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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

歌舞伎の鬘「役者さんが役に入り込む手助けに」

第33回

今月の歌舞伎座「十一月歌舞伎座特別公演 ようこそ歌舞伎座へ」で『石橋』が上演される。

知恵を司る文殊菩薩が棲むという唐の国の清涼山。数千丈の深い谷にかかる石の橋に獅子の精が表れて、牡丹の花と戯れ、華麗な毛振りを見せ、勢いよく舞い踊る。歌舞伎舞踊の人気演目だ。

今回は獅子の精が五人。迫力も格別だ。毛を前に垂らして左右にゆさぶる「髪洗い」、床に叩きつけるように振る「菖蒲打ち」、まさにその字のように振りまわす「巴」とバラエティがある。獅子の精達の毛の動きが揃うところでは客席からさらに大きな拍手が湧く。

なぜ獅子の精はなぜこんなにもダイナミックなのか。そしてなぜ、まるで生き物のように躍動するのか。

今回の深ボリ隊はこの鬘をロックオン。歌舞伎の鬘を製作する鬘屋・東京日本橋人形町にある東京演劇かつら株式会社さんにおじゃまして、代表取締役の川口清次さん、そして実際に作業に携わっている皆さんにお話をうかがった。

Q. 歌舞伎の鬘づくりのそのこだわりとは?

附帳を受け取り、土台となる台金を作る

「台金(だいがね)」という土台に、毛を植え付けた羽二重を貼り、蓑をつけるのが鬘屋の主な仕事です。公演期間中にその髪を結い、役者さんの鬘の着脱をするのは床山さんです。主要な役は、公演チラシの配役を基に、新作物は発注会議を経て、1ヵ月ほど前から作り始めます。ただこの段階ではまだ主な出演者の分だけしか分からないので、三階さん(名題下以下の役者のこと)など、出演者全員の分が出てくるのは公演前月の下旬になることが多いですね。

最終的な鬘の発注書である「附帳」

だいたい初日の10日前くらいに、すべての役名と役者名を記した「附帳(つけちょう)」という発注書を松竹さんから受け取ります。ひとつの公演について一冊で、これを基準に鬘を作りあげます。最終的には一週間くらいで仕上げて床山さんに渡さなければいけないので毎月なかなか忙しいですよ。(川口さん)

「東京演劇かつら」代表取締役の川口清次さん

台金という鬘の土台を作り、そこに毛を植え付けていくというのが大まかな仕事の流れです。台金は銅板でできていて、女方と立役でも形が違います。役によっては鬢(びん)や後頭部にあたる部分に真鍮などで補強するものもあります。

鬘の土台となる台金

「この役ならこの台金」とだいたい決まっているので、それを持って床山さんと一緒に役者さんの楽屋やお家へ行き、「鬘合わせ」をします。これが一番大事なプロセスですね。(川口さん) 

鬘合わせでは台金を役者さんの頭に被せて調整します。成長期の人、身体の大きい人小さい人、おでこ張っている人そうでない人、頭の形は皆さん違いますし、そこに役者さんの好みを入れて、「鳥口」とよばれる台に台金を乗せ、叩いたりやすりでこすったりして、1mm単位で調整します。叩いて銅板を前に出すと額部分が狭くなり、逆に削ると広く見えます。

鬘合わせに向け、役者の頭の形や好みに応じて、台金を1mm単位で調整中の岩下吉見さん

女方は額の刳りの部分にも役の性根が出ますからね。「雁がね」(額の中央部分)を立てると『伽羅先代萩』の八汐や『鏡山旧錦絵』の岩藤のように身分の高い敵役になるし、丸くすると幼く見えます。鬘屋も役柄とその性根をわかっていなきゃいけません。(川口さん) 

台金が出来たら、和紙を貼り、羽二重を貼っていく。白玉を練って叩いたものを糊として使用

役者さんからOKが出たら、その台金に毛を植え込んだ羽二重を貼ります。まずは台金に和紙を貼り、鬘の種類によっては、でこぼこのないように砥の粉を塗って表面をきれいにします。それに「白玉」(糊)を塗って毛を植え終えた羽二重を貼ります。こうしておくと公演が終わって台金からこの羽二重をはがすときはがしやすいんです。和紙ごと水に浸けると、和紙も羽二重に付いた白玉も一度に溶けて具合がいいんですよ。台金の裏にはうどん粉と黒砂糖をねった接着剤のようなものを塗っています。(川口さん)

