魂を揺さぶる「声」の真髄、光と影の新演出《イル・トロヴァトーレ》
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すべて見る2026年度全国共同制作オペラ《イル・トロヴァトーレ》の制作発表記者会見が開かれ、指揮の飯坂純と演出の髙岸未朝をはじめ、現在の日本オペラ界をリードする実力派の歌手たちが登壇。情熱と復讐が交錯するこのオペラの魅力を語った。ヴェルディ中期の最高傑作が、10月から11月にかけて石川、大阪、東京、新潟の4都市を巡る。
《イル・トロヴァトーレ》は、主要4役の歌手たちに超絶的な技術と表現力が要求される難作として知られる。伝説的テノールのエンリコ・カルーソーが言ったとされる「最高の4人の歌手さえいれば他は要らない」という有名な冗句が象徴するように、声の力そのものがドラマの根幹をなす作品だ。それゆえ海外を含めても上演機会はけっして多くないが、今回の上演では最前線で活躍する日本人歌手たちが顔を揃え、世界基準のクオリティを目指す注目の舞台となることが期待される。
石川・大阪・新潟公演を指揮する飯坂純は、オペラ制作を「プロフェッショナルが丹精込めて作りあげる、ひとつの“町”のような総合芸術」とたとえつつ、観客に対しては「スポーツ観戦のような軽い気持ちで劇場へ来てほしい」と語りかけた。そして、「スポーツと同じように、ずば抜けた技量を体感し、お気に入りの歌手を見つけて、他の公演も追っかけるようなファンになってほしい」と、茶目っ気たっぷりに熱いメッセージを送った。
また、東京公演を指揮する熊倉優はビデオ・コメントを寄せて、暗いストーリーの中に散りばめられた「ドラマティックでかっこいい、耳に残るメロディ」こそ、初めてオペラを観る人をも惹きつける魅力だと語った。熊倉にとってこれが待望の日本オペラ・デビュー※となる。
全国共同制作オペラは、これまでも野田秀樹、野村萬斎、森山開次など多彩なジャンルの演出家を起用してきた。今回の演出を担うのは劇団俳優座所属の髙岸未朝。
彼女が手がけるオペラが、単に華やかな音楽劇にとどまらず、緻密な人間ドラマとして高く評価される理由は、演劇の現場で培った徹底的な心理描写にあるのだろう。2004年に新国立劇場でオペラ演出デビューを果たして以降、2009年《ウリッセの帰還》日本初演、2017年《イル・トロヴァトーレ》などで高い評価を得てきた。人間の内面に迫る繊細で緻密な舞台作りが、楽譜に書かれたドラマをいかに深化させるのか。
今回の《イル・トロヴァトーレ》で髙岸が演出の軸に据えるコンセプトは「光と影」だ。物語を構成する全8場のほとんどが「夜」であるというきわめて稀有な構成に着目し、それぞれの場にふさわしい「8通りの夜」を描き出す。社会的な地位を持つルーナ伯爵(月)と、レオノーラ(光)を「光」の側に、虐げられた立場にあるマンリーコと母アズチェーナを「影」の側に配置する。過去の因縁に引き裂かれた兄弟が、対極の運命を担わされてしまった悲劇。あえて説明を尽くして物語を矮小化することを避け、観客の想像力に委ねながら、衝撃的な結末に向けてひとつひとつのシーンの強さを際立たせるという。
歌手たちの言葉にも、役への血の通った親しみと、ヴェルディへの深い敬意がにじみ出ていた。
主役のマンリーコを演じる笛田博昭(テノール)は、自身のイタリア・デビュー作だったという縁を振り返りながら、「マンリーコが主役ですが、どう考えてもオペラ《アズチェーナ》だと思うんです。操り人形のように母アズチェーナの復讐に付き合わされている。マザコン(笑)。母に対する愛と、野性味あるジプシーの男という両面を表現したい。役作りのためにヒゲを生やし始めました」と笑う。第3幕の有名なアリア〈見よ、恐ろしい炎を〉での鮮烈な高音「ハイC」だけでなく、全編に散りばめられたヴェルディならではの美しい旋律のひとつひとつを大切に歌い上げたいと温かな表情で語った。
レオノーラ役の木下美穂子(ソプラノ)は、「ヴェルディの中で一、二を争う大好きな作品」と明かした。同役を歌うのは20年ぶり。「今の自分の技術でどう表現するか、楽しみながら勉強している最中です」と笑顔を見せる。第1幕の有名なアリア〈穏やかな夜〉について、「日本では夜は黒いですが、ヨーロッパで青い夜空を見たときに『これがレオノーラが見た空なんだ』と腑に落ちました。私の中のレオノーラは“青”なんです」と語った。
「毒を飲んでまで愛を貫く彼女の強い愛を、ヴェルディの美しい音楽の中で表現できるのは大きな喜びです。まるでベルリーニを思わせるような美しい旋律を、ヴェルディのスタイルをもって歌うことが、ものすごく魅力的です」
アズチェーナ役の清水華澄(メゾ・ソプラノ)は、「私も経験者ではありますが、そんなアドバンテージなどないと思えるほど、素晴らしいキャストが並んでいます。声の競演になることは間違いありません」と気を引き締めながら、「これまでの経験にとらわれず、ゼロの気持ちで共演者みなさんの声を思いきり楽しみたいです」と、新たな役作りを楽しんでいる様子。
ルーナ伯爵役の大西宇宙(バリトン)は、「ルーナ(月)は太陽の光を受けて光るという髙岸さんの演出アイデアを聞いて、どう役に落とし込もうかとワクワクしています。真の意味で“ヴェルディの声”が必要なオペラ。“われわれの声はここにあり”と、世界に挑戦状を突きつけるような意気込みを持って臨みたい」と力を込めた。
フェランド役の三戸大久(バス・バリトン)は、「自分は4人の悲劇の入口を最初に説明するストーリーテラーの役回り」と分析する。第1幕冒頭のアリアで観客を不穏な劇世界へと一気に引き込む、脇役ながら重要な役どころだ。「この素晴らしいキャストとスタッフで頑張りたい」と舞台への思いを語った。
オペラ史に燦然と輝く有名曲の数々が、ヴェルディの仕掛けた不意打ちのような結末に向けて畳みかける音楽のうねりは、観客を劇世界に釘付けにするはず。豊かな声の響きと洗練された「光と影」の演出も、客席に濃密なひとときをもたらすだろう。全国共同制作オペラ《イル・トロヴァトーレ》は10月から全国4都市で。
※演奏会形式では2025年に九州交響楽団と共演している。

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2668221
【公演スケジュール】
石川公演:10月18日(日)14:00 金沢歌劇座
大阪公演:11月8日(日)14:00 枚方市総合文化芸術センター
東京公演:11月21日(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
新潟公演:11月29日(日)14:00 新潟県民会館
取材・文:宮本明
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