展示風景より( 中央)ハンガリー ジョルナイ陶磁器製造所《水草文花器》1903年
19世紀後半、日本からやってきた美術工芸品はヨーロッパに衝撃と熱狂を巻き起こし、「ジャポニスム」と呼ばれる流行のスタイルが誕生した。パナソニック汐留美術館で12月19日(日)まで開催されている『ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ』では、ジャポニスムとアール・ヌーヴォーをテーマに、ブダペスト国立工芸美術館のコレクションを紹介する。
古くからヨーロッパでは日本や中国の工芸品を憧憬の的として扱ってきた。漆器類は16世紀後半から盛んに輸出されていたし、繊細で色鮮やかな有田焼は17世紀からはじまり、装飾や形状などヨーロッパの多くの窯が手本としてきた。
そして19世紀後半、各地で開催された万国博覧会などをきっかけに日本の美術工芸品がヨーロッパに大量に流入。人々は熱狂し、工芸品やデザインに日本の影響が色濃く出た、いわゆる「ジャポニスム」、そしてアール・ヌーヴォーの源泉となっていく。
本展は、日本の美術工芸品が西洋にどのような影響を与えたのかを、ブダペスト国立工芸美術館の名品でたどっていくものだ。
ブダペスト国立工芸美術館は、ハンガリーの首都ブダペストに1872年に創立された美術館。国内外の第一級の工芸品を収集していることで知られ、アール・ヌーヴォーのコレクションは1900年のパリ万国博覧会や、館内で毎年開催されていたクリスマス展覧会で買い上げた作品によって築かれている。
展覧会は6章構成。「第1章 自然への回帰 -歴史主義からジャポニスムへ」では日本や東洋の影響を強く受けた工芸品を、「第2章 日本工芸を源泉として -触感的なかたちと表面」では、東洋の陶磁器で用いられている釉薬や顔料の使い方に影響を受けた工芸品を、それぞれ紹介している。
窯の中で偶然起こった変化を尊ぶ東洋の陶磁器の価値観は、意匠や装飾に合わせ釉薬や顔料を配合した完全な仕上がりのものを高く評価するヨーロッパの人々の目にはとても新鮮に映ったようだ。作陶家や窯は、東洋の陶磁器の色や斑紋の組み合わせなどを参考に、さまざまな釉薬の実験を重ねていく
続く「第3章 アール・ヌーヴォーの精華 -ジャポニスムを源流として」は展覧会のメインとなるセクション。ジャポニスムを源泉のひとつとして発展したアール・ヌーヴォーの作品群を丁寧に紹介していく。
3章は花、鳥と動物自然をモチーフにした作品のほか、独自の製法で鮮やかな輝きを見せるガラス作品、伝統的な装飾モチーフなど、アール・ヌーヴォーという様式のなかにさまざまなバリエーションがあることが見てとれる。
本展は、ミントン社やエミール・ガレ、ドーム兄弟にルイス・カンフォート・ティファニーなど名だたる陶磁器、ガラス工房の作品が出展されているほか、ハンガリーの名窯、ジョルナイ陶磁器製造所の作品も多数出品されているのが見どころのひとつ。《葡萄新芽文花器》などに使われた玉虫色に輝くエオシン彩は本製造所が開発した装飾技法で人気を博した。
下の写真の花器もジョルナイ陶磁器製造所の制作。右が日本趣味文様花器、左がハンガリー民芸文様花器と銘打たれている。日本美術のさまざまな文様を取り入れ、自分たちのものにしているところが非常に興味深い。
そして、日本の美術工芸の影響は、陶磁器やガラスだけにとどまらない。壁を装飾するタイルもまた日本の影響を受け、意匠や釉薬の使い方などに変化が現れていた。「第4章 建築の中の装飾陶板 -1900年パリ万博のビゴ・パビリオン」では、1900年開催のパリ万国博覧会のために作られた装飾陶板を展示する。
アール・ヌーヴォーが植物の有機的な動きを文様にした一方で、植物を用いながらも直線的、幾何学的な様式に発展させたのが、ドイツ語圏で発展したユーゲントシュティールだ。
「第5章 もうひとつのアール・ヌーヴォー -ユーゲントシュティール」では、アール・ヌーヴォーとは趣きが異なる様式を紹介する。
日本の影響を強く受けて生まれたアール・ヌーヴォーに続く様式がアール・デコだ。最終章となる「第6章 アール・デコとジャポニスム」では、このアール・デコ様式も日本の影響を受けていることをガラス器などから検証していく。
本展は約170件の作品をもって19世紀から20世紀までのヨーロッパ工芸における日本の影響を辿ることができる貴重な展覧会。日本の美の概念を、ヨーロッパの人たちがどのように受け入れ、発展させていった道のりを楽しんでみよう。
取材・文:浦島茂世
【開催情報】
『ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ』
2021年10月9日(土)~12月19日(日)、パナソニック汐留美術館にて開催
※日時指定予約制
https://panasonic.co.jp/ew/museum/