鑑賞直後に直撃インタビュー!
押井守監督が観た『グラディエーターⅡ英雄を呼ぶ声』<ネタバレありの後編>
ついに劇場公開が始まり、公開初週の興行ランキングでは洋画1位に輝くなど好スタートを切った『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』。映画をご覧になられた方も増えてきたということで、先日公開した<前編>に続く、押井守監督インタビュー<後編>をお届け!
押井監督といえば、本作の監督リドリー・スコットを自らの“師匠”と公言し、敬意を込めて“サー”と呼ぶほどの大ファン。そんな押井監督は本作をどう見たのか? 今回はネタバレを気にせずに、映画の核心まで語っていただきます!
※以下、映画の核心や結末に触れる内容となりますので、未鑑賞の場合はご注意ください。
第7回
「アカシウス将軍は最後まで深みのあるキャラクター。
演じている俳優ペドロ・パスカルもいい」
── 前回は押井さんにリドリー・スコットの超大作『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』の面白さについてネタバレなしで語っていただきました。劇場公開後に掲載されるこの<後編>では、ネタバレありでお願いしたいと思います。押井さん、思う存分、語ってください!
押井 サー(押井さん流のスコットの愛称)にとってはこれが初めての本格的続編。前作の『グラディエーター』(00)で物語は美しく完結していたので、それを再び掘り起こすのはかなりハードルが高く、とりわけキャラクターにもっとも苦労の跡が滲んでいる……という話を前回したんだけど、それを詳しく言うと、実はマキシマス(ラッセル・クロウ)の息子だったという今回の主人公、ルシアス(ポール・メスカル)は若いせいもあってちょっと弱い。だから彼をサポートするために脇を充実させていて、そういう中で私が最もいいと思ったのはアカシウス将軍。演じている役者(ペドロ・パスカル)も良かったし、一番深みのあるキャラクターだった。それも最初から最後まで。
冒頭のアフリカの遠征で、兵士の遺体を集めて火をつけるときに「敗者に憐みを」と苦渋をにじませて言い捨てる。それだけで彼がただ強いだけの軍人じゃないことが伝わってくるんだよ。ローマに凱旋したときも祝賀会をやろうという皇帝に対して「妻とゆっくり休みたい」だからね。
その奥さんというのが先代の皇帝のおねえさん(コニー・ニールセン)であり、彼女と一緒にヘンタイで冷酷な双子の皇帝にうんざりしていてクーデターを起こそうと画策している。さらに遠征中、自分が殺した女性兵士がルシアスの奥さんで、そのルシアスこそが自分の奥さんの息子。めんどくさいことを全部ひとりで背負ってる人間なんですよ。
私は飄々としているキャラクターも好きだけど、こういう背中にいろんなものをしょっちゃうタイプも実は好き。
── ラストもかっこよかったですね、アカシウス。
押井 コロセウムでルシアスと闘うことになり、剣を交えている途中に和解できるんだけど、双子皇帝のせいで殺されてしまう。体中に矢を受けて、日本流に言うと弁慶の仁王立ちで息絶える。あれはかっこよかった。
サーも気に入ったキャラクターなのか、ちゃんと華をもたせた最期を演出している。観客から「殺せ! 殺せ!」コールが挙がるけれど、それがルシアスに対してなのか、それともアカシウスに対してなのかが分からないというのもいい。そのコールが最終的に皇帝を殺せにつながっていく、その流れがとても美しい。
ラストに向って一気にストーリーは動き出す。この構成はさすがサー。2時間28分、退屈と無縁なのはこの構成のおかげでもあるんだよ。
── ルシアスはどうです? 復讐の権化のわりには、早めに怒りが収まった感じがしましたが。
押井 ラッセル・クロウほどの存在感はない……というのもクロウが本当に凄かったからそういう印象になってしまうんだけど。クロウひとりがあの映画を背負っていたというか、背負うことができていた。だからサーもその後何度も組んでいるでしょ。それこそスペシャルな役者なわけで、同じことを今回の若手俳優に求めるのは酷ですよ。
復讐の権化が怒りを収めるのが早いといっても、ずっと怒りをためていたら別の映画になってしまうじゃない。小さい話だったらそれでいいけれど、こういう大作の場合は間口を拡げて、観客の共感を得られなきゃいけない。だから「最大の復讐というのは相手を赦すことだ」云々というセリフが何度も口にされる。ちゃんとセリフでフォローしていて、それをルシアスが実践したことになっている。しっかりプロセスを踏んでいるんです。
「リドリー・スコットは“本格的な続編を作る”という
最大のチャレンジまでやってのけた」
── 押井さんは公開前のインタビュー前編ではアクションのバランスがいいとおっしゃっていましたが、他に印象に残っているのは?
押井 ルシアスの夢に出てくる三途の川のシーン。あれはとても良かった。前作でもマキシマスが麦の穂と家族を夢に描くシーンが繰り返し出てくるけど、こういう表現、繰り返されるイメージというのはサーの得意技のひとつ。今回はそれが三途の川になったわけだけど、シンプルで説得力があった。空の色、川の表現、モノクロに見えるくらい彩度を落とした映像、そして何と言っても美しいレイアウト。このシーンは素晴らしいです。
いつも思うんだけど、本当にサーはそういうバランス感覚にとても優れている。だから映画が破綻しづらいの。
── 今回、いろんなバトルが出てくると前回話しましたが、その中で一番意外だったのはコロセウムがプールになるところ。しかもそのプールにはサメまで泳いでる。あれって……。
押井 サーのサービスですよ、もちろん(笑)。当時の記録では、ああいった海戦を再現することはあったようだし、コロセウムにはいろんな仕掛けもあったらしい。前作でも地面が割れてトラが出てきたりしてたよね。
とはいえ、さすがに海水を貯めてプールにし、サメを捕獲して泳がせるなんてのは不可能でしょ(笑)。だから、今回はほんとサービス満点。ファンタジーギリギリのところで盛りまくっている(笑)。
もうひとつ、私が気に入ったのはコロセウム周辺のディテールが細かくなっているところ。たとえば剣闘のあと、グラウンドを整備するグラウンドキーパーみたいな人が出てきて地ならしみたいなことやってるよね。チラっとしか出てこないけど、ちゃんと絵にすることで説得力が生まれるの。
グラディエーター付きの医者もそうだよ。昔は床屋が外科手術をしていたくらいだから、あれで上等。ちゃんと痛みを和らげるためにアヘンを吸わせていたし。グラディエーター付きの医者が本当にいたかは知らないけど、いてもおかしくない……というか、演出の力でそう思わせている。
── ということは押井さん、スコットは今年で87歳にもかかわらず、演出力は衰えてなかったと?
押井 うん。何度も言うけど、“本格的な続編を作る”という最大のチャレンジまでやってのけているんだからね! 映像の迫力もハンパなくて、バラエティに富んだアクションの数々はでっかいスクリーンだからこそ堪能できるもの。
私がいつも気にしている音響も前作より数段良くなっている。この音響は絶対、劇場じゃないとダメ。スクリーンで観る映画を選ぶとき、映像の迫力で選んでいる人が多いと思うけど、実は音響がもっとも重要なんです。
── それをちゃんとクリアしてましたね。
押井 してた。あ、もうひとつのチャレンジが『アメリカン・ギャングスタ―』(07)以来になるデンゼル・ワシントン。彼を引っ張り出してヴィランを演じさせていた。ワシントンのあんな悪役、初めてだよ(笑)。
取材・文:渡辺麻紀
撮影:源賀津己
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第7回