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Litera Theater vol.1『誰かひとり / 回復する人間』ゲネプロレポート到着 ノーベル文学賞作家が描く、ふたつの孤独な物語

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左から)古河耕史、豊田エリー、鈴木勝大、山本涼介、智順、平野良 撮影:岩田えり (C)conSept All Rights Reserved.

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Litera Theater vol.1『誰かひとり / 回復する人間』が、2026年3月5日に東京・中野のザ・ポケットで開幕した。Litera TheaterはconSeptの主催・製作による演劇プロジェクトで、第一弾となる今回は、ヨン・フォッセの戯曲『誰かひとり』と、ハン・ガンの短編『回復する人間』、ノーベル文学賞作家の2作の舞台化に挑んだ意欲作だ。いずれもストレートプレイで、山本涼介、鈴木勝大、豊田エリー、智順、平野良、古河耕史の実力派キャスト計6名により、ダブルビル(二本立て)で上演される。この度、初日直前に開催されたゲネプロの模様を伝えるオフィシャルレポートが到着した。

『誰かひとり』

ヨン・フォッセはノルウェー・ハウゲスン出身の小説家・劇作家で、2023年にノーベル文学賞を受賞。『誰かひとり』は彼の最新戯曲で、同作の翻訳者でもあるアンネ・ランデ・ペータスと山崎元晴の上演台本、文学座の西本由香演出により、このたび日本初演を迎えている。

舞台上に、コートを着たひとりの若い男(山本)が佇んでいる。男はいらいらと行き交い、「誰かが俺のあとをつけてくる」とひとり語りを始める。そこへ年長の女(智順)があらわれ、若い男に声をかける。しかし若い男は反応しない。女などいないかのように振る舞う。そんななか、若い男によく似たもうひとりの男(鈴木)がやってくる。会話を始める男たち。どうやら彼らは共通する過去があるようだ。

女は「あんたの母親だ」と名乗るが、やはり男は反応しない。女によく似たもうひとりの女(豊田)があらわれ、「久しぶり」と若い男に声をかける。女たちを無視して会話を続ける若いふたりの男たち。すると年長の男たち(平野、古河)が登場し、若い男に「会えてうれしいよ」と言う。年長の男は若い男の父を名乗るが、やはり若い男は反応しない。

若い男たちと年長の女たち、年長の男たち。彼らは本当に親子なのか、何が彼らを隔てたのか。はたまた、母と父は実在する人物なのか。若い男と若い男、女と女、年長の男と年長の男の関係は? 一体、何が現実であり真実なのか。役者たちを目の前に、次々と疑問が湧いてくる。舞台にはしんと冷えた空気が漂い、静寂のなか謎は謎のまま進む。

6人のキャラクターは互いに視線を交えず、触れあうこともない。小劇場ならではの密な空間が、息苦しいまでに緊張感を高めていく。人と人との距離感は近いようで遠く、個の輪郭を強め、途方もない孤独を突きつけられる。会話は成立せず、言葉の数々は宙に浮く。戸惑い、ヒステリックに若い男をとがめる年長の女たち。「ちょっとでいい、話そうよ」と寄り添おうとする年長の男たち。一方、若い男は「ひとりになりたい」「どうしてひとりにしてくれない」と心情を口にし……。

フォッセの言葉は詩的で、音楽的で、美しい。研ぎ澄まされ、ミニマルで、それでいて哲学的で示唆に富む。言葉と言葉の間には間が差し挟まれ、それは役者の語りにより独特のリズムが形成され、フォッセの世界観に強く誘われていく。孤独を深く見つめることで、人生をあぶり出すかのようだ。

『回復する人間』

ハン・ガンは韓国・光州出身の作家で、2024年にアジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞し話題に。『回復する人間』は日本でも出版されている短編集の表題作。劇作家のオノマリコが脚色を、演出を同じく西本由香が手がけ、今回初の戯曲化を果たしている。

診察台に横たわるひとりの女(豊田)と、女を見つめる白衣をまとった4人の男たち(平野、古河、鈴木、山本)。男たちは医師であり、看護師でもある。男たちは、「これはあなたの傷の話……」と話しだす。足首を怪我した女に、「どうしてすぐに手当てをしなかったのか」と医師は言う。言葉に操られるように動く女。そこへもうひとりの女(智順)がやってきて、「あんた、なにやってんの!」と女に詰め寄る。やがて女は姉を失ったことが明らかになる。もうひとりの女は彼女の亡き姉だった。女は痛みを抱えつつ、日常生活を送る。

同じ舞台空間でも、『誰かひとり』とは印象が大きく違う。作中は藤井颯太郎のムーブメント・ディレクションにより身体表現を導入。キャストの手でセットがパズルのように組み合わされ、シンプルな空間が次々と景色を変えていく。異なるふたつの物語を生ききる、役者たちの力量にまた圧倒される。

舞台は診察室に巻き戻され、同じように見えるシーンが繰り返される。現実が少しずつズレていき、そこに姉との思い出が差し込まれる。たったひとりの姉との別れにまつわる後悔と、残された娘として担う両親への責務。姉妹の関係性と、わかちあった秘密。医師たちは「あなた」と語りかけ、それは女の内なる声にも見える。過去のある出来事が蘇り、意識下に押さえ込んでいた女の記憶が徐々にあらわになっていく。

身体は時間とともに回復せずにいられない。しかしそこには痛みを伴う。女はこのまま痛みを味わっていたいと言い、治りたくないと回復を拒む。取り戻せない時間にしがみつき、「どこで何を間違えてしまったの」「わたしたち、どっちのほうがより冷たい人間だと思う?」と問う、女の言葉が切ない。ひどかったはずの足の傷もやがて時とともに治癒していく。ひりひりとした喪失に向き合い、傷を抱えて生きていくことになる。女は葛藤を乗り超え、回復へと向かうのか……。