でこぼこのないように砥の粉を塗って表面をきれいにする

羽二重に毛や蓑を縫い付けて台金に取り付ける

羽二重専用のかぎ針を使い、手作業で一本一本毛を植え付けていく

羽二重にかぎ針のような道具で一本一本毛を通して毛を植え付けていきます。「通し針」という羽二重専用のかぎ針です。毛が一本しかひっかからないようになっているもの、多くひっかかるものなどいろいろあって、それぞれ特注しています。毛を梳く櫛類はそれぞれが自分の使いやすい道具を探して使っています。この櫛はこんなふうに6年で1㎝減りました。薩摩の黄楊(ツゲ)で作った櫛で鹿児島の店から取り寄せています。(冨沢崇司さん 羽二重に毛を植えこむ作業を担当)

毛を梳く櫛は使いやすいものを取り寄せている。写真は6年で1cmほど短くなったという櫛
毛を植え込む際は客席からの見え方も考えながら

若い役柄ならボリュームを、老けの役なら少し薄くしたり白い毛を混ぜたり。実際に客席から鬘がどう見えるのかも研究しますし、役者さんの好みも知っていなくてはいけません。(冨沢崇司さん)

「蓑」と呼ばれる毛束で毛量や長さを調整する
蓑つけ作業の様子

ボリュームが足りないときは、毛を編み込んだ「蓑」を加えて全体の量や長さを出すんです。毛も使うたびにだんだん抜けていくので補強もします。(川口さん) 

役者さんの肌に触れる羽二重の生え際の折り返し部分には、蝋を塗り、さらにセルロイドを溶かしたものでコーティングして、汗で取れてしまわないよう補強しています(川口さん)

鬢、髱(たぼ)、前髪をまとめる
鬘を吊り下げ、熱したコテを使って髪を伸ばしながら櫛を通して整髪
整髪には電熱器で熱したコテを使用
仕上がった鬘は荷札をつけ床山さんへ

鬢、髱(たぼ)、前髪がまとめられた鬘を吊り下げ、コテを当てて癖をとって滑らかにします。電熱器で温め、水に浸けてジュ―ッと音がしたらちょうどいい温度の目安。仕上がった鬘は役者名を書いた荷札をつけて、まとめて床山さんへ運びます。(川口さん) 

迫力ある獅子の精の毛振りを裏側から支える

獅子の精の鬘にはヤク(ウシ科の動物)の毛を使用

鬘に使う人毛及びヤク(ウシ科の動物)の毛は中国からの輸入です。獅子の精の鬘に使うのは、これは人毛ではなくてヤクの毛です。やや縮れてるけれどパリッとしていて強度があるんです。使用後は白粉が着いたりするので、四分割して大きな桶に入れて毛糸用洗剤で洗います。(川口さん)

土台は台金ではなく、「頭巾」と呼ばれる刺し子状の厚手の布

獅子の鬘は他とは違って、台金が土台ではないんです。「頭巾」と呼ばれる刺し子状の厚手の布を頭の形に丸くしたものが土台となります。役者さんの頭の形、大きさに合わせ、周りを縫い留めるなどしてサイズを調節します。この表面に毛の束や蓑を付けていきます。シケ(鬢)、頭、背中、シッポの部分に分けて蓑を縫い込んでいき、それをひとつに合わせます。(酒井直江さん 獅子の鬘の製作を担当)

揺さぶる毛の部分は形が崩れるため、毛や蓑をまとめて縫い付ける

背中の部分の毛は、跳んだり跳ねたりするたびにワシャワシャと動いて形が崩れるため、毛や蓑をまとめて縫い付けるための「タレ」(袋状にした布)を付けています。(川口さん)

大胆な毛振りも違和感なく見えるように、背中部分には「クジラ」と呼ばれる弾性のある金属を仕込む

この中には「クジラ」(バネのような金属)がテープで巻かれた状態で縦と横に入っていて、バサッと毛を振ったり大胆に動いても、違和感なく見えるように工夫しています。昔は本物の鯨のひげを使っていたので、今もこのパーツをクジラと呼んでいます。(酒井直江さん)

通常の鬘と異なり、毛振りなど獅子の動きを考慮して作られる獅子の鬘
前髪部分は役者さんの希望に沿って調整

シケ(鬢の部分)は毛振りで強くひっぱる部分なので、ロープ状のものに毛を巻き付けて強化しています。また前髪部分は、下げ気味にするのか、顔をはっきり出したいのか、役者さんによっても違うところ。ご希望によって調節します。

どんな動きでも綺麗に見えるように毛の長さを調節し、毛が抜けてきたら増やし、細くなってきたら新しくするなど、顔周りの布製のパーツも含めてまめにメンテナンスします。(酒井直江さん)

