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片桐仁の アートっかかり!

造形のおもしろさだけじゃない、神々のストーリーを知ると楽しさ倍増! 『古代エジプト展 天地創造の神話』

毎月連載

第24回

今回、片桐さんが訪れたのは『古代エジプト展 天地創造の神話』(2021年4月4日(日)まで※12月21日(月)~1月1日(金)は休館)を開催している江戸東京博物館。本展を監修された早稲田大学文学学術院教授の近藤二郎さんに、ご解説いただきながら、古代エジプトの世界を楽しんできました。

第一章 「天地創造と神々の世界」

片桐 展覧会の「天地創造の神話」ってサブタイトルから心惹かれます。エジプトはたくさんの神様がいるっていうのはわかってはいるんですが、その神々がどういう関係なのかってよく知らないんですよ。

近藤 これまで、日本で古代エジプトの展覧会は数多く開催されてきましたが、ツタンカーメンなどファラオに関する宝飾品や、ピラミッドの埋葬物などが主なテーマでした。近年はミイラの展覧会も人気ですね。そんななか、この展覧会のテーマは「天地創造の神話」がテーマ。エジプトの神々の世界を扱う展覧会っていうのは、これが初めてだと思います。

(右)早稲田大学文学学術院の近藤二郎教授

片桐 最初に展示されているアヌビス神も姿も名前も知っているけれど、どういう役割なんだろう? という状態です。

近藤 アヌビス神は死者の埋葬や遺体のミイラづくりを扱う神様。山犬の姿をしています。エジプト王朝は紀元前3000年頃から生まれて、紀元前30年にプトレマイオス朝の女王クレオパトラが亡くなるまで、約3000年の歴史があります。そのなかでもアヌビス神は古株の神様。あとから出現した神話や神様などもいたりもするんですよ。

《腹ばいになる山犬の姿をしたアヌビス神像》前1550~前1070年頃

片桐 日本だと縄文時代でのんびり土器を作っていた頃。なのにエジプトってそんな昔から文明があって、神話があって、文字もあって、すごいな。

近藤 宗教都市であるヘリオポリスの神話では、世界は「ヌン」という混沌の海から生まれたと言われています。「ヌン」から、最初の神様であるアトゥムが出現し、8柱の神々が生まれ、アトゥムとあわせて9柱神が中心となります。

片桐 神様がたくさんいるんですねえ。オシリスにイシスに、セトにネフティス……。覚えきれない!

近藤 神の数も多く、抽象的になりがちなので、この展覧会ではアヌビス神をナビゲーターにしたアニメーションを各章ごとに放映して、抽象的な神話の世界をわかりやすく解説しています。

各章ごとに設置されているアニメーション(※アニメーションは撮影不可)

片桐 このハヤブサも神様なんですか?

《ハヤブサの姿をしたホルス神の小像》前323〜前30年頃

近藤 オシリスとイシスの間に生まれたホルスという太陽の神です。オシリスは弟のセトに妬まれて殺された挙句、遺体は14に切り刻まれ、エジプト中にばらまかれてしまうんです。

妹で妻のイシスは、ばらばらになったオシリスの体を生殖器以外は全部回収し、包帯で包んで呪文をかけオシリスを復活させます。この復活後のオシリスとイシスの間に生まれたのが、ホルスです。生殖器のない夫婦の間に生まれる神というエピソードは、のちのキリスト教にも強い影響を与えたとされているんですよ。

片桐 一つの神様だけでも、その後ろに壮大な物語があるんですね! しかし、ホルスはなぜハヤブサの姿をしているんでしょう?

