今年は新部門を設立。映画も食事も街も楽しめる、より“開かれた”映画祭
日本最大級の映画祭「東京国際映画祭」が10月28日(月)から11月6日(水)まで開催される。
本映画祭は2019年に安藤裕康氏がチェアマンに、長年に渡って東京フィルメックスのディレクターを務めてきた市山尚三氏が2021年からプログラミングディレクターに就任し、六本木から銀座エリアに会場を移して、さまざまな改革を行なってきた。
東京での映画祭を世界標準の内容に、映画だけでなく東京の魅力も伝わるイベントに、映画愛好家だけでなく誰もが参加して楽しめる内容に。その道のりは長く、一朝一夕にできるものではないが、近年の東京国際映画祭は着実に、そして大きな変化を遂げている。
本映画祭が目指す場所、そして今年の注目ポイントを安藤チェアマンと市山ディレクターに聞いた。
“なぜ、本映画祭は新部門を設立したのか?
映画祭はいくつかの部門が用意されている。世界各国・地域から集まった作品から厳選された15本が上映され、各賞が決定する「コンペティション部門」をはじめ、アジアの優れた作品を上映する「アジアの未来」、日本公開前の最新作をプレミア上映する「ガラ・セレクション」、現在の世界の映画界の潮流を示す「ワールド・フォーカス」、日本の名作を紹介する「日本映画クラシックス」、毎年多くの観客が集まる「アニメーション」など盛りだくさん。
そして本年度から女性監督による作品を特集する「ウィメンズ・エンパワーメント」部門が新設された。アンドリヤナ・ツヴェトコビッチ氏がシニア・プログラマーを務め、7作品の上映とシンポジウムが開催される。
安藤 “Collectif 50/50”という国際的活動があります。映画祭の作品や事務局の構成をできるだけ女性と男性“50:50”にしていきましょうという映画界の運動があるんです。アジアの映画祭はこれまでその運動に参加していなかったのですが、2021年に東京国際映画祭がアジアで初めて参加したんです。そこが、新部門の原点になっています。年々、世界で女性に関する問題は大きくなっていますし、我々は映画祭として女性の活躍をポジティブな意味で取り上げたいと思っています。そこで上映も行いますし、シンポジウムもやっていきます。ですから、新部門にいたる動きはずっとあったということですね。
市山 映画をつくる上では“性差”というものはまったくないと思っています。これまでは大手の映画スタジオが女性の監督を積極的に採用してこなかった時期があって、ハリウッドでは近年、クロエ・ジャオがマーベル・スタジオ映画を監督したり、インディペンデントで活躍している女性監督がハリウッド・メジャーの作品を監督するケースが増えています。でも、まだその他の国ではインディペンデントでは活躍していますけど、メジャーな大作を任されることが少ない。でも、実際に起用されたら、できる監督はたくさんいると思うんです。早くそういう状況になってほしいと思っていますし、まずは映画祭でインディペンデントで活躍している女性監督の作品をより多く上映していきたいと思っています。
ただ、セレクションの際に“女性監督だから”ということを考慮したくはないんです。女性監督の作品だから、男性監督の作品を落として上映することはしたくない。あくまでも監督が男性か女性か知らないで観て、良いものを選んだ結果、その年は女性監督の作品が多かったり、少なかったり、というのが、あるべき姿だと思います。これまでは、他の映画祭のコンペティションにすでに出ているとか、少し前の作品だということで行き場のなかった作品を、今年から新しい部門で上映できる。今年は7本上映しますけど、中にはワールド・フォーカス部門で上映しようかと考えたものもありますし、実際には話題にのぼったけど上映できなかった作品もあるので、選んだ結果として7本になったということです。
映画祭がアニメーションやクラシック映画を上映する理由
映画祭は新作映画だけを上映する場ではない。すでに公開されたもの、映画ファンであれば繰り返し観ているであろう作品もスクリーンで上映される。本年度の「日本映画クラシックス部門」は生誕100周年の増村保造監督や没後10年の高倉健の特集が行われ、国立映画アーカイブとの共催で2022年12月にこの世を去った巨匠・吉田喜重監督の特集が行われる。
市山 新作はこのタイミングで見逃しても他の映画祭や公開のタイミングで観られると思うんです。シンガポールの人が東京でその映画を見逃しても、シンガポール映画祭で上映があるかもしれない。でも特集上映は他の映画祭ではまず観られないですし、上映素材が35ミリフィルムしかない作品は海外でたくさん上映されるわけではない。ですから、映画祭にとってクラシック作品、特に自国の作品を紹介する部門は必ず必要だと思います。
カンヌやヴェネチア、ベルリンにもクラシック部門があって、僕も観に行って発見があるんです。名前だけは知っていたけど、まだ観たことのなかった映画とかもありますからね。東京フィルメックスのプログラム・ディレクターをやっていた時は、海外のクラシック部門で観た作品の監督の特集をやっていたこともあるんです。ブラジルのジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督の特集をやったことがあるのですが(2008年の第9回東京フィルメックスで5作品が上映された)、カンヌで『マクナイーマ』の修復版を観て、翌年に特集を組みました。だから今年、吉田喜重作品を観た海外の映画祭プログラマーが自国に戻って特集を組むこともある。映画祭のクラシック部門にはそういう広がりがあるんです。
