を受けて、最終的には文化大臣の推薦で決定します。「人」ではなく、提案した「プロジェクト」で選ばれるのですが、外国人、それも振付家が国立演劇センターのディレクターになるというのはすごく珍しいことです。

──どのようなプロジェクトを実現されてきたのですか。

たとえば日本の金継ぎ──割れているもの、弱いところを直して皆で頑張っていきましょう、ということと、子どもたちの想像力をどう活かしていくか、ということ。大人でも中身は子どもですから(笑)、その想像力の「金」で、壊れているものを直していきましょうというプロジェクトです。たとえば、子どものグループが作品を作ったりシナリオを書いたりして、プロフェッショナルの経験をする。アーティストがそれをフォローするんです。TJPにはおもにふたつの劇場があり、そのひとつは教会を改装したものですが、ほかに10人のアーティストが滞在できるアパートもあり、毎年約25作品を招聘しています。ジブレというフェスティバルも毎年開催しています。もとは人形劇のフェスティバルでしたが、近くにある国立の人形劇の学校とリンクしながら、それをどう変え、続けていくかということも担っています。ロボットもそうですが、私は人形にもすごく興味を持っていたんですね。

その後も、子どものイマジネーションに関わる作品や金継ぎについての作品を創っています。子どもの頃にTJPで初めて舞台を観て、それからアーティストになる人もいるんです。だからこそ、赤ちゃんの頃からアクセスができる舞台をいろいろプログラムしないといけませんし、同時に大人も観ることができる作品も。日本とのリンクもとても大事になるので、新国立劇場で作品を上演できることになったのはすごく嬉しいことです!

──新国立劇場での公演を楽しみにされている方に、メッセージをお願いします。

この作品も6歳から観ることができるようになっていますから、ご家族で観ていただけたらいいなと思います。冒頭はいかにもコンテンポラリーダンスの作品で、綺麗だねと言っていただくのですが、それが破れる時間があります。お客さまに質問するんです。子どももいろいろと答えてくれるのですが、「孤独なの? 大丈夫?」と言ってくれる子もいて、驚くことも(笑)。

私はコンテンポラリーダンスをどうやって民主化しようかと思っていて、お客さまと一緒に何かを考えられる作品ができたらということをずっと考えてきました。どうやって舞台と観ている人の距離を縮めるか、ということが私の課題。お客さまが劇場から出るときに、「あ、郁女さんと何かお話ししてみたいな」という感じになればと思っています。

取材・文:加藤智子


<公演情報>
伊藤郁女『ロボット、私の永遠の愛』

演出・振付・テキスト:伊藤郁女
振付協力:ガブリエル・ウォン
造形美術協力:エアハルト・スティーフェル
オロール・ティブー
音楽:ジョアン・カンボン
照明:アルノ・ヴェラ
音響:アドリアン・モーリー
舞台:ヤン・ルデット

出演:伊藤郁女

協力:ストラスブール・グランテスト国立演劇センターTJP

2025年12月5日(金)~12月7日(日)
会場:東京・新国立劇場 小劇場

関連リンク

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2509582

公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/robot/

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