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新国立劇場《エレクトラ》開幕。解釈を急がず、音楽に耳を澄ませたい

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撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

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新国立劇場2024/25オペラ・シーズンを締めくくるリヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》(新制作)が、6月29日、初日の幕を開けた(新国立劇場オペラパレス)。充実の舞台だ。

客入れの段階から、すでにオペラは始まっていた。オーケストラ・ピットはまだウォーミングアップ中でカオス状態。ステージ前方にスポットライトが当たり、斧が置かれている。やがて紗幕の向こうにエレクトラの姿も見えてくる。オケの音がやんで、スピーカーから心臓の音が聞こえていたのに気づく。とくん、とくん。エレクトラの胸の鼓動? あるいはなにか大きな生命の胎内?
指揮者・大野和士が登場して幕が開く。心音だけが大きくなる。どっくん、どっくん。長い沈黙。背景に巨大な男のシルエットが浮かび上がる。次の瞬間、オーケストラの「レ→ラ→ファ→レ」の強奏が、観客を一気に《エレクトラ》の世界へ引き込んだ。

この「レ→ラ→ファ→レ」の音型は、作品中に繰り返し登場する「アガメムノンの動機」だ。オペラはこの動機で始まり、この動機で終わる。エレクトラの母クリテムネストラによって殺された父アガメムノンが、登場しないにもかかわらず、作品全体を支配しているかのようだ。
演出のヨハネス・エラートは、ウィーンのオーケストラ奏者から転身したという異色の経歴の持ち主。彼は、シュトラウスがスコアに埋め込んだこの“アガメムノンの影”を可視化してみせる。
背景の男のシルエットは、まさにアガメムノンの影。中折れハットにロングコートというシェイプ(ギリシャ悲劇というよりはレイモンド・チャンドラーの小説の主人公のようないでたちではある)。オペラ終盤、復讐を果たした後にはエレクトラ自身もこの衣裳をまとう。繰り返し出現するアガメムノンの影が、いつしか復讐者自身の姿とも重なり合っていくのだ。
物語を貫く持続音のように置きっぱなしの斧も、アガメムノンとの関わりを示すキーアイテムだ。アガメムノン殺害の凶器だが、エレクトラを生につなぎ留めている“復讐”の象徴と言えるだろう。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

女声の主役3人の占めるウェイトがきわめて大きな作品だ。なかでも題名役エレクトラは別格。最初から最後まで出ずっぱり、歌いっぱなし。広い音域で、分厚いオーケストラを突き抜けるドラマティックな声と、濃密な音楽性を両立させなければならない難役として知られる。
初来日のアイレ・アッソーニのエレクトラは圧巻だった。“強靭”だけではない、超合金でできたバネのようなしなやかさも持ち合わせ、巨大なオーケストラの中でも声の輪郭が失われない。ヨーロッパで「最高峰のエレクトラ歌い」としてトップスターに登り詰めた理由を、鮮やかに納得させた。
同じく初来日で、エレクトラの妹クリソテミスを歌ったヘドヴィグ・ハウゲルドも若々しいドラマティック・ソプラノ。普通の生活、小さな幸せを望むみずみずしさと、過激な姉に飲み込まれない芯の強さの両面を表現していた。新国の2027年2月公演《サロメ》では題名役を歌う予定。終盤、復讐を遂げたエレクトラと声を合わせる場面は、作品中ほぼ唯一の二重唱だ。恍惚のうちに燃え尽きていく姉に対し、クリソテミスの声はいっそう明るく、未来へ開かれていくように響く。歓喜を歌いながら、二人が見つめているものは同じではない――そんな作品の残酷さを印象づけた。
藤村実穂子のクリテムネストラも見事。歌唱場面以外にも舞台上に現れ続ける今回の演出で、彼女は役を演じるというより、そこに生きる人間として存在していた。その存在を、豊かな陰影を持つ声と、言葉のひとつひとつに意味を宿らせる深い音楽づくりが支えている。歌と身体が一体となって、優れた表現者としての力量が際立った。
大野和士指揮の東京フィルハーモニー交響楽団も充実。巨大な編成を鳴らし切りながら、歌手の言葉や舞台上の緊張を埋もれさせず、劇の推進力を最後まで支えた。

エラートの演出には、上述以外にも、思わず意味を探したくなる仕掛けが随所に散りばめられている。もちろん、それを手がかりに作品を読み解く楽しみはある。けれども、そこに時間をかけて立ち止まるよりも、シュトラウスの濃密な音楽によって絶えず揺れ動く登場人物たちの内面に耳を澄ませたい。復讐、恐怖、家族愛、未来への期待――説明しきれない感情が渦巻く1時間45分を身体ごと浴びたい、強烈な舞台だ。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

(ものがたり)
父王アガメムノンを、母クリテムネストラとその情夫エギストに殺されたエレクトラは、王宮で虐げられながら、弟オレストによる復讐への期待だけを支えに生きている。妹クリソテミスは新しい人生を望むが、エレクトラは過去を手放さない。いっぽう、罪の意識から悪夢に苦しむクリテムネストラ。王宮には過去の罪の影が色濃く渦巻いている。やがて帰還したオレストと再会したエレクトラ。待ち続けた復讐の時が訪れる。

新国立劇場のリヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》はこのあと、7月2日(木)、5日(日)、8日(水)、12日(日)の残り4公演。いずれも14時開演、初台の新国立劇場オペラパレスで。上演時間約1時間45分(休憩なし全1幕)。

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2665587

取材・文:宮本明

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