ステージぴあと“ごはんいきませんか?”―― [第1回]金子鈴幸(コンプソンズ)
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インタビュー
金子鈴幸(「鈴なり」をバックに) (撮影:石阪大輔)
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「ステージぴあ」が、気になる演劇人とその人にとって馴染み深い場所で一緒にご飯を食べながら、そのひとの“これまで”と“これから”について語り合うという新企画「ステージぴあとごはんいきませんか?」。記念すべき連載第1回に登場してくれたのはコンプソンズで作・演出を務める金子鈴幸。演劇の町・下北沢でご飯を食べながらたっぷりと話をうかがった。
――なじみの町のなじみのお店ということで、下北沢の居酒屋「風流四季」を選んでいただきました。
金子 実は生まれが下北沢でして。東京に実家のある演劇人って、演劇仲間から一番嫌われるタイプですけど、その最たる例ですね(苦笑)。やはり劇団を続けていくって簡単なことじゃないし、辞めていく人も多いですけど、そういう人たちと話していて、実家が東京にあると言うと「あぁ、だからね」みたいな反応をされることはよくあります(笑)。
下北沢にいたのは3~4歳までなので、もちろん当時は“演劇の町”という認識もなかったですけど、いまだに覚えているのが、母親にヴィレッジヴァンガードに連れて行かれて「ここは大人のためのおもちゃ屋さんなんだよ」と言われたことですね。

――その後も、下北沢にはよく来ていたんですか?
金子 大人になってからも演劇と関係なく、とりあえず「街に出る」となったら、新宿や渋谷よりも下北沢が一番多かったです。10代の頃は、小劇場にも行っていましたが、友達がバンドをやっていたのでライブハウスにもよく行ってました。
下北沢って変遷があまりにも激しくて、つい最近まであった店がなくなったりするけど、昔のアーケード街の風景をなんとなく覚えています。ものすごく変化しているけど、昔から変わらない部分もあって、そういうのを見るのが好きなのかもしれないです。
この「風流四季」は、演劇人の先輩に連れてきていただくことが多かったです。「飲みに行きましょう」となったら、だいたいこのお店に来ていました。思い出深いのが去年、玉田企画の『地図にない』という作品に出演したんですけど、出演者の中にこの店の常連がいて、店長がわざわざ見に来てくださったんですよ。「あぁ、下北沢ってやっぱり演劇の町なんだ」と実感しました。
あと、よく行くのは古書ビビビですね。どんどん古本屋がなくなっていますけど、いまでも本を買うとなったら、まず古書ビビビに行きます。

演劇人としてのスタート
――高校時代に演劇部に入っていたそうですが、演劇との出会いについて教えてください。
金子 そもそも、父親が映画監督というのもあって、文化的な面で恵まれた家庭環境だったと思います。母親が「南河内万歳一座」という大阪の劇団の方と仲が良くて、当時、僕は小学生でしたが、母と下北沢で公演を見て、その後の「珉亭」での打ち上げにも行っていました。そこでの会話が「あの俳優はTVに出るようになって芝居がダメになった」とか、いかにもシモキタで(笑)、うちの母が「いや、それは違う。売れるって大事だと思う」って反論したり…。あとは、父が野田秀樹さんと小学校の同級生だったこともあって、NODA・MAPの公演はよく見ていました。
高校時代に唐組の赤テントを初めて見に行った時は、わからなさ過ぎて衝撃的でしたね。僕にとっては、あまりにもわからないものをみんながやんやと囃し立てていて「みんな、本当にわかっているのか?」って客席に対して謎の怒りみたいなものを感じた記憶があります。でも、わからないのが悔しくて、それから何度も見に行ってだんだん好きになっていったのが唐組でした。
高校で演劇部に入ったのは、最初に入ったバスケ部を辞めて、やることがなくて、なんとなく入ってみた感じでしたけど正直、あんまり良い思い出はないです(苦笑)。演劇を知っている人は皆無で、アニメ好きばっかりいる演劇部に馴染めなくて、父親のツテで知り合った「アロッタファジャイナ」という劇団の主宰の松枝佳紀さんに自分が書いた脚本を見せたら「やろう」という話になって17歳、高校2年生の時に渋谷の「ギャラリー・ルデコ」で上演しました。松枝さんが演出をして、僕は脚本と出演だけだったんですけど、それが初めてお金を取って上演したお芝居ですね。内容は、かつて学生運動をやっていた男が、当時の暴力と性のトラウマを引きずって、自分の娘に性的虐待をしているというえげつない話だったんですけど。

――演劇や映画以外の文化にも影響は受けられていますか? 以前「文学が自身の内面をつくっている」ともおっしゃっていました。
金子 映画や演劇がごく近いところにあったことで、そこへの反発なのか文学の世界への憧れはずっとありましたね。大江健三郎とジェイムズ・エルロイ(「L.A.コンフィデンシャル」、「ブラック・ダリア」など)は自分にとって心の作家と言いますか、両極端に見えるかもしれませんが、ふたりとも人間の闇の部分、鬱屈した内面を描いている作家だと感じていて、彼らの著作はかなり読んだし、高校時代は本を読み漁っていましたね。
なんでそこまで読んでいたのか? いま思うと、文化に詳しい大人と触れ合う機会があったことで、そういう人たちに「賢い」と思われたい――「若いのにそんなの読んでるの?」と思われたい部分があった気がします(笑)。
当時の高校の国語の先生がすごく素敵な方で、その先生から「あれは読んだか?」、「これを読め」と言われて、いろんなものを読みながら文学というものを教えていただきました。先生の授業で夏目漱石の「こころ」を扱ったことがあって、小説の描写に沿って、現場検証のように情景を再現していくんですけど、そうすると推理小説みたいにいろんな事実が浮かび上がってくるんです。そうやってテキストを読み込んでいくのがすごく面白かったんですよね。いまだにお付き合いがあって、僕の作品も見に来てくれるんですけど、その先生からは、劇作家としてかなり影響を受けていると思います。

