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観れば観るほど楽しめる。『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』の多角的な魅力

映画
PR 第6回 2025年11月21日
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日本でも公開が始まった映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』が好評を集めている。ブルース・スプリングスティーンのファンだけでなく、彼の音楽をあまり知らなかったという映画ファンからも高評価が寄せられており、早くもリピーターも出現している。

そこで、本作を繰り返し観る際に注目したいポイントをいくつか紹介する。

ひとりでは達成できなかった。本作が描く友情ドラマ

本作は、シンガーソングライターであるブルース・スプリングスティーンの若き日を描いた作品だが、いわゆる“伝記映画”ではない。描かれるのは彼の人生のうちの数年で、彼があえてスポットライトから距離を置き、ひとりで自身の過去に向き合い、楽曲を完成させようと苦闘する姿が描かれる。

当時のブルースは疾走感のあるロックで一躍人気を集め、アルバムは大ヒット。ツアーも大規模化していたが、ブルースは自身の表現を追求し続け、1982年にアルバム『ネブラスカ (Nebraska)』を発表する。現在は多くのファンに愛され、名盤と呼ばれるアルバムだが、それまでの彼の楽曲とはまったく異なる内容だった。

激しいビートの上で叫ぶように歌うスタイルとはまったく異なる、静かな部屋でブルースが直接語りかけてくるような楽曲たち。売れ行きだけを考えるレコード会社は当然、前と同じようなアルバムを欲しがっている。大スターになり、彼にかかる期待/プレッシャーは大きかったが、彼には最強にして最高の味方がいた。

「この映画の核心にあるのは、50年にわたって男同士が築いた愛の物語です」と本作を手がけたスコット・クーパー監督は語る。ブルースと長年にわたって行動してきた家族以上のパートナーが、マネージャーのジョン・ランダウだ。

ジェレミー・ストロングが演じたジョン・ランダウ(右)

ブルースの才能に衝撃を受けたランダウは以降、ブルースの楽曲とステージを守り、映像制作を主導し、現在に至るまでブルースの活動をサポートしている。例を挙げれば、本作でも描かれるが名曲「ボーン・イン・ザ・U.S.A. (Born in the U.S.A.)」誕生のきっかけを作ったのもランダウだし、友人の映画監督ブライアン・デ・パルマにシングル「ダンシング・イン・ザ・ダーク(Dancing in the Dark)」のPVを撮らせたのも彼の功績だ。

クーパー監督は「ジョンはブルースの人生において、マネージャー、相談相手、セラピスト、親友、父親代わりのような様々な役割を担ってきました。だからこそ、ふたりの絆は男同士が築き得る最も深い友情なのです」と語る。そこで監督は信頼を寄せている俳優ジェレミー・ストロングをジョン・ランダウ役に選んだ。ストロングは近年では『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』でトランプを導く悪徳弁護士のロイを演じて絶賛を集めたが、本作では穏やかで優しく、同時に芯のあるランダウを見事に演じている。

「彼はブルースにとって、揺るぎない支えでした。彼の役割は、ブルースを導き、彼の芸術的直感を守り、彼のビジョンを形にする手助けをすることでした。彼にとって、大局的な視点とは、常にアーティストとしてのブルースを意味していました。彼はそのビジョンを励まし、育み、そっと導き、揺るぎない手つきで導いたのです」

ストロングの分析がすべてを言い表している。ランダウはマネージャーとしてブルースを導くが、いつも彼の表現や意思を優先し、時には自分が交渉=戦いの場に立ってブルースを守った。一方で彼はブルースの親友でもある。問題や都合の悪いことは正直に共有して、一緒になって悩んだ。

本作で観客は、世界的スターのドラマを観に映画館に来て、予想もしていなかった“最高の友情ドラマ”を目撃することになる。すでに映画を観た人であれば、クーパー監督の「誰もが自分の人生にジョン・ランダウのような人物がいてほしいと願っていると思います」という言葉に強く頷くはずだ。

“この声”を届けたい。稀代の音楽映画の誕生

映画の冒頭、巨大な会場でのライブを終えたブルースは、あえて故郷のニュージャージーに戻り、ひとりきりで楽曲制作を開始する。誰の力も借りずに、ひとりで自分のイメージを追求したい、自分の内面と向き合いたい。そんな彼の願いを助けたのが、この物語の数年前に登場したマルチトラックレコーダーだ。

