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ヨーロッパ企画・上田誠が長編映画を監督。「受け入れてもらえるのであれば、続けていきたい」

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人気劇団・ヨーロッパ企画の上田誠の初監督作『君は映画』が完成した。上田が脚本を手がけた『ドロステのはてで僕ら』(20)『リバー、流れないでよ』(23)に続く、ヨーロッパ企画と下北沢の映画館トリウッドのコラボ作で、初監督作品と思えぬほどの密度と完成度を誇る作品になった。

上田は1998年に結成した劇団で作・演出を手がけているが、キャリアの初期から映像の世界でも活動してきた。2005年に自作の舞台『サマータイムマシン・ブルース』が、本広克行監督の手で映画化された際にも自ら脚本を手がけている。

「確かに若い頃から両方やってますね。だからこそ映像は映像でしかできないことを、舞台は舞台でしかできないことをやろうとハッキリしてきていると思います。僕自身はめちゃくちゃ映画を観る人ではないんです。それよりも、理系なのもあって物事を仕組みから考えるのが好きで、映画も演劇も人間の感情や心の機微を扱うものなんですけど、それ以前に映像の構造、たとえば映像は編集したら一瞬で時間を飛ばすことできる、とか、カメラを長回しすると空間がこういう風に表現できる、とか……そういう“映像ならではの表現”を考えるようになっているのかもしれないですね」

観客を一瞬にして魅了する構造やギミックが用意されているのが上田作品の魅力で、本作も“映像ならでは”の仕掛けがつまっている。

本作の舞台は東京の下北沢。劇作家のマドカ(伊藤万理華)と、バンドマンのカズマ(井之脇海)は、それぞれ映画館に足を運び、そこでお互いの出来事を“映画”として観ることになる。マドカにもカズマにも危機が迫り、ふたりは“相手が映画だからできる手段”を使って互いを助け合うようになる。やがてふたつの映画は影響し合い、予想外の展開が次々に巻き起こる。

「子どもの頃からギミックやからくりが好きだったんです。最近はせっかくなので、“仕掛けや構造を用いないと至れない感情”みたいなものは必ず描くようにしています。SFってこの世に存在しない設定なんですけど、SFを使うことで感情の補助線になる。例えばですけど(タイムトラベルを描いた)『サマータイムマシン・ブルース』だと決定論的な世界が徹底的に描かれることによって、結果的に“青春における無限の可能性のかげり”みたいなものが描ける。タイムマシンの持っている完全無欠の伏線回収機能が、感情の補助線や触媒になっていたりするので、そこは描かないともったいない、という想いがあるのかもしれないですね」

上田が語る通り、彼の作品はどれもギミック満載のコメディで、次から次に予想外の出来事が起こり、楽しかったり、時に荒唐無稽なことが起こったりして、最後にはそのすべてが見事に収斂するが、最後の最後に“切なさ”や“さみしさ”、時には淡い感動が残る。本作でもふたつの映画の登場人物が互いに影響を与え合いながらピンチを切り抜けようと奔走するが、その背後には演劇やバンド活動を続ける者たちの想いが息づいている。

「それは劇団をやっているからだと思います。もし僕が小説家だったら完全に自分の中の戦いなんですけど、劇団の場合は僕が緻密に設計図を書く一方で、俳優はそれとは関係なく生きていて意思をもって動いている。システムや仕掛けと、その中で暴れたり逸脱しようとするキャラクターが拮抗することになれば面白いものになると思うんです。

僕は意外と人情派というか(笑)最初は冷徹無比な感じで悪魔的な仕掛けを考えたりするんですけど、稽古や撮影を進めていると目の前に俳優がいるので、その人たちの気持ちに寄り添ったり、愛着がわいたりする。最終的には自分で考えたシステムに対抗する人々の愛おしさを考えていたり。だから稽古や撮影を続ける中で自分の中でもキャラクターにフォーカスが合ってくる感じです」

上田の組んだ精緻な仕掛けとギミックのルールを守りながら、同時にキャラクターとしてシステムに対峙したり、暴れたりする。この絶妙なバランス感覚が上田作品に出演する俳優とスタッフには求められるが、本作は完璧な座組が揃ったようだ。