映画も食事も街も楽しめる映画祭
世界標準の秀作、日本から海外に出ていく日本映画の傑作が揃う一方で、本映画祭はたくさん映画を観ない人、映画祭が行われる銀座エリアで生活している人が気軽に楽しめるプログラムもたくさん用意されている。
10月18日(金)から11月4日(月・休)まで52店舗が参加する「ダイナースクラブ 銀座レストランウィーク 2024 Autumn」が開催され、映画祭のオフィシャルサイトでも紹介がされている。「なぜ、映画祭がレストランウィークの紹介を?」と思う人もいるかもしれない。しかし、これには非常に重要な意味がある。
安藤 映画祭をやっていく上では“華やかさ”も大事だと思うんです。だから可能な限りたくさんイベントをやりたいと思っています。今年も交流ラウンジがありますし、会場が東京ミッドタウンの「レクサス ミーツ」になって、より広くて快適な環境になると思います。無料の屋外上映も引き続き行います。
市山 屋外上映があることで会場の雰囲気も違いますし、通りすがりの人が「映画祭やってるんだ」と気づいてくれるのも大きいですよね。
安藤 銀座は映画の街ですが、映画以外にも魅力的なものがたくさんある。だから映画祭に来ていただいて、食事もできるし、買い物もできる。映画祭をこの街の魅力も含めてアピールできればと思っています。
市山 サン・セバスティアン国際映画祭に行く人の目当ての半分は食事だと思うんです(笑)。映画祭会場の近くにレストラン街あって、参加者は映画を観て、食事をして、また映画に戻る。どの店に入ってもめちゃくちゃ美味しいんですよ。東京も美味しい店がすごく多いんですけど、これまでは映画祭がそこまでアピールしてこなかったので、そこはちゃんと言っていきたいですよね。
安藤 中には「映画祭で食事?」とおっしゃる方もいるかもしれないんですけど、映画祭で一緒に何かを食べたり、飲んだりしながら語り合うことで連帯が生まれ、ネットワークができていくんだと思うんです。だから、映画祭が食事のことを語るのはすごく意味のあることなんです。
市山 食べることが嫌いな人は少ないですからね。
安藤 それから会場のある千代田区に在住・在勤・在学の方を招待する枠も大きくしました。とは言え、「映画祭は良い映画を選んで上映するだけでいいじゃないか」という方も多いんです。そこは時間をかけて説得しているところですね。
市山 海外の映画祭に行くと、その映画祭が人を集め、人気を集める理由のひとつに“食事”があるとわかるんです。
安藤 そうなんですよね(笑)だから映画も観て、食事も一緒に楽しんでいただけたらうれしいですよね。
映画好きも、たまにしか映画を観ない人も、予定を立ててチケットを確保している人も、まだチケットは持っていないけどまずは会場に足を運んでみようという人も、東京国際映画祭は“開かれた”催しとして観客を受け入れる。
プログラマーが厳選した映画がある、ここでしか観られないイベントがある、無料上映もあり、当日に買えるチケットもあり、映画を観る前後で食事をしたり、銀座の街を楽しむことができる。興味深いのは、これらの行動が巡り巡って、日本映画の飛躍や、新作映画誕生のきっかけになるのだ。
ぜひ、会場に足を運んで、映画を観て、交流して、共に“未来の映画”が生まれる一役を担ってほしい。
プロフィール
安藤裕康(あんどう ひろやす)
1944年生まれ。1970年に東京大学を卒業後、外務省に入省。外交官として米国、フィリピンや英国での勤務を経て、内閣総理大臣秘書官、在米国日本国大使館公使(特命全権)、中東アフリカ局長、在ニューヨーク総領事(大使)、内閣官房副長官補、駐イタリア特命全権大使等を歴任。2011年10月より2020年9月まで国際交流基金理事長として、外国との文化交流に取り組む。2019年の第32回TIFFよりチェアマンに就任。
市山尚三(いちやま しょうぞう)
1963年生まれ。松竹、オフィス北野をベースに主に海外の映画作家の作品をプロデュースする。主な作品にホウ・シャオシェン監督の『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998)、カンヌ映画祭審査員賞を受賞したサミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード』(2000)、カンヌ映画祭脚本賞を受賞したジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』(2013)等がある。また1992年から1999年まで東京国際映画祭の作品選定を担当。2000年に映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、ディレクターを務めた。2013年より東京藝術大学大学院映像研究科の客員教授。2019年、川喜多賞受賞。2021年、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターに就任。
開催概要
期間:2024年10月28日(月)~11月6日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区
※映画祭公式サイトにて、メルマガ会員向け抽選販売、先行抽選販売に続いて、10/19(土)に一般販売を部門別で開始。詳細はこちら
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