ブルース本人がすべてを預けた存在! 主演ジェレミー・アレン・ホワイトの名演に注目
 
      
    伝説のシンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンの若き日の物語を描いた映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』が11月14日(金)から公開になる。すでに公開がスタートしたアメリカでは、映画賞レースにも食い込むことが間違いないと言われている。
そんな本作で主演を務めたのは、ジェレミー・アレン・ホワイト。彼の演技はすでに絶賛を集めているが、ホワイトはどんな俳優なのか? なぜ彼が主演なのか? 関係者の証言を交えて紹介する。
ブルースが「君が演じるべきだ」と言っている
映画は、ヒットアルバムをリリースし、ツアーを成功させ、ロックスターとしての栄光を掴んだブルース・スプリングスティーンの知られざる日々に焦点を当てている。1980年代の前半、彼は重圧や幼い頃から抱えていた悩みと向き合いながら、懸命に創作を続けていた。本作ではそんな誰もが知る英雄の“真の姿”が描き出される。
これまで著名人を主人公にした映画が多数作られてきた。多くの場合は“見た目が似ている”ことが重視された。特殊メイクを駆使して、みんなの知る姿に近づけた作品もある。歌や声を別の人間が担うケースもあった。しかし、本作では俳優を選ぶ際、そのすべてが条件から排除された。本作は見た目でも、歌声でもない条件で主演が探され、特殊メイクも使われていない。
というのも、製作陣はプロジェクトを進める過程で、ジェレミー・アレン・ホワイト以外の俳優のことを考えられなくなっていたからだ。
監督を務めたスコット・クーパーは、「ジェレミーは、強烈さ、傷つきやすさ、そして真実性を兼ね備えた魅力的な人物です。彼は1981年と82年のブルースに外見が似ているだけでなく、ブルースの妻であるパティ・シアルファも、セットでジェレミーを見たときに“なんてこと、彼は初めて会った頃のブルースにそっくり”と言うほど、ブルースと共通する資質を持っているのです」と説明する。
ホワイトはアメリカ生まれの俳優で、テレビドラマを中心にキャリアを積み、『シェイムレス 俺たちに恥はない』で注目を集め、2022年に『一流シェフのファミリーレストラン』で第80回ゴールデングローブ男優賞を受賞。いま、最も注目を集める俳優のひとりだ。しかし、ホワイトは本作のオファーを受けたとき、すぐには返答できなかったという。
「エキサイティングではないからではなく、ブルースだからです」
彼がオファーされたのは、歌唱やステージのちょっとした動きまで熟知するファンが世界中にいる“ロックの英雄”だ。戸惑うのも無理はない。その上、ホワイトはギターを手にしたこともなければ、人前で歌ったこともなかった。単純に“条件”だけで見れば、彼ではないのかもしれない。ところが、オファーから1週間が経った頃、監督がホワイトにあることを伝えた。
「ブルースが君の作品をいくつか観て、君が演じるべきだと言っている」
 
            この伝言を前に心が揺らがない俳優はいないだろう。ホワイトは製作陣と話し合い、作品が何を描こうとしているのか掘り下げていった。
「この映画が、創造的なプロセスに深く関わるひとりの男性にスポットを当てている作品だと気づいたとき、少し気持ちが楽になりました。」
ホワイトは出演を決め、ウェンブリー・スタジアムのステージ上でリハーサル中のブルースと初対面。それ以降、ブルースは準備段階であっても、撮影中であっても常にホワイトを見守り、自宅に招き、聞かれたら、どんな質問にも答えた。
ジェレミー・アレン・ホワイトは、ブルースが評価し、見守り、そのすべてを預けた相手なのだ。
半年間に及ぶギター、歌唱の猛トレーニング
 