近藤 エジプトの空で一番速く翔んでいたからですね。エジプトでは、人間の能力や超えているものはすべて神とみなしていたんですよ。ハヤブサのほかに、ライオンやワニ、ヒツジやフンコロガシなどの姿をした神もいます。

片桐 癒やしの神様、バステトは猫なんですね。

《バステト女神座像》 前610〜前595年頃

近藤 バステトは時代が進んできてから現れた神です。というのは、かつてはエジプトでもカモシカなどの草食獣がいて多く生息していました。だから新王朝時代まではライオンの神々が崇められていました。しかし、ある時期から国土が乾燥化しライオンの数が極端に減少していきました。そのため、ライオンの女神の姿が、牝ネコの女神へと変えられたのです。ネコはライオンほど獰猛でないので、「いやし」担当になりました。ちなみに、エジプトにはいろいろな動物の姿をした神様がいるんですが、馬の姿をした神はいません。馬は新しくアジアからもたらされたからです。逆に、ワニの神様がいるのは当時その地にワニが暮らしていたからです。

片桐 地球の環境で神様も変化するのか。すごいな〜。

《セクメト女神座像》前1388〜前1351年頃

近藤 こちらはライオンの頭を持つセクメトという女神の坐像。神殿を取り囲むように600体以上の像が置かれていました。エジプトの人たちは作ったものにきちんと碑文をつけてくれるのでいつごろ作られたのか判別しやすいんです。ここに王様の名前が書いてありますね。ええと、アメンへテプ3世は…。

片桐 すごい、先生すらすら読める!

近藤 そんなに難しいものではないですよ。この2つの像の足元には方角の象徴であるパピルスとロータス(蓮)の文字も刻まれている。だから、向いていた方角もわかるんです。

片桐 この展示室に書いてある碑文が全部読めたら、もっと面白くなるんだろうなあ。

第二章 「ファラオと宇宙の秩序」

近藤 エジプトがどのようにして生まれて、どんな神様が生まれたのかを見たあとは、神と人間との関係にスポットを当てていきます。エジプトでは人類のリーダーであるファラオ(王)が、神様が作った秩序(マアト)を遂行する役割を持ちます。

片桐 人物像が多く出てきますね。それにしてもみんな上手。紀元前に作られたものとは思えない

《ハトシェプスト女王のスフィンクス像(胸像)》前1479~前1458年頃

近藤 こちらはハトシェプスト女王の胸像です。なのですが、じつはかつてはスフィンクス象として作られたでした。本来だったらライオンの体を持っていたのですが、破壊されてしまいました。

片桐 本当だ。後ろ側に回ってみたらノミのあとが生々しい。しかし、削り方が乱暴だな〜。もっときれいに削れると思うんだけど…。

《ネフェルトイティ(ネフェルティティ)王妃あるいは王女メリトアテンの頭部》前1351〜前1334年頃

近藤 この像は未完成状態なんですが、非常に美しいですよね。頭になにかをかぶせる予定だったと言われています。

片桐 エジプトの人物像は本当にリアリスティックですね。美しい顔だ……。と思ったら、面白い造形のものもたくさんある。このヒヒの像も面白いです。びっくりポーズだ。

《礼拝するヒヒの姿をしたトト神とアメンへテプ3世》前1388 〜前1351年頃

近藤 ヒヒの姿をしているのは知恵の神トトなんです。そして、トトの前にいるのは前にいるのはアメンヘテプ3世。エジプトでは太陽に向かって祈るとき、手のひらを太陽に向けるんです。なので、このヒヒは、王様を守りつつ祈ってもいるんですね。

片桐 手のひらを太陽に向けるのが祈りのポーズっておもしろい。一緒に写真撮っちゃお。

近藤 この展覧会は写真撮影OKなんですが、ここだけの話、作品をお借りしてきたベルリン国立博物館群エジプト博物館よりも、明るくて写真が撮りやすいんです。たくさん写真を撮ってみてほしいですね。

近藤 古代のエジプト人にとって太陽はとても大切なもの。このピラミディオン(小ピラミッド)にも手のひらを太陽に向けている像が掘られていますね。

《プタハメス墓のピラミディオン》前1388〜1351年頃

片桐 夢にでてきそう。まんがに出てきそうなオブジェです。

《創造の卵を持つスカラベとして表現された原初の神プタハ》前746〜前655年頃

近藤 プタハという神様ですね。先程出てきたセクメトの夫で、創造神であり、メンフィスという土地の守護神でもあります。スカラベの体に人間の手足がついています。体の下に丸い物体がありますが、創造神の起源となった卵なんですね。

