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ヴァーチャルで探る、亡き母の『本心』──池松壮亮主演、石井裕也監督【おとなの映画ガイド】

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『本心』 (C)2024 映画『本心』製作委員会

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『月』『愛にイナズマ』など人間の本質を描く名手、石井裕也監督の映画『本心』が、11月8日(金) に全国公開される。原作は芥川賞作家・平野啓一郎による同名の近未来小説。今よりテクノロジーが進んだ世界で、亡くなった母を仮想空間に蘇らせて、ある秘密を知ってしまう男の物語。主演は池松壮亮。リアルの母とヴァーチャルの母2役を田中裕子が演じている。AIが急激に普及し始めて、ちょっと恐ろしささえ感じる現在、まさに観るべき傑作だ。

『本心』

家族や恋人、あるいは共に暮らした大切なペットと死に別れたことのある人なら、「もう一度会いたい」と切に願う気持ちはわかると思う。たとえ“ヴァーチャル(仮想現実)の世界”であっても、在りし日の姿で現れて、ふつうに会話もできるとしたら……。

この映画の主人公、石川朔也(池松壮亮)も、それを望んだひとり。彼は、母(田中裕子)を災害から助けようとして重傷を負い、1年もの昏睡状態に陥る。目覚めた時に、母が「自由死」を選択して自ら命を絶ったことを知った。「幸せそうだった母が、なぜ?」その真意を知りたいと思った彼は、仮想空間上に“人間”を作るVF(ヴァーチャル・フィギュア)の存在を知り、貯金をはたいて開発者(妻夫木聡)に「母の作成」を依頼したのだ。

原作小説では2040年代のストーリーという設定だったが、映画はそれをかなり前倒しして2026年にしている。小説の新聞連載が終了した2020年に、予想もしなかったコロナ禍が発生し、テクノロジーの進化を背景としたリモートワークやネット配信サービス、デリバリーなどの普及が急激に進んで、生活様式が格段に変化、さらに2022年には「ChatGPT」登場もあり、「この数年でリアルのAI技術が予想を上回って進歩している」(本作のAI監修・清田純氏)。近未来の夢物語を描いたSFではなく、現在と地続きの、明日あさってにも起きるかもしれないリアリティを帯びてきたからである。

「自由死」も、必ずしも絵空ごとではない。オランダをはじめ、ベルギーやルクセンブルク、カナダ、コロンビア、スペイン、ニュージーランドでは尊厳死や安楽死が認められている。尊厳死と自由死は、全く違うものだけれど、数年前に経験したようなパンデミックや少子化が予想もしない方向に進むと、何かの拍子に突然成立する可能性はゼロではない。そういえば、75歳以上の人が生死を選択できる制度をテーマにした『PLAN 75』という不思議に生々しい映画が登場したのも2022年だ。

ストーリーに話を戻すと、朔也は、ロボット化の波で職も失い、世話焼きの幼なじみ(水上恒司)が紹介してくれた「リアル・アバター」の仕事につく。カメラ搭載のゴーグルをつけて、依頼主の分身(アバター)となり、指示通りに動くという、いわば“便利屋”の進化系。今でも技術さえあればすぐ普及しそうな仕事内容だ。彼はそれを通じて、死を覚悟した老人の夢を叶えたり、悪意のある理不尽な要求を実行するなど、様々な経験をしていくのだが、そのうちに、自分自身のアイデンティティまで見失い始める。そんな中、母の親友だったというミステリアスな女性、三好彩花(三吉彩花……名前の激似は奇遇らしい)に接触し、母の、隠された一面と秘密を知ってしまうことになる……。

連載中の小説を読んで感動し、石井監督にこの映画化を提案したのは、主演の池松だ。初めて石井作品に出演した『ぼくたちの家族』からちょうど10年、「もう一度、母が題材になるこの作品で石井さんと向き合うことができたら」という想いだった。

原作者の平野啓一郎氏の快諾を得てから、石井監督は100回近く脚本の改稿を重ねたという。7歳の時に母を亡くしている監督にとって、母は永遠のテーマであり、「傲慢ないい方をすれば、自分の話だと感じました。主人公が抱えている不安は今後確実に自分も追体験するものでしょうし、その状況においてどう生きるかを物語の柱にすれば画期的で面白い映画になると確信しました」と語っている。

その思いに応えて、主演の池松に加え、母親役の田中、VF開発者役の妻夫木聡や幼なじみ役の水上恒司、アバターデザイナー役で仲野太賀、VF役に綾野剛、リアル・アバターの依頼人として田中泯といった今を代表する実力派俳優が集まった。

そういえば最近、スーパーに買物に行くとよく見かけるのは、客からネット注文があった商品を店員がピックアップしている姿。ゴーグル型デバイス「Apple Vision Pro」もついに発売されたし、街中でゴーグルをつけてうろうろする「リアル・アバター」が出現する日も近い。

でかいヘッドホンが小さなワイヤレスイヤホンに取って代わったように、きっと瞬く間にゴーグルもコンタクトレンズか何かに進化して、アバターの存在さえ識別できなくなるだろう。ヴァーチャル世界とリアル世界があたり前に同時並行して動く社会、なんてことも起こりそうだ。それも至って近い未来に。

監督は「テクノロジーの発展が一気に進み、社会が急激に変わりゆく中で迷子になりかけている感覚は僕個人だけのものでなくて、大なり小なりみんな一緒。このみんなが抱えている不安を映画にしたいと思った」という。

便利になるかもしれない。夢が叶う、のかもしれない。だが、本当にそれはいいことなのか。亡くなってしまった人のVFに“演技”をさせ、3D映像にする。思い出のなかの人をあたかも目の前にいるように蘇らす。神の領域に踏み出したわれわれの未来はいったいどうなるんだろう、不安の時代のとば口に立ち、どこか途方にくれているような──そんないまの空気を感じられる作品です。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

中川右介さん(作家・編集者)
「……深刻な題材とテーマなのに、見事に娯楽映画にしている……」

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