【おとな向け映画ガイド】沢田研二が醸す円熟の色気、美しい日本の四季と食を堪能する『土を喰らう十二ヵ月』
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今週末(11月11日〜12日)の公開映画数は24本。全国100館以上で拡大公開される作品が『すずめの戸締まり』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』『土を喰らう十二ヵ月』『あちらにいる鬼』といずれも話題作4本、中規模公開・ミニシアター系が20本です。今回はその中から沢田研二主演作『土を喰らう十二ヵ月』をご紹介します。
『土を喰らう十二ヵ月』
素敵に年輪を重ねたまさに円熟の沢田研二、日本の里山の移ろいゆく四季、野菜の美味が伝わる料理の数々、この三つを愛でる映画だ。
原案は『飢餓海峡』など映画化作品も多く遺した小説家・水上勉の、1978年に書かれた料理エッセイ。それを『ナビィの恋』や『ホテル・ハイビスカス』が代表作、どちらかというと沖縄のイメージが強い中江裕司監督が映画化した。
信州の山間の村、囲炉裏のある古民家を改造した山荘に、犬一匹と暮らす老作家が、子どもの頃に京都の禅寺へ修行にだされて覚えた精進料理を思い出し、家の前の畑で育てた野菜や、周囲の山で収穫した山菜を使って作る。雪が積もった畑から野菜を掘り起こす真冬に始まる十二ヵ月の、食をめぐる物語。
水上勉本人がモデル、その名もツトムさんとよばれる作家を演じるのが沢田研二だ。設定だけ読むといかにもじじむさく、老境映画の趣を感じられると思うが、そんなことはない。いい男の沢田と、松たか子扮する、原作にない、ずいぶん年下の恋人真知子がからむと、ほんわりとした大人のラブストーリーの味わいもでてくる。
真知子はツトムの担当編集者であり、東京から車を運転してやってくる。彼女が来る日、さあ何を食べさせようか、お酒は何にするか……こころときめくツトムさんである。水上勉は若い頃も年をとってからも、かなりモテただろうなと思うイケメンさんだが、沢田研二が演じると、それに“三倍ほど”魅力が加わる。
東京から来た真知子を歓迎し、ツトムがお茶をたてるシーンがある。みつめていた真知子が思わず、
「いい男ねえ」とつぶやく。
「せやろ」とツトムが返す。
この「せやろ」が絶品である。「そんなことはない」でも「何いってんだよ」でもない。モテてきた男にしか似合わないセリフだ。男の色気の年季がちがいます。
沢田は昨年、急逝した志村けんのピンチヒッターとして山田洋次監督の『キネマの神様』に主演したが、実はその作品に入る前から、一年半がかりのこの映画の撮影に取り組んでいたという。
映画制作は、まず舞台となるツトムの山荘探しから始まった。白馬で人が住まなくなってから50年がたつ村をみつけ、茅葺き屋根の家を全面改造、家の前の空き地はスタッフが総出で一面の熊笹を伐採し、畑にして土を生き返らせ、野菜を育てた。撮影に使われた食材はすべてスタッフが育てたものだ。季節の変化がより際立つよう、「立春」「啓蟄」「清明」……二十四節気を用いて表現される日本の四季と、その食材が時にはさわやかに、時には温かく、鮮やかに描かれていく。
重要なみどころ、精進料理は、料理研究家の土井善晴さんが初めて監修した。映画公開にあわせて刊行された『土を喰らう十二ヵ月の台所』という中江監督と土井さんとの共著を読むと、料理だけでなく、それを盛り付ける器や食器にも細かい心配りがされていることがわかる。この本では「さんしょ」と名付けられたツトムさんの愛犬の飯椀までが話題にされている。
ツトムの山菜採りの師匠役の火野正平、義母役の奈良岡朋子、昔奉公した禅寺の和尚の娘・檀ふみといったシブい脇役たち。フリージャズではじまる音楽は大友良英が担当。味のある書体を用いたポスター題字は型染職人・山内武志の作、などなど、特記したいことがたくさんある。描かれているのはつつましく質素な世界だが、ついやされた時間と才能、内包する奥深さを考えると、こんなにぜいたくな映画はない。ことしを代表する1本と思う。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
高崎俊夫さん(フリー編集者、映画評論家)
「……〝食〟と〝死〟が見事にせめぎ合った傑作だ……間違いなく中江裕司の代表作となるだろう。」
佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト、作家)
「……何より、土井善晴さんの料理が堪能でき、料理好きの人ならすべてのシーンに感動するだろう。」
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
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