「TEAC 144 PORTASTUDIO」という機種で、世界で初めて標準のカセットテープを使って4トラック録音できる機械だ。個人でも買うことのできる値段で音質も悪くない。何よりも、それまではプロ仕様のスタジオでしか録音できなかったものが、自宅で気軽に実現できる。ビルボード誌や、Pro Sound News誌等から“史上最も革命的な製品である”と言われたマシンで、ブルースはこの機械を相棒に創作を続ける。

そして完成したデモテープ。映画の後半ではこのテープに込められた生々しい演奏とフィーリングがいかにしてレコード盤に落とし込められたのか? が描かれる。現在のようにすべてがデジタル化される以前のレコーディングは、エンジニアのちょっとした工夫や繊細な仕事が音質を大きく左右した。本作には当時のエンジニアたちがブルースのカセットテープを前に苦闘し、ある者は諦めて離脱し、ある者は改善を重ねて難題に立ち向かっていく姿が描かれる。

ブルースを演じたジェレミー・アレン・ホワイトは「私が興奮したのは、あらゆるミュージシャンにとって極めて個人的な体験であるレコード制作の創造的旅路の幕を上げるような感覚を覚えたことです。ドキュメンタリー形式以外で、これほど深くレコード制作のプロセス、特に『ネブラスカ (Nebraska)』のような極めて個人的な作品制作に招かれた例を、近年見たことがありません」と語る。

自宅でカセットテープに録音された生々しい録音は、正規のレコード盤として通用するクオリティになるのか? このドラマはある意味で、本筋のドラマの匹敵するスリリングな展開を見せる。難題去って、また難題。なかなか観ることのできないシーンが次々に登場する稀代の音楽映画の誕生だ

なぜ本作は“伝記映画”ではないのか? 監督がこめた想い

ブルースは現在も第一線で活動を続けており、彼の人生のすべてを描くことは不可能だが、彼の“半生”を描くことはできただろう。しかし、本作の製作陣は彼の生涯のある“一時期”にスポットを当てることを決めた。それもブルースのキャリアで最大のヒットアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A. (Born in the U.S.A.)』の制作時期の“前の時代”だ。

繰り返しになるが本作では、名盤『ネブラスカ (Nebraska)』の創作時期が描かれる。このアルバムは前作『ザ・リバー (The River)』よりも当時のチャートアクションは振るわなかったが、現在も世界中に熱狂的な支持者がいる “特別な1枚”だ。

クーパー監督は本作に参加する前から『ネブラスカ』の大ファンだったという。

「10代の頃に父が教えてくれた作品です。ちなみに、この映画の撮影開始前日に父が他界し、本作は父の追悼作品となりました。私にとって非常に個人的なプロジェクトなのです。『ネブラスカ』は私にとって、史上最も深遠で圧倒的なレコードのひとつです。だからこそ、これは私が語らねばならない物語だと感じたのです」

ここには映画と、歴史的なアルバムと、監督個人の確かなつながりがある。クーパー監督の父への想い、劇中で描かれるブルースと父の激しくも感動的なドラマ。ふたつはまったく異なる道を歩んでいるが、どこかで響き合うものがあったのかもしれない。

「この映画は、世界的スーパースターへの転機を迎えつつある若きミュージシャンが、成功のプレッシャーと幼少期のトラウマとの葛藤に苦しむ姿を描いています。『ネブラスカ』制作のこの時期はブルースの人生において極めて重要な転換点であり、彼の最も個人的で不朽の名作のひとつと評されています。典型的な伝記映画ではなく、この時期に焦点を当てた点が私を惹きつけたのです。2時間という時間が、誰かの人生全体を捉えるのに十分だとは思わない。ましてやブルース・スプリングスティーンの人生ならなおさらです。だから最初から、この映画はより静かで内省的な作品になるだろうと考えていました」

スコット・クーパー監督

監督が語るとおり、本作はブルースの人生全体を描いていない。いくつかの問題やエピソードは決着を見るが、他のドラマや問題は映画で描かれた後も(現在まで)続いている。この映画の最大の魅力は、感動的だが“すべてが終わったこと”として描く伝記映画と異なり、ここにあるすべてが“今も昔も繰り返され、現在も続いている”と感じられることだ。

大歓声と大轟音に包まれながら、男は歌う。孤独も過去も不安も決して消えない。それでも走り続ける。まだ止まっていない。

「もし誰かが劇場を出て、家に帰って静かに座り、ブルースの『ネブラスカ』を本当に聴きたいと思うなら、私は自分の役目を果たせたと感じます」(クーパー監督)

スプリングスティーン 孤独のハイウェイ

(C)2025 20th Century Studios 11月14日(金)公開

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