片桐 神話のストーリーもぶっ飛んでいますが、造形物もシュールで面白い。しかも上手だから素晴らしいです。

第三章「死後の審判」

《タイレトカプという名の女性の人型棺・外棺》前746〜前525頃
《タイレトカプという名の女性の人型棺・外棺》前746〜前525頃

近藤 そして、最後の章となります。古代エジプトでは人は死んだあとも復活すると考えられていた。そのために、遺体は心臓以外の内臓と脳を摘出し、防腐処理を施してミイラにしているんです。この容器は取り出した内臓を収納するための容器。ホルスの4人の息子たちの姿をしています。

《タバケトエンタアシュケトのカノポス容器》前841〜前816年頃

片桐 死に対する考え方が独特すぎて面白いです。腸や脳をしまっておくのか…。

近藤 古代エジプト人は死んだ後もナイル川流域のような世界で、生きていたころと同じように農耕生活を送るとされています。死後は楽園に行くって考えられている宗教や文化が多いから、この点も変わっていますね。

片桐 パラダイスじゃないんだ!

近藤 全く変わらないんですよね。生きていたころと同じような生活を送るために、お金をかけてミイラになったり、装飾品を飾ったりするんですよ。

《タレメチュエンバステトの『死者の書』》前332〜246年頃

近藤 こちらは死者とともに埋葬された死者の書です。古代エジプトでは、死者はまずアヌビス神にマアトの広間に案内され、そこで審判が行われます。エジプトでは、人間が考えたり思ったりするのは脳ではなく心臓とされてきました。死者は広間で自分の心臓とマアトを象徴する羽を天秤ばかりにかけ、釣り合った場合は復活が許されます。釣り合わなかった場合は、アメミトという怪物に食べられてしまうんです。

《タレメチュエンバステトの『死者の書』》前332〜246年頃 部分

片桐 中央にあるのが天秤。これで測っているのかー。天秤の横にいるのがアメミトですね。こういう話を知っていて見ると本当におもしろい

近藤 この死者の書は女性のもので、死後の復活が許されたと書いてあります。

《デモティックの銘文のあるパレメチュシグのミイラ・マスク》

近藤 このマスクはローマ支配時代に作られたものですね。エジプトは紀元前30年にローマ帝国に滅ばされましたが、キリスト教が入ってくるまでは住民たちは変わらずにエジプトの神々を信仰していたんです。時代が進んでいるので、3000年も歴史があると文字も進化しまして、このマスクに描かれている文字は「デモティック(民衆文字)」というものです。

片桐 なるほど、日本も漢字からひらがな、カタカナって変化していきましたもんねえ。マスクや棺、宝飾品などを見ていくとエジプトの人たちは死後の世界を本当に大切にしているんだって感じます。

近藤 そして、エピローグです。古代エジプトでも世界は永遠に続くわけではなく、いつか終末が訪れ、ふたたび世界は混沌とした「ヌン」に戻ると考えられていました。ただ、ヌンの状態でもアトゥム神とオシリス神は生き残り、ふたたび秩序ある世界を作っていくんです。

片桐 おもしろい。世界は滅びてもまた再生するんですね

近藤 展覧会の最後に展示した《3匹の魚とロータスを描いた浅鉢》は、このめぐりゆく世界を象徴したものです。生命力を与えるナイル川の象徴としての魚とロータス(蓮)の花で飾られています。

《3匹の魚とロータスを描いた浅鉢》 前1450~前1400年頃

片桐 魚は頭が一つで体は3つ、すごい絵柄だ

近藤 この鉢は、じつは展覧会図録では作品番号1として最初に紹介されている作品なのです。生命の始まりを象徴するものですから。けれど、この展覧会場では最後に展示しています。この世界に終末が訪れても、また再び始まるから、という意味を込めているんですよ。

片桐 なるほど、巡り巡っているんですね。深いな〜。

古代エジプトの造形物って、ただそれだけ見ているだけでも面白いのですけれど、先生のお話を聞いて、神々の名前やその役割、古代の人々が何を大切にしていたかを知ってから見ると、面白さの段階がケタ違いでした。エジプトの神様について家に帰って復習して、また見に来たいと思います!

構成・文:浦島茂世 撮影:星野洋介

プロフィール

片桐仁 

1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催。

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