“演劇の言葉”を作り続けるために
――サブカルからの影響も感じますが、作品の登場人物たちがサブカルへの愛情を口にする一方で、同じ作品内で必ずサブカルへの卑屈な思いも語らせます。劇中でサブカルを“エモいおもちゃ”と表現されるなど、相反するような思いを感じさせますが…。
金子 それはその通りで、いまの日本人を幼稚化させている一因、まともな大人が少なくなった一因として、間違いなくサブカルの存在があるとは思っています。それこそ昔の映画を見ると、俳優さんの顔つきがあまりに今の日本の大人と違い過ぎて……。戦争があったということが大きいと思いますが、背負っているもの、吐いている言葉の重みが違いますよね。
どこかで「自分は世の中のことが見えている」という意識もあって。それが最近は、わかんなくなってきた部分もあって「自分は他人に対してそんなこと言える人間なのか?」みたいな意識が出てきた気がしています。これまでの啓蒙的に何かを言おうという状態から、何を言えばいいかわかんなくて、戸惑うような状態になってきたのかなって。
――以前のインタビューでは「客席に向かって爆弾を投げつける気持ちで作品を書いていきたい」、「観客のみなさんには少し手傷を負って帰っていただきたい」とおっしゃっていましたが……。
金子 いまは「自分はそんなことを言っていい人間ですか?」、「他人に爆弾を投げる前に、自分が爆死しないといけないんじゃないのか?」みたいな意識があって……。観客に対して、世間に対して何かを提示するということの重みを感じ、自分自身を顧みてのギャップみたいなものを自覚しつつ「それでも何かを」というところで模索しているのかなと思います。
――先ほど文学に対する思いや憧れを語っていましたが、サブカル化した日本において、“言葉”を武器に伝えていきたいという思いがあるのかと。
金子 そうですね。時代を象徴するフレーズみたいなものがなくなっているような気はしていますし、自分が戯曲を書く上で、どれだけ鋭いセリフにするか? どこまで時代に斬り込めるか? みたいなことは常に意識しています。ただ、SNSなどであまりにも言葉が氾濫していて、強い言葉があふれ過ぎているので、SNSの言葉に呑まれながら立ち向かう――演劇の言葉をつくり出すというのは、すごく困難だけれども、やらなきゃいけないことなのかなと思います。
時代のサイクルがすごく早いし、みんな言語化がどんどん上手くなっているから、ちょっと時代と寄り添っているだけで鋭いことを言っているような感じになっちゃうんですけど、そのもうちょっと“先”に行きたいなというのは思っています。

――今後の展望、やりたいこと、興味を持ちたいことがありましたら。情報解禁できるコンプソンズの最新情報もお願いします。
金子 これまで走り続けてきて、まずは劇場をおさえて、キャストのスケジュールもおさえて、そこに向かって書くという流れでやってきたんですけど、今年はもう少し自分の足場をきちんと固めて、自分にできること、逆にいまやらなくていいことをしっかりと見極めたいなと思っています。いままで、わりと「何でもやる」というスタンスだったんですけど、向いていること、向いてないことをちゃんと確認したいなと。
どこかで「やりたくないことをやるのが仕事だ!」みたいな意識もあったと思います。それは悪いことじゃないけど、ずっとやっていると擦り減っていくところがあることに最近、気づきました。もちろん「求められてこそ仕事」という意識はあるし、それをやってきたからこそ、ここまで来られたという部分は絶対にあるんですけど、求められること全てをやっていくうちに「自分がやりたいことって何だっけ?」となってきたところもあって、もうちょっとやりたいことをやろう。というかまずやりたいことを見つけようと。
戯曲の執筆に際しては、これまではヒントや資料になりそうな作品に触れるようにしてきて、手当たり次第にいろんなものを読んだりして、膨大なインプットの中からアウトプットするということが多かったんですけど、いまはなるべくそういうものを読んだり、見たりせずとも書けたらいいなと思っています。やはりいろんなものに触れたら、そのぶん、そこに引っ張られてしまうので、そうではなく自分の“心の声”みたいなものを聴いて書けたらと思っています。
取材:小川里菜(ステージぴあ編集部)
文:黒豆直樹
撮影:石阪大輔
プロフィール
金子鈴幸(かねこ すずゆき)
1992年生まれ、東京都出身。2016年にコンプソンズを旗揚げし、作・演出を手掛ける。舞台『きみは一生だれかのバーター』作・演出、映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』等の脚本に参加。俳優として映画『新幹線大爆破』や玉田企画『地図にない』等に出演。5月には舞台『四畳半神話大系』(脚本・演出: 上田 誠)に出演予定。今秋、コンプソンズ本公演を予定している。
「風流四季」
東京都世田谷区北沢2-33-6 飯嶋ビル 1F
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