「役に入り込めた」と思ってもらえるように
東京演劇かつら(株)代表取締役・川口清次さんインタビュー

東京演劇かつら株式会社 代表取締役の川口清次さん

── 作るのが難しい鬘というとどれになるでしょう。

川口さん 「鬘屋を制するには半坊主を制する」と言います。『河内山』の河内山や、『熊谷陣屋』の後の熊谷とかね。一枚の銅板で作るからごまかしが利かないんです。

── やはりベテランの方が担当するのですか。

川口さん そうでもないですよ。あえて若い社員にやらせてみたりしています。

── 鬘を一度に数多く用意しなくてはいけない狂言といえば何ですか。やはり『助六』や『め組の喧嘩』でしょうか。

川口さん 実は新作であることが多いですね。『勧進帳』とか常にやっている狂言なら用意しておけるけど、新作は何をどのくらい必要なのか、予測ができないのが大変です。それに宣伝写真用など早めに作らなきゃいけないものもありますしね。

── 一人前の鬘師になるのに修業期間はどのくらいかかるのですか。

川口さん 大体10年でしょうか。最初のステップは洗毛です。そして、植毛、蓑を縫い付ける仕事、銅板に鋲を打ち入れて止める仕事などいろいろな仕事を経験していきますが、それぞれが縦横斜めにつながっています。最終的には、床山さんと役者さんのところへ行って鬘合わせできるようになれば一人前。規模の小さなイベントで鬘合わせの場数を踏んで、ゆくゆくは歌舞伎座公演の鬘を担当、という流れです。今、ひと月に二度、終業後に社員同士の勉強会の時間を作っています。会社を自由に使ってもらってね。皆蓑を付ける前の「下地羽二重」を頭に付けて、台金を合わせる練習をしています。

── 川口さんご自身、鬘の製作の過程で、これまでに「あれは大失敗しちゃったな」というご経験はありますか。

川口さん そりゃもういろいろありましたよ。でも忘れるようにしています(笑)。例えば「水入り」という『碇知盛』のような鬘がありますね。あの鬢、鬢の部分を固めて張り出させる角度とか、役者さんによって好みは様々なんですよ。「あの人はこういう張りが好き」「この人はこういう角度が好き」とか、いろいろなノウハウが次第に貯まっていきます。失敗談も含めてそういうノウハウが自分の中の引き出しに増えていくという感じですね。

── この鬘屋という仕事の醍醐味を、どんな時に感じますか。

川口さん やはり役者さんに「気持ちよかったよ、役に入り込めた」と言っていただけるとうれしいですよね。例えば先代の團十郎さん(十二世市川團十郎)。多くの方は、終演後楽屋に戻るとまず最初に鬘を外すんだけど、先代の團十郎さんは『仮名手本忠臣蔵』の(大星)由良助のときに、衣裳脱いで最後に鬘を外してました。それと(市川)海老蔵さん、今の團十郎さん。『源氏物語』の舞台稽古の日に7時間もつけっぱなしでいるので、「外さなくていいですか」と尋ねると「いや大丈夫」と。そういう場に居合わせるとうれしいんですよね。

うちの親も鬘屋なんですが、よくこう言っていました。「役者が白粉塗って眉引いて鬘をつける時にはもう役に入り込んでるんだ。なのに鬘着けたときにもしも”痛!”となればその瞬間に役から男に戻ってしまう」そうならないように。役者さんの気分を素に戻さないようにしろと。あとね、この仕事、腱鞘炎になりやすいです。木槌で台金の鋲を止める作業しているので変な箇所に筋肉がつきます。親指の付け根に普通はこんなに筋肉つかないでしょ(笑)(といいながら付け根が盛り上がった親指をみせてくださった)。

── 11月の歌舞伎座『石橋』では、鬘屋さんとしてはどんなところに注目してほしいですか。

川口さん 僕としては毛を引いて出す、そのときの毛の動きが気になりますね。例えば(十八世中村)勘三郎さんは毛の出し方がトルネード型、(松本)幸四郎さんは優雅に振る。その人その人で振り方が違うんです。その引いて出すときの鬘の形が気になりますね。先ほどお見せしましたが、獅子の背中の毛の中には何本もクジラが入っています。60㎝、45㎝、30㎝、どれがいいのか、役者さんの引いて出すタイミングに合うよう調整するんです。他にもシケの太さ長さですね。握った時にどの位置にくるのか、シッポの長さはどれくらいだとカッコいいか、などなど調整します。

クレジット表記
取材協力:東京演劇かつら(株)
取材・文:五十川晶子 撮影:源賀津己

プロフィール

川口清次(かわぐち・せいじ)

1959年生まれ。曽祖父が歌舞伎俳優六世尾上菊五郎専属のツケうち、父も床山という環境に育つ。1978年、小林演劇かつら株式会社に入社し鬘製作者(鬘師)として歌舞伎の舞台を支え続けている。2001年、東京演劇かつら株式会社代表取締役に就任。2020年7月選定保存技術「歌舞伎鬘製作」の保持者に認定。

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