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【おとな向け映画ガイド】岸井ゆきの が笑顔を封印! 耳が聞こえないボクサーの心のうち──『ケイコ 目を澄ませて』

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イラストレーション:高松啓二

今週末(12月8日〜10日)の公開映画数は22本。全国100館以上で拡大公開される作品が『ラーゲリより愛を込めて』『映画かいけつゾロリ ラララ♪スターたんじょう​​』『MEN 同じ顔の男たち』の3本、中規模公開・ミニシアター系が19本です。今回は、12月16日(金) 公開の『ケイコ 目を澄ませて』をひと足早くご紹介します。

『ケイコ 目を澄ませて』

岸井ゆきのが、生まれた時から両耳がきこえない実在のプロボクサーを演じる。ボクシングは、一般人が子供のころから慣れ親しむようなスポーツではないが、日本映画では毎年のように、これをテーマにした映画が作られ、傑作を多く生みだしている。この作品も、ややベタな言い方だが、確実にその歴史に名を刻む1本だ。

トレーニングシーンで始まる。岸井扮するケイコがトレーナーを相手にミット打ちの練習をしている。この冒頭から、画面に引きこまれる。さまになっている、なんてもんじゃない。この数分間だけでも、演じている岸井の本気が伝わってくる。その緊張感、テンションは映画の最後までおちない。

東京の下町。戦後すぐに会長(三浦友和)の親父が始めた、年季入りのかなりおんぼろなボクシングジムにケイコは通っている。プロテストに合格して、最初の試合は1ラウンドでKO勝ちした。日々のトレーニング、ホテルのスタッフという本業の仕事、弟との二人暮らし……。あくまでボクシング中心の日常が淡々と描かれる。

2戦目もなんとか勝つのだが、会心の試合ではない。勝利の写真撮影にも笑顔はでない。愛想が悪いのだ。それでもメディアの取材が入る。会長によれば、「耳が聞こえないというのは致命的なハンデ。レフリーの声も、セコンドの声も聞こえない。危険ですらある。本当言って、彼女に才能はないかもしれない。小さいしリーチも短いし。たが、人間としての器量がある」。そして母は「プロになれただけでもすごいこと。もういいんじゃない。やめても」という。彼女はこの先、どうしたいのか、どう生きていくのか……。心の中は雑音だらけだ。

プロボクサー小笠原恵子の著書『負けないで!』が原案。それを『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督が、酒井雅秋と脚本を作り、映画化した。三宅監督自身は、ボクシングにも手話にも無縁だったが、ケイコの2戦目の勝利からから3戦目までの心の移り変わりに着目し、ボクサーのライフヒストリーではなく、誰もが経験する人生最初の岐路の物語に仕立てた。それだけではない。三宅監督はこの映画でいくつかのチャレンジをしている。

そのひとつは撮影に16ミリのフィルムカメラを使ったこと。映画の撮影は普通35ミリが使われる。最近は、フィルムをも使わないデジタルカメラで撮るのが大半だ。その方が、くっきりした高精細の映像になるのだが、あえて、ざらついた16ミリの肌触りと機動性を採用した。高速道路が走る荒川べり、電車が交差する夜景、ボクシングの試合、人とのふれあいもドキュメンタリーをみているかのよう。“目を澄ましたい”映像だ。

もうひとつが音楽、いわゆる劇伴を使っていない。なるべく音声情報や音楽に頼らずに語る。トレーニングのさまざまな音、街の雑音、行き交う人のたてる音などが際立つ。「普段は当たり前に感じている“音が聞こえる”ということを改めて意識し、またケイコにはこの音が聞こえていないということを意識するような音の設計を考えました」と三宅監督。このリアルさは新鮮な驚きとして伝わると思う。

そしてなんといってもこの映画最大の魅力は岸井ゆきのの存在だ。撮影3カ月前からボクシングの特訓を受けで臨んだという。さらに、声を出すセリフはなく、手話のトレーニングもしなくてはならない。観ていただくとわかるが、顔の表情、肉体の表現、ともにケイコになりきっている。

彼女を見守る、人生の秋をむかえた初老の会長役、三浦友和の好演も忘れがたい。ジムを閉鎖しなくてはならない様々な事情をかかえている。自分の体にもそろそろガタがきている。若いボクサーとともに夢を追い続けたい気持ちがないわけではないのだが、それは叶わない……。そんな万感こもごもを、大芝居でなく、あくまでさりげなく演じている。

この季節にふさわしい、しみじみとした名作の誕生です。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

平辻哲也さん(映画ジャーナリスト)
「……難聴者のケイコは目を澄ませるが、健常者の観客はしっかりと耳を澄ませて、この映画の世界を堪能すべし。三宅唱監督の恐るべき才能には称賛を送りたい……」

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高崎俊夫さん(編集者、映画評論家)
「……ケイコが抱えているであろう不断に燻り続ける寄る辺なさ、あるいは会長の表情からにじみ出る諦念や疲弊、そしてささやかな気概といったものが胸に迫ってくるのである……」

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笠井信輔さん(フリーアナウンサー)
「……岸井ゆきのの力強さと存在感はどうだろう!ボクサー役で、しかも耳が聞こえないというハンデを背負う難役……ほとんどしゃべらずに、心の中で様々な葛藤を抱えて生きているヒロインを体現している……」

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(C)2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS