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アジア圏を賑わす問題作『石門』がついに日本上陸
世界各地の映画祭で絶賛を集め、数々の映画賞に輝いた傑作『石門(せきもん)』が2月28日(金)から公開になる。本作はタイトルの通り”石の門”のように重くたちはだかる壁・扉を前に、人生を何とか切り開こうとする主人公のドラマを、重厚な語りで描き出していく。
第1回
”望まない妊娠”からはじまる想定外の物語と痛み
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本作の主人公リンは、中国の湖南省長沙市で暮らす20歳の女性。フライトアテンダントになるために勉強を続けているが、経済的にも苦しく、日々、単発の仕事でお金を稼ぎながら夢を追っている。
ある日、彼女は郊外で診療所を営む両親が死産の責任を追求されて賠償金を迫られていることを知る。母は金を得ようとマルチ商法まがいの行為に手をつけており、リンが親に頼れる余地はどこにもない。
さらにリンは自分が妊娠していることを知る。父親である元・恋人とは別れたばかりで、会っても中絶してほしいと遠回しに頼んでくるばかり。しかし、リン自身も自分がどうしたいのかわからない。産みたいのか? それとも?
そんなある日、リンはあるアイデアを思いつく。それは死産させてしまったという母の訴訟相手に、自分の子供を提供し“賠償金の代わり”にすること。生まれてすぐに誰かに提供されるための子はリンの中で長い時間をかけて成長していく。
時間をかけて変化していくリンの身体、そこで生まれる痛み。自分の目標や夢は棚上げされ、彼女の前には“決して動かすことのできない壁”のような状況が立ちはだかる。それはまるで“石の門”のよう。それでも彼女はその重い門に手をかけ、必死にもがこうとする。
“女性の性”に向き合い続けてきた夫婦監督の最新作
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本作は、「望まない妊娠」という “女性・性”が抱えてしまう不条理な状況をモチーフに、彼女たちが社会的に置かれている状況、女性が強いられる経験と痛みを描いていく。さらに彼女の周辺で起こるエピソードを通じて、生命や医療の問題、経済格差の問題、遺伝子ビジネスの現状などが克明に浮かび上がってくる。
本作を手がけたのは、中国湖南省出身のホアン・ジー監督と、東京出身の大塚竜治監督。ふたりは私生活上では“夫婦”でもある監督コンビだ。
ふたりはこれまでに農村で出稼ぎをする14歳の少女の姿を描いた『卵と石』、16歳の少女の日常を描く『フーリッシュ・バード』を発表し、“女性の性”の問題を多角的に描き出してきた。両作、そして最新作『石門』もそれぞれが異なる作品でありながら、同じ問題意識を共有し、そのすべてで俳優ヤオ・ホングイが主演を勤めている。
ヤオ・ホングイの成長に沿うように、それぞれの主人公の年齢も上がり、そこで描かれる問題や感情も変化していく。長期に渡る撮影と状況に応じた脚本創りを通じて生まれた成果と、監督・主演俳優のコンビネーションが最新作『石門』のクリオリティの高さにつながっている。
本作では、物語の時間経過と俳優たちの変化、季節の移ろいが見事にシンクロしている。妊娠期間である“10か月”に渡る撮影が“この映画にしかない”豊かな表現と時間を生み出している。
メッセージを増幅させる主人公の魅力と映画的な豊かさ
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映画『石門』は、長い期間にわたって共に創作を続けてきたチームが、長い時間をかけて制作した極めて映画的に“豊か”な作品だ。
本作では、石門のように重い扉を前にした主人公リンの痛みや苦悩が重厚なタッチで描かれる。しかし、何よりもリンを演じた俳優ヤオ・ホングイの演技が圧倒的だ。劇中の彼女は多くを語るわけではないが、その表情の変化、ちょっとした仕草が主人公の感情の繊細な変化と、カメラには映らない“痛み”を見事に表現する。
本作の最大の魅力は思わず目を奪われる魅力的な主人公を描いたこと。どうにもならない状況で、それでも必死に生きようとする主人公リンの姿は、すべての映画ファンを虜にするだろう。
さらに映画の語りもとても豊かで、細部まで考え抜かれている。多くのカットで主人公のドラマと並行するように別の物語・モチーフがフレームの前景、あるいは後景に配置されている。一度目は主人公のドラマを追うように観賞し、再び観ると初見では気づかなかった動きや景色の美しさ、構図の精巧さに気づくはずだ。
重厚なテーマを扱う一方で、映画として魅力的で何よりも目が離せなくなる本作。その完成度の高さはすでに世界で絶賛を集めており、中国圏のアカデミー賞にあたる金馬獎では最優秀作品賞と最優秀編集賞を受賞。ベネチア国際映画祭、バンクーバー国際映画祭、トロント国際映画祭などでも高評価を集めている。
日本でも『石門』は多くの映画ファンを魅了し、口コミでその支持を広げていくことになりそうだ。
『石門』
2月28日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
https://stonewalling.jp
©YGP-FILM
第1回