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映画『五十年目の俺たちの旅』中村雅俊らがファンからのメッセージに感激 70歳超えても「ちゃんと青春ものになってます」

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映画『五十年目の俺たちの旅』完成報告上映会より (C)「五十年目の俺たちの旅」製作委員会

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映画『五十年目の俺たちの旅』の完成報告上映会がTOHOシネマズ 六本木ヒルズで開催。主演の中村雅俊をはじめ、秋野太作、田中健、岡田奈々が登壇した。

1975年10月から日本テレビ系列で放送されたドラマシリーズ『俺たちの旅』は、中村演じるカースケ(津村浩介)、秋野演じるグズ六(熊沢伸六)、田中演じるオメダ(中谷隆夫)による青春群像劇として愛され、放送終了後も『十年目の再会』『二十年目の選択』『三十年目の運命』とスペシャルドラマが制作されてきた。放送開始50周年を迎える今年、20年ぶりの続編として初の映画化が決定し、オリジナルキャストが再集結。企画・脚本はドラマシリーズからメインライターを務める鎌田敏夫が手がけ、中村が初めて監督に挑戦した。

完成披露上映会では、大勢の観客で埋まった会場に緊張の面持ちで登場した中村が「監督という大役を仰せつかって、正直言って大変でした。でもこうやって皆さんが目の前にいて、なんだかホッとした気持ちです。同時に中村、緊張しております。皆さんがこの作品をどう見てくれるのか、すごく気にしています」と挨拶した。

続いて登壇した秋野は「今年82歳になりました。まだ生きております。なんとかこの先も今しばらく生きたいと思っております」と会場を沸かせ、「この作品は大変ですよ。2時間、じいさんの顔しか映ってないんだから。そういう映画をこれから皆さんに耐え忍んで観ていただこうと思います」とユーモラスにコメントした。田中は「僕としては同窓会という気持ちで演じたので、皆さんも同窓会の気持ちで観ていただければありがたいです。中村監督は素晴らしいです。楽しみにしてください」と続き、岡田は「『俺たちの旅』はわたしがデビューした頃のドラマですが、またこうして50年経って映画化されまして。また出させていただけるなんて本当に夢のようです」と感慨深い様子を見せた。

『俺たちの旅』について中村は「俺らにとってはただただ楽しい番組で。撮影現場に行ったり、撮影所に行ったりするだけですごく楽しい時間がそこに待っていた。それで1年間通したんですよ。それがまさか、後々、青春ドラマの金字塔という言い方をされるとは思わなかった」と振り返り、「やはりこのドラマが金字塔と呼ばれるようになったのは、皆さんがこの作品を愛してくれたという、その賜物です。50年経ってもずっと皆さんがこの作品を愛してくれたということで、そこは本当に感謝したいです」とコメントした。

映画化に至るまでの経緯について、中村は40年後の続編が制作されなかった理由として、当時のメイン監督だった斎藤光正の死去などが影響したと明かした。その後も続編を望むファンの声が続く中で、脚本家の鎌田を中心に「もう一回やろうじゃないか」という機運が高まり、今度は映画を作ろうということになった。鎌田から「雅俊、お前が監督をやれ」と指名された中村は「そう言われたときに、なんか妙に素直になっちゃって。“やります”と言ってしまい、こんなことになった。とても大変だったんですけど、結果としてやって良かったなと思っています」と振り返った。

監督と役者を兼任することの難しさについて、岡田は「中村さんが一番大変だったと思いますよ。監督と役者との切り替えがね」と指摘。中村は「秋野さんや健ちゃん、奈々ちゃんを演出するときは監督の目で見ることができるんだけど、自分が出るシーンは、代役の人に芝居をしてもらってから自分が入る。モニターを見て“OK”を出すんだけど、もうちょっと頑張らないといけないのに、ちょっと許してしまうというか、自分の芝居に甘いというか……」と苦戦ぶりを明かした。編集段階で自分の演技を客観視した際には「俺の芝居が弱いんですよ。心の中で“失敗!”って叫んでいました」と笑いを誘ったが、「ただキャラクター自身はもう出来上がっているので、いまさら役作りというのはなかった。あとは歳を取っている分だけ頑張ってセリフをちゃんと言ってほしい、ということだけでしたね」とコメントした。

