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なぜ“郷土”なのか── 。夢二郷土美術館が伝え続ける竹久夢二の真価

アート
PR 2026年6月26日
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夢二郷土美術館館長・両備ホールディングス(株)代表取締役CEO兼グループCEOの小嶋光信氏

大正浪漫を代表する画家であり詩人でもあった竹久夢二(1884–1934)。その故郷、岡山にあり、随一のコレクションを誇る「夢二郷土美術館」が今年60周年を迎える。岡山市内にある本館のほかに、瀬戸内市には夢二が16歳まで過ごした生家を公開している「夢二生家記念館」、夢二が東京に建てたアトリエ兼住居を復元した「少年山荘」があり、3館を巡ると、マルチ・アーティストであった夢二を再発見する旅となる。

1966年、竹久夢二専門の美術館として初めて岡山の地で開館した同館が、地域文化の形成や竹久夢二という芸術家の顕彰にどのような役割を果たしてきたのか。同館の館長であり、両備ホールディングス(株)代表取締役CEO兼グループCEOの小嶋光信氏にお話をうかがった。

原点となった初代館長・松田基コレクション

夢二郷土美術館は、小嶋館長の義父である初代館長・松田基(まつだ もとい 1921-1998)が自らのコレクションを礎として1966年に創設した美術館だ。岡山県を地盤とする交通事業を主軸に、郷土の学術文化・芸術に貢献する両備グループの元代表・松田氏と竹久夢二作品との“運命的な出会い”のエピソードを、小嶋館長はこう語る。

「松田基の夢二コレクションは、1951年、大阪の梅田駅構内の古書店で、絹本着色の《加茂川》と油彩の《女》を偶然目にしたことから始まりました。復員後、帝国銀行を経て、両備グループの原点である「西大寺鐵道」の要職にあった基は、それまでは力強く男らしい作品を好んでおり、夢二が郷土の芸術家であることは知っていましたが、あまり自分のジャンルではないと思っていた。ところが、舞妓の姿に日本女性の美しさを描いた《加茂川》と油彩画の《女》になんともいえない情感を感じ、即座に購入を決めました。そこから夢二への認識を新たにしたのです」

初代館長・松田基氏の記念すべき夢二コレクション第1号の作品《加茂川》(1914年頃)と《女》(1918年) 夢二郷土美術館蔵

その後、松田基氏は以前から懇意だった銀座の日動画廊の社長、長谷川仁夫妻にも相談し、「夢二は面白いですよ。同じ岡山の作家だから今のうちにしっかり集めて、将来美術館でもお造りになっては。できるだけのご協力はいたします」と背中を押される。

「戦後の復興期、まだ芸術にかける余裕はない時期でしたが、作品を里がえりさせて、埋もれていた夢二の再評価と顕彰をしていきたいという思いで収集が始まりました。夢二の作品は絵画だけでなく、挿絵やデザインなど多分野にわたっています。松田基コレクションはそれらを網羅的にある程度体系づけるように収集されており、作品と出会った15年後の1966年、夢二郷土美術館の開館に至ったのです」

1966年の開館当時の夢二郷土美術館。両備グループの始まりの地であり、夢二の生家にも近い西大寺に位置していた

「夢二郷土美術館は、最初は西大寺(現・岡山市東区)にありました。両備グループの祖業は西大寺鐵道ですが、当時最先端であったバス事業に転換していました。両備バスで社長を務めていた基は、西大寺鐵道の始発でもあった西大寺市駅にバスターミナルを設置して、その両備グループ発祥の地に夢二郷土美術館を創立したのです。西大寺は夢二の生家に近く、夢二もよく訪れていたという縁もある。夢二を郷土文化の一つの柱にという思いで、ここを文化の中心地『夢二の里』としたのです」

ターニングポイントとなった岡山中心地への移転

60年の歩みの中ではターニングポイントもあったと、小嶋館長は振り返る。

「開館当時は岡山観光ブームで、70年代前半には山陽新幹線の開業などでさらに波に乗っていきました。けれど博多への延伸でそのブームは短かった。西大寺市は岡山市との合併ですでに郊外となり、美術館の来場者数も減少していきます。美術館には、夢二の伝道者として世に発信していく使命がある。そこで、移転の3年前から美術館事業に参画していた私は、夢二郷土美術館を岡山の中心地である『岡山後楽園』のそばに移転してはどうでしょうかと基氏に提案しました。そこなら旧西大寺鐵道の後楽園駅跡地でもあり、西大寺鐵道への思いも同時に叶います」。

