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『落下の解剖学』事故か、自殺か、他殺か? ぐいぐい心の深淵に入り込んでいく傑作ミステリー【おとなの映画ガイド】

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『落下の解剖学』 (C)2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma

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2023年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞、米アカデミー賞でも作品賞を始め5部門にノミネートされた注目のフランス映画『落下の解剖学』が2月23日(金) 、日本公開される。女性監督ジュスティーヌ・トリエの長編第4作。雪山の山荘での転落死をめぐる謎。事故死か、自殺か、はたまた他殺か。被疑者は被害者の妻。これだけ聞くと、よくある筋書きだが、この作品、単なる謎解きでは終わらない。息詰まる展開の中に思わぬ深層心理がえぐり出されるミステリーの傑作だ。

『落下の解剖学』

変わった邦題だが、フランス語の原題を翻訳サイトにかけてもほぼ同じような訳がでてくる。事件を解剖学のように検証していく……といったニュアンスだろうか。謎は、ここから始まっているともいえる。

往年の映画ファンなら、クロード・ルルーシュ監督が1968年の冬期五輪を流麗なカメラに収めた『白い恋人たち』を思い出すかもしれない。あの会場になったアルプスの麓、グルノーブルが舞台だ。

雪に覆われた山荘から男が転落、死亡する。

現場の様子、検視の結果からは、殺人も含め、いくつかの死因が考えられた。第一発見者は、視覚障がいのある11歳の息子。捜査が進むにつれ、さまざまな事実が明るみにでてくる。そして、居合わせた妻に容疑がかかり……。

妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)はベストセラー作家。死亡した夫のサミュエル(サミュエル・タイス)は作家志望なのだが芽が出ず、教師の仕事をしている。そんな夫婦の隠された真相を、次々とあばいていく法廷シーンがこの映画の最大の見せ場。脚本は、ジュスティーヌ・トリエ監督と、私的にもパートナーのアルチュール・アラリによるオリジナルだ。

サンドラの弁護を引き受けるのは、古くからの友人である弁護士ヴァンサン(スワン・アルロー)。夫に雰囲気が似たロングヘアのやさ男。語り口も柔らかい。対する検事(アントワーヌ・レナルツ)は短髪で、若いが切れ者、サディスティックな感じを漂わせ、有無も言わさぬ口調で追求する。この対照的なふたりによる緊迫の審理は、まるで、陪審員席にいるような気持ちになる迫力である。

そして冷徹な検事が繰り出す証拠のなかで、ふつうの裁判では考えられない重要な物証がとびだす。それは作家志望だった夫が残したあるものだった……。

証言者として法廷に立つ息子のダニエルは、裁判をすべて傍聴することになる。審理のなかで話される父と母の、自分の知らない実像は、11歳の少年にとってはどれほどショックであったか。母の身を案じて証言をしていた彼の心が揺らいでいく。

サンドラ役のザンドラ・ヒュラーは、ドイツの出身。『ありがとう、トニ・エルドマン』で奔放な父に翻弄されるエリートビジネス・パーソン役を演じて映画賞を獲得。今回のこの『落下の解剖学』がパルムドールを受賞したカンヌ国際映画祭では、2番目の賞であるグランプリに輝いた『関心領域』(5月日本公開)にも出演している、まさに旬の俳優だ。

ジュスティーヌ・トリエ監督とは前作『愛欲のセラピー』に続くタッグ。本作の脚本はザンドラの主演を念頭に置いて書かれたという。

主人公のサンドラもドイツ出身。フランス人のサミュエルとロンドンで出会い、恋に落ち、結婚し、夫の故郷フランスの山荘で暮らすことになった。

「フランス語、英語、ドイツ語という複数の言語を使用することで、サンドラのキャラクターに複雑性を加え、不透明感を醸し出した。サンドラは、いくつもの層を織りなす複雑なキャラクターで、それが裁判を通して浮き彫りになる」、トリエ監督はキャスティングの狙いをそう語っている。

息子役のミロ・マシャド・グラネールの演技も印象に残る。彼に負けず劣らず存在感をみせてくれるのが、一家の愛犬スヌープ。事件の鍵を握るといってもいい重要なシーンも含む活躍で、演じたボーダーコリーのメッシはパルムドッグ賞(カンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる「非公式」な賞)を獲得している。いや、実に泣ける演技だ。

2時間32分、ぐいぐい引っ張られ、つい前のめりになってしまい、飽きることがないのは脚本の力。1月に発表された米ゴールデングローブ賞では、『オッペンハイマー』や『哀れなるものたち』などの強豪揃いのなか、最優秀脚本賞を受賞。アカデミー賞もこの勢いで脚本賞をとる可能性が高い。

『落下の解剖学』、なるほど、死因の解明だけでなく、夫婦間の深層心理や、息子の気持ち、裁判そのものに至るまで、細部にメスをいれて解剖してみせることが映画の主題。決して単なる犯人捜しミステリーでないところが、カンヌを始め、世界での評価を得た理由と思う。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト、作家)
「……特に中盤以降の裁判のシーンが圧巻だ……」

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笠井信輔さん(フリー・アナウンサー)
「……まるで陪審員になったかのようにこの事件を裁こうとしている自分に気がついた……」

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真魚八重子さん(映画評論家)
「……観客も一緒に結論を模索していくタイプの映画である」

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佐藤久理子さん(文化ジャーナリスト、パリ在住)
「……本作の魅力はよく練られた脚本と、現代的なヒロイン像(ザンドラ・ヒュラーが出色)にある……」

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