上村聡史が、いま舞台『るつぼ The Crucible』を演出する意味――坂本昌行との5年前の出会いに背中を押され
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インタビュー
上村聡史
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すべて見る『セールスマンの死』の劇作家アーサー・ミラーの代表作のひとつ、『るつぼ』が坂本昌行を主演に迎え『るつぼ The Crucible』として上演される。1692年、マサチューセッツのセイラムで起きた魔女裁判を題材に、集団心理の恐ろしさや人間の尊厳を描いた本作。演出を務めるのは『森 フォレ』、『Oslo オスロ』などの話題作を手掛け、来期より新国立劇場の芸術監督に就任する上村聡史。この物語はいまを生きる我々に何を問いかけるのか? 上村が本作への思いを語ってくれた。

――上村さんがこの作品を演出することになった経緯を教えてください。
上村 以前、『Oslo オスロ』、『野鴨 -Vildanden-』でご一緒した矢羽々プロデューサーと企画の相談をしているときに、僕の方から『るつぼ』を提案しました。
戯曲との出会いは22歳の頃で当時は全然わからなかったんです(笑)。その後、ロンドンのウエストエンドでロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの『るつぼ』が上演されていたのを観ました。まるでセイラムの裁判の油絵のような美しさがあり、その中にリアルに生きている人間がいて、最初に戯曲を読んだ印象とはまったく違って、戯曲の言葉がいまを生きるクリエイターたちの声を通して息づくことを初めて知り、いつか自分もやってみたいと思いました。
『るつぼ』の初演当時(1950年代)は、赤狩りによる共産主義者の排除への異議として、劇評等では捉えられ、小さな意見を排除していくという現代と共通する社会性があり、国内外で数多く上演されてきました。自分がこれまでの作品と違うどのような視点を持てるのか? というハードルもあり、やりたいけど手をつけるのが難しいなという思いがありました。
――やりたいけれど、簡単に手をつけられない作品でもあったわけですね。
上村 どういう視点で斬り込めばいいのか? と同時に「この戯曲の主軸になるジョン・プロクターの言葉を紡げる俳優は?」と考えた時、『Oslo オスロ』でご一緒した坂本昌行さんが浮かびました。自分は坂本さんに“陽”のイメージを持っていましたが、稽古場での坂本さんは、全体の流れを注視し、そこから自身の立ち位置、演技をじっくりと固めていくという方でした。
『Oslo オスロ』で坂本さんはイスラエルとPLO(パレスチナ解放戦線)を仲介する男・ラーシェンを演じたんですが、ラーシェンには妻のモナがいて、あるシーンで、イスラエル側もPLO側も彼女のことをセクシャルな目線で語る場面があったんです。そこで坂本さんが「僕は怒った態度で、その場にいていいんですよね?」とご提案されました。黙々と周りを見つめて役をつくっていた坂本さんがさりげなく、でも力強く口にされたことが記憶に残っていて、オスロ合意を扱った作品ということで、僕は対立構造や政治性に目が行っていたのですが、その一言が「でも、人間の本質って……」という部分を突いていた気がして。坂本さんという俳優は誠実で謙虚でリーダー性を備えているけど、同時に冷静な熱量を抱えている俳優だと感じました。それでプロデューサーに「坂本さんのプロクターで『るつぼ』はどうでしょうか?」と提案したんです。僕の中で坂本さんでなければやろうと思わなかった企画です。
――少女たちの告発によって、村人たちが“魔女”という烙印を押されていくという構図は、現代のSNSやフェイクニュースの構造と全く同じで戦慄を覚えます。上村さんなりの視点で、いまこの作品を上演する意味をどのように感じていますか?
上村 「300年前と人間は変わってないよね」ということを踏まえて「さて、人間はどうあるべきか?」ということを問いたいと思っています。
美術打ち合わせの際、同調圧力や集団パニック、フェイクが真実となってしまうポピュリズムなど、様々な捉えどころのある作品ですが、何かをピックアップするように表現するというよりは、これがどういう空間で行なわれているのか? というのを描きたい、そのうえで、天体が冷ややかに人間の感情の揺れ動きを見ているようなしつらえにしてほしいとお願いしました。300年を経て文明が進歩しても、人間は変わっていない―― だけどプロクターが最後に下す決断が中心点に見えるような。
加えて、前田亜季さんが演じるエリザベスが「まっとうな人間らしさ」という言葉を口にしますが、フェイクが真実になる恐ろしさもありつつ、まっとうな人間らしさもきちんと評価されるべき部分なんじゃないかと考えています。
翻訳の水谷八也さんが作品の背景についてお話をしてくださった時に面白かったのが、「チ。-地球の運動について」を切り口にされていて、この時代は天動説から地動説へと移り変わる時期であり、神の在り方を含め、非常に揺れていた時代だったと。そこから宗教改革の話になり、プロテスタントの一派が自分たちの場所を求めて(『るつぼ』の舞台の)アメリカへと移住したというお話だったのですが、水谷さんは「そういった時代だから(天体をイメージした)美術はハマっていると思います」と。僕自身、そこまで思考が及ばなかった部分もあったのですが(笑)、宇宙の在り方を含め、神という存在が揺れていた時代ということを感じていただける舞台になっていると思います。