提案は通り、夢二生誕100年に当たる1984年、後楽園のすぐ対岸に移転し、現在に至る。

風見鶏のある三角屋根となまこ壁が特徴的な、大正時代の風情が薫る建築は、浦辺鎮太郎の設計だ。さらに創立50周年を記念したリニューアルに伴い、建築・鉄道のデザインで知られる岡山出身のインダストリアル・デザイナー、水戸岡鋭治の監修で展示室などを一層充実させた。年4回の企画展で、テーマに合わせて常時100点以上の作品を展示している。優れた肉筆画を代表とするコレクションは、夢二の美術館の中で最大にして随一。現存するのが三十数点と寡作である油彩画の多くも所蔵し、《一力》《邪宗渡来》《立田姫》など屏風形式の大型絵画も展示。夢二と出会うゲートウェイとして、画業全体を見渡すことができる。

1984年に現在の地、岡山後楽園の外苑に移転。2019年には展示室の増室など水戸岡鋭治デザイン監修で大幅なリニューアルが行われた
(左)夢二のポートレートをダイナミックにあしらったバナーが目を引く展示室
(右)岡山産の食材にこだわったメニューを提供する「art café夢二」。美術館が版元となる復刻木版画で夢二の世界観を楽しめる

岡山の地が育んだ夢二のマルチな芸術性

松田基コレクションを受け継ぎ、2001年から館長を務める小嶋氏は、夢二を「マルチ・アーティスト」として、それまでの芸術家の枠では括れない魅力を語る。夢二の仕事は幅広く、画家だけでも詩人だけでもない。本や雑誌の装幀、衣服や雑貨のデザイン、工芸など実に多彩だ。

「もともと夢二は詩人になりたかったけれど、詩人で生計は立てられない。18歳で東京に出て、雑誌の懸賞でイラスト作品が一等賞になり、コマ絵の作家として評価されたのを機に、心の中にある詩を絵に描いて生業にしようと考えたのではないかと思うんですね」

まさに絵と言葉の一体化は夢二芸術の真髄である。

「画讃であれば絵を描く者と、その絵から発想した句や詩などを余白に書く者の二人で制作しますが、夢二は一人で絵の中に詩を入れ込むんです。例えば、1929年の作品《大徳寺》は、『時雨るゝや眉引きなほす大徳寺』という句の置き方が斬新で、現代アートのようだと言ってもいい。外では時雨れて雷が落ちて、部屋の中では美しい舞妓が人待ち顔で眉を引き直す。ゾクっとする構図と情景ですね」

洗練された銀紙の意匠を背景に墨で描かれた《大徳寺》1929年 夢二郷土美術館蔵

そんな夢二のマルチな芸術性の原点は「故郷岡山にある」という小嶋館長。

「竹久夢二(本名:竹久茂次郎)が生まれ育ったのは、広大で肥沃な邑久郡本庄村にある酒の取次販売と農業を営む裕福な家でした。村芝居が盛んな地域で父が旅役者の面倒をみていたこともあり、芸能が近い存在でした。この少年期の経験が、多ジャンルに興味を広げる夢二のマルチ性の糧となったのです」

邑久高等小学校(現在の中学)の美術教師の服部杢三郎が唯一の先生だと語り、独学を貫く。青年期から画壇に属さず、生計を立てるために商業美術で力を発揮したことも、夢二のマルチな独創性につながった。その中で夢二が確立した独特の美人画「夢二式美人」について、たまき、彦乃、お葉など女性たちとの恋愛遍歴から一面的に語られることも多いが、それは本質ではないとも説く。

妻たまきをモデルに描いたとされる初期の美人画《林檎》(1914年) 夢二郷土美術館蔵

「長男が早世したことで、夢二は実質的な長男として、母親と黒髪の綺麗な姉に可愛がられて育ちました。この女性たちの優しい心が、夢二式美人を生み出す源になっている。夢二はモデル自体を描いているわけではなく、自分の心の中にある理想の女性を描こうとしていた。それが母と姉でもあったと思います」