イベントでは、SNSに寄せられたファンからの熱いメッセージが紹介された。「男同士の友情、その青春に憧れて、早く大学生の男の人になりたかった。生きる意味、生き方、哀愁。子どもでしたがそういうところに魅了された」といったエピソードに、登壇者たちは感慨深い様子で耳を傾けていた。

中村演じるカースケのファッションについて「50年前、中学生の俺はカースケの着ていたアーミージャケットが欲しかった。おふくろに頼んでつぎはぎのジーンズを作ってもらい、下駄を履いていた」という投稿に対し、中村は「あの格好、自前なんですよ」と明かした。「あの役を決めるときに、雅俊が大学時代にやっていた格好で出ようじゃないかという案が出て。“下駄を履いていました”、“カーキのシャツを着ていました”、“バイトも20くらいやっていました”などということがことごとく採用されたんです。自分自身が入っているんで、カースケを思う気持ちは結構強い。ましてやそれを憧れてくれた人がいるなんて……。本当にありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。

田中も「吉祥寺の喫茶店で初めて会ったとき、下駄を履いてたんですよ」と振り返ると、中村も「『俺たちの旅』をやっていた頃、下駄を履いてディスコに行ったときに“下駄は勘弁してください”と言われて、スタッフにスリッパを渡されたことがあったな」と明かし、会場は笑いに包まれた。

秋野演じるグズ六については「わたしは生きることに悩んだとき、“グズ六さん、俺の生き方は間違っているだろうか。生きるってなんだろうね”と問いかけると、“間違いじゃないよ、人それぞれの人生だからさ”とグズ六さんはいつも心の中で真剣に答えてくれる。だからわたしは前を向いていけます」という言葉が紹介された。秋野は「少なくともこのドラマを見て真似しようとしない方が良かったね」と照れ笑いで返したが、中村たちから「僕らの芝居を包み込むように引っ張ってくれたのは秋野さん」と告げられ、笑顔を見せていた。

さらに「中学1年生の頃、大好きで見ていました。番組の終盤に画面に出る言葉に惹かれてノートに書き写していました。言葉が長いと全部書ききれないときもあり“あ、消えちゃった”と。“ただお前がいい”のイントロが流れると、画面を必死に見ていたこと、青春の思い出です」という投稿も紹介され、「あれはウルウルするよね」と田中が語ると、中村も「今回もふんだんに使っています」と明かした。

最後のコメントを求められた中村は、「監督として今日までやってきたことがある意味ゴールだったんですけど、ゴールと同時に今日この日からスタートするんだなという意識がすごく強いです。先ほども言いましたが、ただ撮影現場に行くのが楽しかった作品が、青春ドラマの金字塔と呼ばれるようになったのは本当にうれしい誤算だったんですけど、それも皆さんの支えというか、愛情があったからこそ」と感謝の思いを述べた。「皆さんの目の前には70をとうに過ぎた老人ふたりと、80をとっくに過ぎたおじいちゃんと、年齢不詳の女性が立ってますが、心配しないでください。ちゃんと青春ものになっていますから。そして『俺たちの旅』のテーマでもある“生きるって切ないよね”というテーマもちゃんと表現してありますんで、どうぞ楽しんでください」と会場に呼びかけた。

イベント終了時には、ドラマ最終回に登場した散文詩にちなみ、中村が「カースケはカースケのままで」、秋野が「グズ六はグズ六のままで」、田中が「オメダはオメダのままで」、岡田が「真弓は真弓のままで」と読み上げると、最後に中村が「心はひとつ」と会場に呼びかけ、会場全員で「俺たちの旅!」の大合唱となった。

<作品情報>
『五十年目の俺たちの旅』

2026年1月9日(金)公開

映画『五十年目の俺たちの旅』キービジュアル

公式サイト:
https://oretabi50th-movie.jp/

(C)「五十年目の俺たちの旅」製作委員会

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