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監督が解説。映画『石門』を生み出した“唯一無二の創作手法”

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中国湖南省出身のホアン・ジーと、東京出身の大塚竜治が監督した映画『石門(せきもん)』が2月28日(金)から公開になる。ふたりは私生活では夫婦で、長い時間をかけ、通常の劇映画とは違う手法で新作を手がけている。

なぜ、ふたりの作品は国際的に高い評価を受けるのか? なぜふたりの映画は他の作品にはない魅力を感じられるのか? それはふたりの“映画の作り方”に秘密があるようだ。両監督に話を聞いた。

1972年に東京で生まれた大塚竜治は大学卒業後に日本でテレビ番組のディレクターを務め、映画製作を学ぶために2005年に中国に渡る。そこで出会ったのが、1984年に中国湖南省で生まれ、北京電影学院で学んでいたホアン・ジーだ。

その後、ふたりは公私にわたるパートナーになり、2008年に『リンリンの花園』を発表。2012年に女優ヤオ・ホングイを主演に迎えた『卵と石』を発表し、同じ監督+主演で『フーリッシュ・バード』(2017)、そして『石門』が製作された。彼らの作品はすべて詳細な台本がなく、職業俳優ではない人間がキャストに起用されるという。

『石門』の主人公リンは20歳の女性。彼女は望まない妊娠をしてしまい、身ごもった子を、死産の責任を追求され、賠償を迫られている両親の“賠償金の代わり”にすることを思いつく。ホアン・ジー監督と大塚竜治は、女性が子を身ごもる期間と同じ10か月間にわたって撮影することを決めてから創作を開始した。

── あらかじめ脚本がないということは、映画をつくる過程で物語がつくられていったということでしょうか?

大塚監督 我々はドキュメンタリー出身ということもあり、脚本は “あらすじ”しかないんです。そのあらすじを書く工程も取材から始まります。まず主人公の年齢が決まると、舞台となる場所で暮らす主人公と同じ年齢の子を取材するんです。『石門』だと女子大学生が主人公ですから、同年齢の大学生100人ぐらいに共通の質問をしていきます。例えばですけど、どうやってお金を稼いでいますか? とか、稼いだお金を何に使っていますか? とか。面白いエピソードもあったりするんですけど、そうではなくて、答えてくれた人に“共通する部分”を拾い上げて登場人物を作ります。

この映画では主人公が妊娠をして、産むのか堕ろすのか悩むんですけど、同じ状況になれば多くの人が悩むところですよね。そこに“産んだ子を親の賠償金の代わりにする”というフィクションを入れた。始まりのアイデアはそれだけなんです。その上で、10か月間撮影をすると決めて、そこで主人公が精神的、生理的にどう変化していくのかを観察しながら、切り取っていく。僕は男性なので妊娠したことがないわけですけど、10か月という同じだけの時間をかけて思考しながら、主人公の気持ちに近づきたい、その期間に起こったことを物語に組み込みたいと思いました。

ホアン監督 私たちの映画作りにはいくつかの段階があります。第一段階は私たちがアイデアを話し合い、最初の脚本を書くプロセスです。私たちは夫婦で一緒に暮らしていますから、どんな映画にするのか、まず家で議論をします。第二段階は俳優を探すプロセスです。俳優を探しながら同時に調査をしますし、撮影する場所も見ます。というのも、私たちはプロの俳優ではなく、アマチュアの人に出てもらいますから、キャスティングをするためにはフィールドワークをして、その人たちに取材をする必要があるのです。

取材をすることでわかるのは、この映画に出ている人それぞれに、彼ら自身の生活があり、彼ら自身の物語がある、ということです。そこには脚本の書かれている物語とは異なる物語が存在しているわけです。ですから、この映画は、“私たちの撮る物語”と、私たちが取材した人たち“それぞれの物語”が組み合わさったものだとも言えます。

── 取材を続け、出演者の声や物語に耳を傾けることで生まれてくるのは“普遍的な人間像”ですか? それとも“その時の社会の影響を受けた人間像”ですか?

大塚監督 僕の考えですと後者ですね。僕は映画に普遍性はあまり求めたくないんです。少なくとも僕はそう思っていますけど、どう?