文化性の高い地域と家庭環境は、茅葺き屋根の夢二生家記念館でも感じることができる。子ども部屋の窓枠には、夢二が子ども時代、姉が嫁いでいく姿を小窓から眺め、姉と自分の名前を鏡文字で書いた跡も残っている。

夢二が1884年に生まれて数えの16歳まで暮らした生家を整備し公開している「夢二生家記念館」。築約250年という風情あふれる茅葺屋根の日本家屋だ
夢二が暮らした子ども部屋や土間、居間などがそのままに残る館内では、夢二の感性を育んだ少年時代に思いを馳せながら「ふるさと」をテーマにした作品を鑑賞することができる

ところが幸福なままでは終わらない。夢二は、家業の失敗でこの家を出ることになる。一家で福岡県八幡村へ転居。その後18歳で上京し、早稲田実業学校で学んだ。苦学の末、懸命に働く大衆の苦労を実感する。

「一時は社会主義に傾倒しますが、もとより岡山県人気質のヒューマニストであったのでしょう。女性への思慕、子どもたちへの愛情、一生懸命働く人々への優しい思い。夢二の絵の情感はそれらが合わさって生まれている。18歳で上京し全国を旅しながら『すがりつきたいほど懐かしい』と故郷への思いを吐露したように、心の中にいつも故郷、岡山があったと思います」と小嶋館長は語る。

「夢二生家記念館」のすぐそばに建つ「少年山荘」は、夢二自らの設計で現在の東京・世田谷区松原に建てられたアトリエ兼住居を復元したもの。夢二の人生・音楽・デザインをテーマにした展示も行われている

“郷土”の二文字を受け継ぎながら広い世界へ

小嶋館長は、かつて松田基氏から言われた「夢二郷土美術館は、“郷土”の二文字があるからいいんだ」という言葉を大切にしている。全国に複数ある夢二関連のミュージアムの中で、故郷の美術館という特色が最大の柱となっているからだ。例えば、「生誕百二十五年記念 竹久夢二展」では「二つのふるさと」をテーマとして、群馬県渋川市にある竹久夢二伊香保記念館と共催した。

「生誕百二十五年記念 竹久夢二展」は東京、岡山、京都を巡回した

「一つが生まれ育った岡山、一つは夢二が晩年にアトリエをもった榛名山。庶民の暮らしに芸術を、という思いから夢二は『榛名山美術研究所』の設立を目指していました。竹久夢二伊香保記念館からは表装や挿絵などグラフィックデザインを中心とした旧岩波書店専務の長田幹雄コレクションが出品され、松田基コレクションと併せて夢二の全体像がよく伝わる展示になりました」

また「作品があるべき場所」として故郷の美術館に意義を感じて、寄贈・寄託を望む声が続いている。夢二には、新しい画風を求めて、1931年から約2年かけて欧米を巡った時代があり、その頃の調査に力を入れているのが館長代理の小嶋ひろみ氏だ。

館長代理の小嶋ひろみ氏。夢二作品から飛び出したような黒猫の「黑の助」は、夢二郷土美術館の「お庭番頭」として来館者に愛されている

「2016年の創立50周年を記念した展覧会で初公開した油彩画《西海岸の裸婦》は、夢二がアメリカ滞在中に親交のあったカメラマン宮武東洋に贈り、三代にわたり大事にされてきた作品です。この作品は、2024年から東京都庭園美術館など全国を巡回した「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」で、大正中期の代表的な油彩画《アマリリス》を初公開する際に、岡山・京都以外で初めての公開となりました」(小嶋ひろみさん)

2016年に『創立50周年記念 初公開 幻の夢二の油彩画《西海岸の裸婦》アメリカから里帰り』展で初公開された《西海岸の裸婦》(1931-32年)。夢二が裸婦を描いた作例は少なく、その中で白人女性を描いたのはこの1点のみという貴重な作例だ

さらに、今年9月4日開幕の「夢二郷土美術館創立 60周年 特別展 夢二とドイツ」でも、今年新収蔵となった美人画の作品が初公開される予定だ。重要な作品の新収蔵が続き、国内外の旅で出会った多様な人や文化が、夢二をさらにマルチ・アーティストたらしめた、そんな新たな側面も見えてくるかもしれない。

