考察! 私たちが『グラディエーター』に魅了される理由
リドリー・スコット監督が手がける超大作『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』が公開されている。本作はオスカー受賞作『グラディエーター』の“その後”を描いた作品で、前作を愛する観客、本作で初めて映画館に足を運んだ観客から高評価が集まっている。早くもリピート鑑賞する観客も現れたこのタイミングで、映画の注目ポイント、深掘りしたい点を紹介する。
第6回
名作の魂を継ぎながらも予習不要で楽しめる“新作映画”
『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』は前作から十数年後を舞台にしており、共通して登場するキャラクターもいるが、本作から観ても十分に楽しめる内容になっている。両作でプロデューサーを務めたダグラス・ウィックは「続編ではあるけど、あまり前作を参照しすぎない映画をつくりたいと思っていました」と振り返る。
「この映画から観ても楽しめる独立した作品として成立するものでなければならないと思っていたのです。そんなとき、ヌミディア(北アフリカにあった地域)にいる男を主人公にするアイデアが出てきたのです」
彼の名はルシアス。愛する女性とこの国で暮らしてきたが、ローマ軍の侵攻により彼はすべてを失う。前作の主人公はローマ帝国の将軍だったが、本作ではローマ帝国の新たな将軍が主人公の故郷を奪うのだ。
ルシアスは奴隷になり、囚われの身になるが、彼はやがて剣闘士として復讐を誓う。本作は“その後”を描きながら、前作のドラマをある部分は踏襲し、ある部分では新規の設定を加えながら、新たな物語を語る展開になっている。
舞台となるローマ帝国も、基本的なデザインは同じだが、そこにある建物、民衆の様子は前作とはかなり様子が違う。ローマ帝国の腐敗はさらに進んでおり、街は混乱の度合いを増している。さらに危険で、しかし美しくて魅力的。そんな世界にスクリーンを通じて足を踏み入れることができるのだ。
「リドリー・スコットが古代ローマへのツアーガイドを務めてくれると想像してください」とダグラス・ウィックは語る。「彼は活気に満ち、感情的で、危険で、極めて演劇的な、腐敗と欺瞞に満ちた別世界へとあなたを誘います。五感はもちろんのこと、何よりも心を揺さぶるユニークで満足のいく体験となるでしょう」
本作は超人気作の続編・新作でありながら、予習せずに劇場に出かけても存分に楽しめる“ローマ帝国を舞台にしたスペクタクル・アトラクション映画”の側面も持ち合わせているのだ。
剣よりも恐ろしい駆け引き、謀略、緊迫のゲーム
劇中には白熱する剣闘士バトルが次から次へと登場する。映画の幕開けは、ローマ帝国の船団がヌミディアの国に攻め入る一大バトル&海戦シーン。闘技場では興奮の連続だ! 武装した巨大なサイの襲撃、闘技場に水を張った状態で展開する水上戦、そして剣と己の肉体だけを武器に戦う“決闘”シーン……すべてのバトルとアクションが最高レベルで描かれる。観ているこちらまで汗がにじんでくるようだ。
一方で本作ではローマ帝国の内部で繰り広げられる謀略やダマしあい、罠、駆け引きが重要な役割を果たす。主人公が奴隷として乗り込んだローマ帝国は残虐で欲深い双子の皇帝ゲタとカラカラによって統治されており、その権力は絶対的だ。
しかし、ゲタとカラカラは緊張関係にあり、兄弟としてお互いを助け合っているかと思えば、相手を操ろうとしたり、時に陥れようとする瞬間が出現する。さらにそこに姿を現すのは、謎の男マクリヌス。彼は商人として振る舞っているが、皇帝のことを憎んでおり、皇帝の座を奪うのではなく、皇帝を陰から操りたいと思っている。マクリヌスを演じたデンゼル・ワシントンは「そうなんです。彼が皇帝を“操る”ことに面白みを感じました」と振り返る。