「現場にずっとやってきた劇団員がいることで他の俳優陣の指針にもなりますし、彼らが旗振り役になってギミックをこなしながら芝居にトーンやエモーションも持ち込んでくれる。今回は伊藤さんも井之脇さんもすでに舞台をご一緒していましたから僕のやり方を共有していますし、スタッフも今回ほとんどが初めての方だったんですけど、山口(淳太)が監督した『ドロステのはてで僕ら』や『リバー、流れないでよ』を観てくれていたのもあって、こういうやり方なんだとすぐに伝わった。蓄積というのは大きいですね。

今回は思っている以上に大変な撮影だったんです。単純にスクリーンに映る場面を撮影してからでないと、映画を観ている場面は撮れないので、撮影の順番からして大変ですし、カメラの角度も、映画館のスクリーンに映っている人とそれを観ている人が自然に喋ってるように撮るにはトリックアートみたいな工夫が必要だったり……ひとつひとつを検証していくプロセスがあったんですけど、そのプロセスを面白がってやってくれる勇敢で気の合うクルーが集まってくれたのは本当に大きかったですね」

「こういうものが好きだという方がどの街にも一定数はいる」

完成したショットは一見、普通に見えても実は考え抜かれた画と演技の連続だ。演劇だと気軽に何度も観るのは難しいが、映画であれば演劇よりは気軽にリピート鑑賞できる。本作も何度も観ることができる面白さを備えているし、リピートすることで発見のある内容になっている。

「それはうれしいです。僕自身が飽きたり、観ていてしんどくなるのはイヤだから、演劇でも繰り返し鑑賞できるシーンだけでつくりたいんですよ。もちろん、一度観たら充分という作品があってもいいと思うんですけど、自分の場合は稽古で何度も観ますし、映画の場合だと何十回と編集で観ることになるので、そのシーンがよっぽど好きじゃないと耐えられない。だから演劇でも稽古で何十回と観ても単調、曖昧だと思わないように、自分のために何十回も観られるシーンを作っている部分があると思います」

一方で、上田は自作を「王道ではない」と言い切る。「でも、面白いのは、こういうものが好きだという方がどの街にも一定数はいるんです。僕らのやっていることはメジャーではないかもしれないけど、こういうものが好きだと言ってくださるお客さんやキャストスタッフが必ずいるんです」

『君は映画』の最大のポイントは、映画初監督作にしていきなり自身の語り口、ギミックとドラマと笑いの絶妙なバランスを完璧に実現できていることだ。例えていうと、監督5作目のような安定感と精度の高さを感じる。

「ありがとうございます。まだまだ拙いところはありますけど、自分でもそう思います(笑)。長編映画が初めてなだけで、ドラマとかは監督してきているから、というのはありますけど、スタッフィングとキャスティングが非常にぎこちなくなかったんだと思います」

とはいえ、舞台公演も多く、脚本家、作家としての活動も多忙な上田が今後も“映画監督”を続ける余裕があるのか……と思いきや、意外な答えが帰ってきた。

「今回つくってみて……わりと早く作れたんです。外部の作品で脚本をやったりすると実現までに3、4年かかるプロジェクトもあったりするんですけど、この映画は企画から撮影まで3、4か月で完成したんです。そのぐらいの期間で作れてしまうことは大きな発見でしたし、この規模なら正直、年1本できると思います。僕の作り方の特性ですけど、場所から考えるので、理論上はロケーションと4か月あれば映画はできる(笑)。演劇でも自分たちで作って自分たちでやるのは早いんです。だから、もし今回の映画を受け入れてもらえるのであれば、続けていきたいです」

演劇など他の分野で活躍していた作家の“初監督作”の中には、ぎこちないものや、その作家の魅力が発揮されていないものもある。しかし、上田誠は映画初監督作にして、いきなり“上田誠にしか出せない面白さ”を叩き出してきた。今後も新作が続くであろう“映画監督・上田誠”の最初の一歩を映画館のスクリーンで堪能してほしい。

『君は映画』
6月19日(金)より全国公開

(C)ヨーロッパ企画/トリウッド 2026


取材・文・写真:中谷祐介(ぴあ)

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