ホアン監督 私も目の前にある現実に合わせて撮る方が好きです。いま目の前にものは、繰り返してコピーすることができない唯一のものです。そこに向き合いながら、時には普遍性のようなものも入ってくるのだと思います。撮影をしていると、毎日、目の前で“新しい事象”が出現するわけです。それを見て、調整していくプロセスが撮影、ということですね。

大塚監督 普遍性というのは日本ではよく使われる言葉で、ノスタルジックな意味もあるのかもしれないですけど、僕が中国で暮らしていて感じるのは、ここは普遍性がまったく通用しない場所なんだ、ということです。日々、変化があって、地域や場所によって考え方もまったく違う。誰も悪い人がいないはずなのに、それぞれの考え方が違うことで問題が起こってしまう。そこには普遍性はなくて、今の時代の人間だからああいう考えをしているわけです。

この映画の撮影はコロナ前でしたから、コロナ後の中国の人とも考え方は少し変わってきているわけですよね。『石門』ではその点を道徳的な面から語ろうとしていないですし、時代よって変化していく部分がより出ていると思います。

ホアン監督 中国では毎日大きな変化が起こっていて、そこで暮らす人ひとりひとりも日々、変わっているような感じがしますね。

── 長い時間をかけて、出演者と、その背後にある社会が変化していくプロセスを撮影していく手法は、“妊娠”を扱う『石門』を描く上で非常に適切なものだと感じます。本作では主人公の姿や表情が映画が進んでいくにつれ、どんどん変化していきます。監督の言う通り“コピーできない瞬間”の積み重ねで映画ができているようです。

大塚監督 我々のつくる映画では可能な限り脚本に書かれているような“文字情報”を取り除きたいと思っています。そのための手段のひとつは、シーンごとに登場人物に何かしらの変化があることだと思います。文字は不要でビジュアルでわかるものだからです。本作の場合は“妊娠”という身体の変化がありますから、そこは成功したと思いますけど、妊娠を扱わない作品であっても考えは同じです。

私たちの現場では脚本を持ち込まないですし、役者さんにも決まったセリフはありません。『石門』には主人公の子どもを引き取る予定の幼稚園の社長さんが出てきます。彼はある場面で“生まれてきた子を引き取るのを遅らせてほしい”というようなことを言いますけど、あれは僕たちの考えではなく、あの役者さんが考えたことなんです。あの俳優さんが“もし、こういう状況ならば僕はすぐには引き取りたくない”と思った、ということですね。その考えは僕たちには新しい発見でしたし、そういう発見が各シーンにたくさんあるんです。ですから我々はこの先、物語がどういう風に発展していくのか? ということを日々、感じられる快感があるわけです。

ホアン監督 私たちの映画は本当に最後の最後、すべての編集が終わるまで、成功なのか、失敗なのか、わからないんです(笑)。すべての過程が終わるまで、その映画が成功するのか、ずっと心配しているんです。

大塚監督 このぐらい冒険した映画作りをしないと、新しいものは生まれない気がするんですよね(笑)。最近の映画作りは予算もスケジュールも最初からカッチリと決まっているものが多い。技量があれば、それでも良いものができるんでしょうけど、一方で映画は時間をかけられる芸術でもあるので、我々はその部分を活かしていきたいんです。

── おっしゃる通り、この創作スタイルだからこそ描けるものがあると強く感じました。ふたりのプロセスは独特ですし、別の言い方をすれば唯一無二なもので、完成した映画もまた、他にはないものになっています。

大塚監督 私たちはよく議論しているんですけど、映画産業にもAIが入ってくるし、クリエイティブの過程からもAIは取り除けないと思うんです。では、どこでAIと勝負できるかというと、やっぱり瞬間的に起こったことを感じてそれを記録することしかないんじゃないかなと。『石門』にはコロナ前の中国の風景が映っているわけですけど、それはもう映画の中にしかないわけです。

── おふたりは夫婦であるけれど、それぞれが独立した映画監督です。つまり、創作の過程に常に“変化する他者”がいる、とも言えます。

ホアン監督 すごく近い場所に創作のパートナーがいることは良い場合もありますし、近すぎると思うこともあります。しかし私はいつも“大塚さんならどう考えるかな?”と思いますし、それを知りたいと思っています。大塚さんの世界を見る目は、私や他の人とは違うものがある、といつも感じているからです。それはコインの表の面ばかり見ていると裏が見えない、という話にも通ずることだと思います。

ふたりの映画づくりには絶えず“制御できない他者”がいる、時代と社会の“抗えない変化”がある。ふたりはそれらをすべて受け止め、観察し、作品の中に取り込んでいく。カメラを向けた先にあるものは、コピーできない一度きりの瞬間。脚本に書かれたセリフをプロの俳優が語るような“やり直し”のきくものではないのだ。

映画『石門』では、10か月をかけて、望まない妊娠をした女性の身体の変化と痛み、彼女を取り巻く世界を丁寧に描き出していく。他の映画監督では描けない唯一無二の世界は、日本の観客も魅了することになるだろう。

『石門』
2月28日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
https://stonewalling.jp
©YGP-FILM

撮影:杉映貴子