【展示レポート】アンドリュー・ワイエスの大回顧展が開催中! 画家が30年描き続けたオルソン家の終焉と、静謐なる作品群
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《クリスティーナ・オルソン》1947年 マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス
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すべて見るアメリカ映画に登場する原風景を想起させるワイエスの世界。2009年に91歳で他界したアメリカの国民的画家、アンドリュー・ワイエスの日本では没後初となる回顧展が、開館100周年を迎えた東京都美術館で7月5日(日)まで開催中だ。1974年の日本初の大規模展以降、幾度か展覧会が開かれているが、今回は17年ぶりとなる。
第二次世界大戦後、美術の中心がヨーロッパからアメリカに移り、ニューヨークを拠点として抽象表現主義、ネオダダ、ポップアートなどが勃興するなか、美術のムーブメントから距離を取り、写実的な絵画を追求し続けた。ワイエスが主に描いたのは、生まれ故郷のペンシルヴェニア州チャッツ・フォードと、夏の家のあるメイン州クッシング、その二つの土地だ。しかし、そこに生きる人々や自然は極めて豊かに描かれている。なかでも窓や扉など「境界」をモチーフとした絵画が多く、それらを5章にまとめつつ展覧会全体のテーマとして散りばめている。

展覧会は5章からなり、まず第1章では「ワイエスという画家」について紹介する。虚弱体質で小学校に通えず、家庭教師に学んでいた少年時代。絵画技術は、父である著名な挿絵画家N .C .ワイエスから教わったが、姉たちのような英才教育は受けず、一人で森の中を散策して過ごすことが多かったという。父の庇護のもと十代から作品を発表し始めるが、アンドリューが28歳のとき父が事故死。また自らも肺疾患手術で臨死体験を経験し、「生と死」を意識するようになる。身体が弱く、自然と接する中で、無常観のような哲学的思考が生まれたのではないだろうか。

独自の画風を築く中で、第2章では「光と影」に注目。陰りのある室内と窓から差し込む光。風になびく洗濯物や揺れるカーテンで「動き」を表してもいる。

また、今展には出品されていないが、ワイエスの代表作に《クリスティーナの世界》(ニューヨーク近代美術館所蔵)がある。そのモデルとなったクリスティーナが弟アルヴァロと暮らすオルソン・ハウスを描いた作品が第3章に集められている。


ワイエスが夏を過ごすメイン州クッシングは、19世紀、アメリカに入植した清教徒が「ニューイングランド」と名付けた地でもある。オルソン姉弟の父もまた(スウェーデン系)移民であり、アメリカという国の歴史の象徴ともいえる。脚が不自由ながら自立心の強いクリスティーナと、その姉を支えて酪農や農作業に励むアルヴァロ。ワイエスは衰退していく家と最後の住人となる二人を30年にわたり描き続けた。割れた窓ガラスから風が入らないよう、アルヴァロが丸めて突っ込んだ布団までもが描かれている。



農夫ヘルガの習作をはじめ他の題材を描いた第4章を経て、いよいよ第5章へ。「境界」を暗示させる窓やドア、石垣、水面などをモチーフとした作品が待っている。なかでも《薄氷》は、氷の下に気泡、氷の上には枯葉が見える「生と死」を象徴するような作品だ。また、双眼鏡をのぞく妻ベッツィを窓越しに描いた《ヒトデ》は、内と外をつなぎ、さらにその先にはどんな景色があるのかと想像させる。失われゆくものを描いてきたワイエスが鑑賞者に未来のイメージを託すようではないだろうか。



自然や人をつぶさに観察しながらも、現実そのままではなく絵画として構成したワイエス。油絵具の粘着的な表現ではなく、テンペラやドライブラッシュによる乾いた質感が荒れた木や草に触れるような感覚を生じさせる。人が描かれていない建物であっても、確かにそこに存在した人々の気配を感じさせる。見えないものを描いた、具象的でいて抽象的な絵画ともいえるのではないだろうか。
取材・文:白坂由里
<開催情報>
『東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展』
2026年4月28日(火)~7月5日(日)、東京都美術館にて開催
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2665583
公式サイト:
https://wyeth2026.jp/
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