            とは言え、撮影が始まれば、カメラの前でホワイトはギターを弾いて歌わなければならない。ブルースの声や歌唱法は唯一無二で、単に上手く歌ってもブルースの歌唱にはならない。真似だけしてもファンには見抜かれてしまうだろう。
まずホワイトは本作の基になったウォーレン・ゼインズの書籍『Deliver Me From Nowhere』を何度も読み、彼の楽曲を聴き、ブルースの映像、特に1970年代後半から80年代初頭のインタビューや映像を可能な限り視聴した。
「特にライブ番組『オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』という映像が印象的でした。これはコンサート後のインタビューで、映画の中のブルースに最も近い時期のものでした。この映像が特に興味深かったのは、彼がステージを降りた直後だったからか、疲れ切っていたからか、あるいは当時まだキャリア10年未満だったからか、私が理解するブルースに非常に近い姿でした。
パフォーマンス映像では、アリゾナ州テンピでの『明日なき暴走 (Born to Run)』の演奏を何度も観ました。(当時、エンジニアだった)ジミー・アイオヴィンにも会い、彼らの出発点や出会いの経緯について話を聞く機会を得ました。もちろん、ブルースのマネージャーであるジョン・ランダウとも話しました。そして何より、ブルースの妻パティと話せたことが非常に役立ちました。彼女ほど彼をよく知る者はいないですから。この時期のブルース像について、彼女の視点を得られたのは興味深かったです」
並行してホワイトはギターの練習も開始する。彼は「初めて音楽監督のデイヴ・コブと会って、ギターを弾いたことはないと伝えたんです。ギターを渡してくれたときの心配そうな表情が忘れられません」と笑うが、彼はギタリスト兼スタジオミュージシャン、J.D.サイモと週に4、5回レッスンを行い、伝説的なボーカルコーチのエリック・ヴィトロが歌唱指導についた。
ホワイトの努力と献身的なレッスンは完成した作品で見事に花開いている。映画冒頭での大ステージでのライブシーンから堂々たるパフォーマンスを見せ、ブルースが誰もいない部屋でひとり絞り出すように歌うシーンでも、その歌唱は圧倒的だ。
「歌っているのは君だ」名優ホワイトが描くもの
 
            だが、レッスンの初期にはホワイトにも迷いがあったようだ。
「上手く歌えるか、あるいはブルース・スプリングスティーンのように歌えるかという不安に苛まれ、俳優として自然に備わるべき要素を忘れていました。ところが、あるとき気づいたのです。曲を自分のものにし始めると、ブルースのように聞こえるようにする考えは重要ではなくなり、むしろ音楽がずっとよく、誠実に聞こえるようになったと。誰かがブルースの曲を可能な限り誠実に歌うことは、彼の歌声を完璧に模倣するよりも説得力があるのです」
監督を務めたスコット・クーパーも「この映画は模倣や真似が目的ではありません」と言い切る。「ブルース・スプリングスティーンは唯一無二の存在だからです。私が目指したのは本質を捉えること。ジェレミーはブルースの声、存在感、そして何よりその精神を宿すという非常に繊細なプロセスを経ました。この時代にブルースが耐えていた感情的・心理的な激動を捉えることが重要だったのです」
本作のジェレミー・アレン・ホワイトは、圧倒的な存在感を見せる瞬間もあれば、スクリーンで消え入りそうになっている瞬間もある。彼はブルースをパブリック・イメージで捉えることなく、そのシーンの“心のあり方”だけに集中して演じている。スポットライトを浴びていたロック界のスターもステージを降りて、夜の街を歩くと、その背中はとても小さい。この落差をホワイトは無理なく演じ切る。
彼の演技に観客が魅了されるのは、彼がセリフや分かりやすい動きに頼らずに“心の微細な動き”を表現しているからだろう。気がつくと観客はホワイトに魅了され、自然と彼の表情のちょっとした変化にも気を配るようになっている。映画を観ている間、ずっと彼のことが気になるし、心配になるし、見守りたくなるのだ。ホワイトは振り返る。
「ブルースはこう言いました。“君が歌っているんだ。この映画を作る過程で、君にその感覚を持ち続けてほしい”と。彼が早い段階で私にそんな許可を与え、信頼を寄せ、彼の物語を語る中で少しだけハンドルを握らせてくれたことは、本当に嬉しいことでした」
ホワイトは“世界最強の支え”を得て、その強さからは想像もできない“心の弱さ”を描き切った。
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