「マルコムXの言葉を引用させてもらうと“権力を保持するためには手段を選ばない”ということです。ローマ帝国と現代のアメリカはだいぶかけ離れた国ですが、すごく似通っている部分があります。それは日本でも中国でも、韓国でも同じなんです。どの国でも権力を保持するためには手段を選ばないのです。それは時代を経ても変わらない真理だと思います。そして、マクリヌスは権力の“黒幕”になりたいと切望している。自分が権力の舞台に立ってしまったら、命を狙われる危険性があるからです」
マクリヌスは双子の皇帝に近づき、献身的に振る舞うように見せかけながら、少しずつ主導権を自分の手にたぐり寄せる。そこにローマ帝国の別の勢力や、主人公ルシアスも加わり、剣と筋肉だけでは決着のつかない頭脳バトルが繰り広げられるのだ。
「前作で描かれる権力争いは分かりやすいものだったと思います。誰が何の座を狙い、そのために誰に取り入ろうとしているのかすぐに分かりました」と皇帝カラカラを演じたフレッド・ヘッキンジャーは語る。
「しかし、本作の場合は腐敗がローマ帝国の隅々まで浸透しているような状態なので、誰が何を狙い、何を目的にしているのかよく分からない状態になっているんです。その複雑さが本作の面白いところで、自分で演じておいてこんなことを言うのも何ですが、カラカラも本当は何を欲しがっていたのか、彼が何に執着していたのか、本当のところは誰にも分からないのです」
強い者が勝ち抜いていけばよいだけなら、結末や展開はすぐに予想できる。しかし、『グラディエーターII』の舞台は混乱が極限まで達したローマ帝国だ。先に何があるか分からない。その点に注目するとさらに楽しめるし、リピート鑑賞時に“こんなところで、初見では気づかなかった駆け引きが!”と、新たな発見もあるはずだ。
彼は“自由”のために戦う
主人公ルシアスは命をかけて闘技場で戦う。何のために? 愛する者と故郷を奪ったローマ帝国の将軍に復讐するために。
やがて彼は戦いを続ける中で、自身の過去に向き合い、自身の内面に向き合い、剣闘士になった頃にも想像もしなかった“運命”と向き合うことになる。このドラマティックな展開が『グラディエーターII』の最も壮大で、最もダイナミックな点だ。主演のポール・メスカルは語る。
「ルシアスは最初に登場したときには帝国を憎むコミュニストのように思えるかもしれません。しかし、彼のローマ帝国に対する怒りは、愛する人を殺されたという極めて個人的なものです。その後、彼は自分が家族に捨てられたと思っていることが判明し、それでも彼は故郷に戻ります。運命と向き合う物語や、自らの血を継承しなければならない責任感の物語が描かれるのです」
ルシアスの物語は、復讐の物語であり、誰もが自由に生きる道を歩めるように自らの命を捧げた“ある男”の血と信念を引き継ぐ物語だ。ルシアスが剣を手に戦い、自分の運命を引き受けるとき、彼の信念は波のように周囲に広がっていき、そこにいる人たちを変えていく。戦う度に仲間が増える、戦う度に希望が増していく。『グラディエーターII』最大の“胸アツ”ポイントはここにある!
リドリー・スコット監督の右腕として本作でもプロデューサーを務めたマイケル・プルスは「本作ではたくさんの血と涙が流れますが、何のためにそんなことが起こるのか?が重要だと思うのです」と力説する。
「ルシアスの自由への想いが周囲に伝播していって、それを受けた人は自由に自らの生き方を選択するようになる。この映画では戦うこと自体がメインではないんです。この作品の主人公には希望があり、自由を守るために戦っているのであって、最も大事なのは人間性や自由だと思うのです」
スクリーンに広がる壮大な光景よりも、血と汗が飛び散るバトルよりも、主人公の想いが熱を帯び、周囲の人々に伝わり、変化を起こしていくドラマが本作の最大の注目&深掘りポイントだ。
ぜひ映画館の大スクリーンで、剣闘士たちのバトルと胸に迫るドラマを繰り返し味わってほしい。
第6回