――稽古が始まって、稽古場での坂本さんの様子はいかがですか?
上村 「悪霊」、「悪魔」、「魔女」という言葉の使い分けが必要になるのですが、坂本さんらしいなと感じたのが、一度「悪霊」と言うべきところを「悪魔」と言ってしまい、僕が「複雑ですみません」と言ったら、坂本さんは「いえいえ、悪魔が悪霊を送り出すので、ここは悪霊でないと」とおっしゃったんです。自分の中で筋を理解されて、具体的なイメージを持って稽古場にいらっしゃって、やはり誠実で真摯な方だと感じました。
――主人公のプロクターが物語の中心となるかと思いますが、上村版として演出する上で、他に注目してほしいという登場人物、物語を楽しむためのポイントを教えてください。
上村 アビゲイル(瀧七海)をはじめとする少女たちですね。戯曲を読むと(かつてプロクターと関係を持ち、彼の妻のエリザベスをその座から追い落とそうとする)アビゲイルこそが魔女的な存在に見えるのですが、あまりそういうふうにつくりたくないなと思っています。なぜ少女たちがあんな事件を起こしてしまうのか? 時代性もありますが、抑圧に対して、遂に爆発してしまったのではないかと思っていて、読み方によっては、アビゲイルがプロクターをそそのかしたようにも見えるんですが、そうではなく、もしかしたらプロクターも現代で言うところの“ハラスメント”があったんじゃないか――? どちらが加害者で被害者なのか? どちらが言い寄り、どちらが企みを持って近づいたのか? といった部分に関して、あまり作為的にアビゲイルという役をつくりたくないなと思っています。親を亡くして使用人として働きつつ、でも自分の生きがいをどこに見つけたらいいのか? という声にならない健気さが結果的に、無実の村人の名前を告発してしまうという行動につながってしまうというプロセスを丁寧につくっています。
(エリザベス役の)前田さんとは何度もご一緒しているんですが、フェイクが真実になってしまうという部分と相反する「まっとうな人間らしさ」――その誠実さはいまの時代に再発見されていいんじゃないかと思っていて、その本質を前田さんはよく理解してくださっていると思います。
様々な告発が蠢(うごめ)き、現代社会にも通じる人間の嫌な部分が見えてくるんですが、その対極にある人間らしさを再発見するという部分を実直に表現しているので、ぜひそこにもご注目いただきたいです。

取材・文/黒豆直樹
撮影/石阪大輔
〈公演情報〉
『るつぼ The Crucible』
〈東京公演〉
日程:2026年3月14日(土)~3月29日(日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
〈兵庫公演〉
日程:2026年4月3日(金)~4月5日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈豊橋公演〉
日程:2026年4月11日(土)~4月12日(日)
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
[作]アーサー・ミラー
[翻訳]水谷八也
[演出]上村聡史
[出演] 坂本昌行
前田亜季 松崎祐介 瀧 七海
伊達 暁 佐川和正 夏子
大滝 寛 那須佐代子 大鷹明良
斎藤直樹 内田健介 浅野令子 米山千陽 長村航希 武田知久 星 初音 安藤ゆり
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/rutsubo2026/
公演オフィシャルサイト:
https://rutsubo2026.com/
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