繊細で、静謐で、孤独と向き合う、ふたつの物語。上質な文学は生身の人間の身体を介し、余白を幾重にも膨らませ、イマジネーションを喚起する。疑似体験か、共感か、違和感か、救いか。観る者により、そこに見える風景は違うはず。ふたりの作家の紡ぐ言葉の向こうに、何が見えるのか。ぜひ劇場で確かめてほしい。

Litera Theater vol.1『誰かひとり / 回復する人間』開幕コメント

■山本涼介

まずは無事に初日を迎えられたことを嬉しく思います。劇場に入り、照明やセットも加わり、よりこの作品の世界観が鮮明になりました。なかなか自分の中で手応えを感じることのできない難しい作品ですが、稽古で何度も通すことによって見えてきた部分も多々あります。
30公演あるので本番期間でも色々と自分自身の変化も楽しみつつ、最後まで走り抜けたいなと思います。

■鈴木勝大

『誰かひとり』『回復する人間』、2作品同時に初日を迎えることができました。
稽古期間は、まったく質感の異なるふたつの世界を行き来する時間でした。『誰かひとり』では、他者との距離や孤独の輪郭を探り続け、『回復する人間』では、傷や時間と向き合う静かな格闘がありました。
稽古期間を通して感じていたのは、この作品が「回復」という言葉を、決して前向きな標語としてではなく、とても具体的で、痛みを伴う過程として描いているということです。うまく立ち上がれない時間や、誰にも見せたくない弱さに触れるたび、自分自身の内側も静かに揺さぶられました。
この作品が、観てくださる方それぞれの記憶や時間とどこかで接続することを願いながら、千穐楽まで丁寧に積み重ねていきます。

■智順

約1カ月、稽古をしてまいりました。
やはり、解読、解釈、そして、みなさんと共通意識を持つことがとても難しい作品ではありました。
私が今まで経験してきた演劇の現場とは少し異なる部分もたくさんありました。しかし稽古が進み、みなさんの声で台詞を聞くにつれ、段々と輪郭が見えてきました。
まさに「個」が集結した感じがします。
このふたつの作品はまさに個の内側に目を向けた作品だと思います。
普段生活をしていて、ふと感じる少しの違和感だったり、少しの嫌悪だったり、少しの哀愁だったり……
そして孤独だったり……とても繊細な部分に触れる感じ。
この両作品が観てくださる方々にどのように伝わり、どのように受けとっていただけるのかすごく気になります。できることなら私も客席から観たいです(笑)。
それぞれの観方、感じ方、捉え方、自由に観ていただければと思います。

■平野良

本日より『誰かひとり / 回復する人間』開幕です。最初台本を読んだときは正直どこまで作品を理解できているかわからないほど、難しい作品だなと感じました。
普段読書は好きで色んなジャンルの小説は読むのですが、「この作品はこういう作品だ」と断じてしまうには時期尚早だと警告音が自分の中で鳴り響きました。今となっては正しい直感でした。
稽古が始まってから2週間くらい演出の西本さんを筆頭に、テーブル稽古で事細かに作品の方向性、世界、色、匂い、見える景色などをディスカッションしました。きっとその時間がじわじわと浸透し、作品の芽が出たのだと思います。個性がそれぞれ違ったキャスト六人で、生きた鼓動を感じるお芝居になっていると思いますので、ぜひご観劇ください。

■古河耕史

全然簡単じゃなかったし本番だって毎回全然簡単じゃない。てことだけはお伝えしたい。
ノーベル賞作家をふたりも同時に相手にして、何が書かれているのか読み解くにも、それが伝わる舞台表現を見つけるにも、議論と実験と失敗の繰り返しだった。稽古場は何度も重い空気になったし、意見を伝える「言葉」を探すのさえ億劫になった。だから今、ようやくここまで、無事に辿り着いたかという、天に感謝するような気持ちです。ご覧になれば、何もたいしたことはない至極当たり前、むしろ整然として見えるかもしれません。けど此処へ至るには、皆さん孤毒に身を浸し、“ちょっとヒドい振舞い”を普段から実践するしかなかったのでは? あぁ「言葉」では伝えきれない。劇場で待ってます。

■豊田エリー

舞台『誰かひとり / 回復する人間』が初日を迎えました!
お稽古の約1カ月間、作品について丁寧にディスカッションを重ねる時間は、まるで哲学の授業を受けているようでもあり、あらためて人の感情や、自分という存在について考える、とても豊かなものでした。劇場へお越しいただくみなさまも、言葉と物語に身を委ねながら、そんな思考の旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。
まったく違うようで、どこか共通する質感や手触りをもつ二作品。続けてご覧いただくことでより理解が深まったり、余韻が重なるような瞬間があると思っています。どうぞ短編小説のページをめくるような軽やかな気持ちで、劇場の扉を開けてくださいね。
中野 ザ・ポケットで、心よりお待ちしております。

撮影:岩田えり (C)conSept All Rights Reserved.

<公演情報>
Litera Theater vol.1『誰かひとり / 回復する人間』

『誰かひとり』
脚本:ヨン・フォッセ
翻訳:アンネ・ランデ・ペータス
上演台本:アンネ・ランデ・ペータス、山崎元晴

『回復する人間』
原作:ハン・ガン
翻訳:宋元燮
脚本:オノマリコ

演出:西本由香(文学座)

出演:山本涼介、鈴木勝大、豊田エリー、智順、平野良、古河耕史

2026年3月5日(木)〜29日(日)
会場:東京・ザ・ポケット

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/litera1/

公式サイト:
https://consept-s.com/reborn/litera1/

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