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【おとな向け映画ガイド】

ジャームッシュ作品と尾崎世界観の楽曲からインスパイアされた『ちょっと思い出しただけ』

ぴあ編集部 坂口英明
22/2/6(日)

イラストレーション:高松啓二

今週末(2/11〜12)の映画公開は17本。うち全国100館以上で拡大公開される作品が『ウエスト・サイド・ストーリー』『嘘喰い』『ちょっと思い出しただけ』の3本。中規模公開、ミニシアター系が14本です。今回はそのなかから、ラブストーリー『ちょっと思い出しただけ』をご紹介します。

あの愛おしい日々……

『ちょっと思い出しただけ』

尾崎世界観が作った「ナイトオンザプラネット」という、ジム・ジャームッシュの作品にオマージュを捧げた歌があり、友人である松居大悟監督が映画にしたいと考えた。この曲が最後に流れる日本映画ってどんな感じになるんだろう、と発想が広がった。

ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、世界5つの都市の同じ時間に、タクシー車内でおきるドラマ。時差があるから、ロサンゼルスは夕方、ヘルシンキでは早朝になる。それをまるでひと晩の話のようにつなぎあげた。そこからヒントを得て、同じ日付・同じ場所から始まるドラマを、時をさかのぼって描くというこの映画のアイデアが生まれた。

その日、7月26日は、主人公照生の誕生日。始まりは、明らかにコロナ禍の東京、オリンピック開催中のようなので、2021年とわかる。ここから、過ぎ去った6年間を1年ずつ逆行する。照生の部屋にかけられたレトロなデジタル時計の日付が、同じ7月26日なのに曜日がちがうことで、別の年のシーンだとわかる。微妙に部屋のあちこちもちがう。彼と、そして一緒に暮らした葉との愛おしく、ちょっぴりせつない日々が、終わりから始まりへ巻き戻されていく。

照生は、元ダンサー。足を痛めてしまい、いまは舞台照明の仕事をしている。葉はタクシードライバー。この設定がジャームッシュ映画とつながる。照生が振り付けをした舞台を偶然葉が観に行ったことから恋が始まり……。

ふたりで寄り添いながら『ナイト・オン・ザ・プラネット』のDVDを観て、ウィノナ・ライダー扮するロサンゼルスのタクシードライバーの真似をして遊んでみた夜もあった。ある年の誕生日に長髪の照生に似合うと葉が贈ったバレッタ、ふたりで飼っていた猫の「モンジャ」、ラジオから毎朝流れるストレッチ体操の音楽、たわいないことばやしぐさ……。ジャズのスタンダード曲「ジーズ・フーリッシュ・シングス」みたい。思い出はささいなところに残っています。

照生を池松壮亮が、葉を伊藤沙莉が演じています。街を歩くとすぐそこにいそうな、カジュアルなふたりです。ジャームッシュ映画つながりで、彼の作品に何本も出演したことのある永瀬正敏や、まるでトム・ウェイツのような尾崎世界観、ジーナ・ローランズのような高岡早紀。ほかに、ふたりの行くバーの主人・國村隼、こんな粋なタクシー運転手がいたら最高と思わせる鈴木慶一など、思い出を彩る登場人物たちも、印象に残ります。

ストーリーをきいて『花束みたいな恋をした』のような作品を想像された方も多いと思います。もちろんその感じはあるし、それを期待されてもきっと満足するでしょう。かもしだす世界にはまったら、感動した映画というより、好きな映画、お気に入りの映画の一本になるのでは。私は、大好きな『ナイト・オン・ザ・プラネット』と、ウディ・アレンの『アニーホール』をもう一度観たくなりました。

【ぴあ水先案内から】

高崎俊夫さん(フリー編集者、映画評論家)
「……控えめな、あくまで語り過ぎない<語り口>こそが、この映画のもっとも好ましい美点……」

高崎俊夫さんの水先案内をもっと見る

平辻哲也さん(映画ジャーナリスト)
「……1、2月の邦画ベスト。映画賞の候補にも挙がる傑作。」

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(C)2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会