なお、同館では2012年から「こども学芸員」という独自の教育普及事業にも取り組んでいる。7~8回ほど行われるワークショップを経て、子どもたちがそれぞれに選んだ作品について解説を書き、ギャラリートークを行うといったプログラムだ。思いがけない着眼点に大人が学ぶこともしばしばだという。

「芯の通った志を自由な表現方法で間口を広げ、大衆に寄り添って表現した夢二のあり方が、時代を超えて現代にも響いていると思います」(小嶋ひろみさん)

「こども学芸員」の任期は1年だが継続もできる。年に7~8回行われるワークショップで作品鑑賞の仕方や夢二について学んだ後、お気に入りの作品を1点選んで解説文を作成。冬期の展覧会でギャラリートークとして発表も行う

夢二は美術史に収まりきらない多様な活動のために、まだ正当に評価されているとは言えないかもしれない。しかしこれまでも断続的に夢二ブームがあり、2014年には岡部昌幸氏の提唱のもと、夢二郷土美術館が事務局となり「竹久夢二学会」を設立。2016年には美術史学者・美術評論家の高階秀爾氏を会長として迎え、同氏が2019年に「生誕135年 竹久夢二展―幻想の美、秘められた謎―」の監修も務めた。以降、再評価の気運がますます高まりを見せている。今年、10月23日からは、東京国立近代美術館で夢二の過去最大規模となる回顧展「竹久夢二 時代を創る表現者」の開催も予定されており、夢二郷土美術館の収蔵作品も出品される予定だ。

一足早く9月から始まる夢二郷土美術館創立60周年特別展と併せて、現代にこそ見たい夢二ワールドに足を踏み入れてはいかがだろうか。

取材・文:白坂由里 撮影:源賀津己

〈夢二郷土美術館 創立60周年スケジュール〉

夢二郷土美術館 本館
夢二郷土美術館創立60周年「夢二と歌舞伎」
2026年3月27日(金)~6月21日(日)
夢二郷土美術館創立60周年「夢二と音楽とデザイン」
2026年6月26日(金)~8月30日(日)
夢二郷土美術館創立60周年 特別展「夢二とドイツ」
【新収蔵作品初公開】
2026年9月4日(金)~12月6日(日)
夢二郷土美術館創立60周年 「松田基コレクションⅩⅥ:夢二名品展」(仮)
2026年12月11日(金)~2027年3月14日(日)(仮)
夢二郷土美術館 夢二生家記念館・少年山荘
夢二郷土美術館創立60周年 夢二生家企画展「春の夜の夢」
2026年2月27日(金)~5月31日(日)
夢二郷土美術館創立60周年 夢二生家企画展「旅の巻」
2026年6月3日(水)~8月30日(日)
夢二郷土美術館創立60周年 特別展関連企画「夢二、異国への憧憬」
2026年9月4日(木)~12月13日(日)
夢二郷土美術館創立60周年 夢二生家企画展「ふるさとの冬」(仮)
2026年12月16日(水)~2027年2月21日(日)(仮)

創立60周年 特別イベント
「YUMEJI POP-UP MUSEUM 2026 in 杜の街グレース」

岡山市の「杜の街グレース」のアートラウンジ[Le Metté Adeline(ルメテ アデリン)]にて、竹久夢二の木版画と現代アーティストの版画による展覧会「HANGA 夢二と現代アート」を開催します。隣接するスペースでは、夢二郷土美術館の歩みやコレクションを紹介、夢二のオリジナルグッズなどを販売します。

会期 2026年7月3日(金)~9月27日(日)
住所 岡山県岡山市北区下石井2丁目10-8
杜の街プラザ2階
時間 11:00~18:00
※ショップエリアは11:00~15:00、月曜休、8月30日(日)までの期間限定開催

〈施設情報〉

夢二郷土美術館 本館
住所 岡山県岡山市中区浜2-1-32
時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜(※祝日・振替休日の場合翌日)、年末年始、展示替期間
料金 大人800円、中高大学生400円、小学生300円(特別展を除く)
夢二生家記念館・少年山荘
住所 岡山県瀬戸内市邑久町本庄2000-1
時間 9:00~17:00(最終入館は16:30まで)
休館日 月曜(※祝日・振替休日の場合翌日)、年末年始、展示替期間
料金 大人600円、中高大学生250円、小学生200円(特別展を除く)
※夢二生家記念館・少年山荘の2館を見学可能