反田恭平が奏でるブラームスとショパンの世界
バンクーバから始まったコンサートツアーで魅せた圧巻のステージ
Text:山田治生(音楽評論家)
Photo:(C)上野隆文
『反田恭平ピアノリサイタル2025』のツアーは、11月9日のカナダ・バンクーバーから始まった。11月29日の東京・サントリーホールでのリサイタルは、このツアーの10公演目にあたる。プログラムはブラームス(ブゾーニ編曲)の「11のコラール前奏曲op.122」より第8番「一輪のバラが咲いて」、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番、ショパンの4つのスケルツォというものであった。
反田は、黒ジャケットにテーパード気味の黒パンツというカジュアルフォーマルな衣装(ヨウジヤマモト)で登場。まず「一輪のバラが咲いて」。この小品は、ブラームスが最晩年にオルガンのために書いたものを、20世紀初頭前後に活躍した作曲家であり、ピアノの名手でもあったフェルッチョ・ブゾーニが独奏ピアノ用に編曲したものであり、しばしば単独で弾かれる。反田は、ゆったりと洗練された音色で、レガートにロマンティックに演奏。静まり返った余韻に聴衆の集中を感じる。拍手は起きず、少しだけ間をとって、反田は、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番を続けて弾き始めた。ブラームスにとって最後のソナタにあたるが、3つのピアノ・ソナタすべてが彼のキャリアの初期に書かれたものであり、ブラームスがまだ20歳の頃の作品である。
反田は、「一輪のバラが咲いて」からの沈黙を力強く打ち破り、オーケストラのように楽器を鳴らし切った。第2主題は丁寧でロマンティック。第2楽章は月夜に秘めた思いが描かれ、ハッとするような弱音も聴かれる。
第3楽章はスケルツォ。情熱的で重みがあり、リズムはきっぱりとしている。第4楽章「間奏曲」では、ベートーヴェンの「運命」のリズムを強調。そして、第5楽章。副主題での歌心が印象的であり、ブラームスの若々しい情熱の発露とともに力強く全曲が締め括られた。
プログラム冊子のインタビューの中で、反田は2023年にブラームスの交響曲第1番を指揮したことについて述べていたが、彼は同年にアラン・ギルバート指揮ハンブルクNDRエルプフィルとブラームスのピアノ協奏曲第1番も演奏している。それらの経験も影響しているのだろう。反田のこの日の演奏には、力強さが増し、音楽のスケールがさらに大きくなったように感じられた。
リサイタル後半は、ショパンの4つの「スケルツォ」。反田は、インタビューの中で、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番とショパンの4つの「スケルツォ」の組み合わせは親交のあるピアニストのクリスチャン・ツィメルマンのプログラミングの真似だと語っているが、2023年のリサイタルの「バラード」全曲に続くプログラムともいえる。第1番は速めのテンポ。攻めの姿勢で、ショパンの内面を描く。中間部ではベースをたっぷりときかせて歌う。第2番は冒頭の強音に驚く。音楽のスケールが大きい。一方、中間部では沈み込むような弱音を奏でる。激しい攻めの表現、ダイナミックスの幅の広さが印象に残る。
第3番では強靭な打鍵で二千席の大ホールを満たす。中間部も華やか。そして最後の第4番ではリズミックな運動性が強調される。ショパン後期の含蓄も感じられる。
鳴りやまない拍手に応えて、アンコールとしてまず、シューマンの「トロイメライ」がじっくりと静かに歌い込まれた。弱音表現の素晴らしさ。そしてアンコールの2曲目にブラームスの「間奏曲」op.118-2が演奏された。優しく温かく、歌曲のような歌心がたっぷりと示される。
ブラームスで始まり、ブラームスで終わったプログラム。反田の充実ぶりを実感する一夜であった。
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