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Vol.5『赦し』
女優・松浦りょうにインタビュー!

日本在住のインド人監督、アンシュル・チョウハンによる『赦し』が、「TOHOシネマズ・ピックアップ・シネマ」の第5弾に選出された。このシリーズは、「いま、気になる映画人や映画、もっと注目されるべき作品を邦画・洋画問わずピックアップする」というもの。そのコンセプトに合致する本作は、殺人事件の被害者遺族と加害者の歩み寄り=赦(ゆる)しを踏み込んで描いた骨太な1本。

その『赦し』で、ある事情から追い詰められ、凶行に及んでしまった加害者・福田夏奈を全身全霊で演じたのが、松浦りょう。映画をこよなく愛する彼女に、どのような経験を経て役に同化していったのか、その過程を教えていただいた。

没頭できるから映画は映画館で観たい
『赦し』を観たときはいろんな感情が渦巻いた

── 松浦さんは元々アンシュル・チョウハン監督のファンで、監督からオーディションを受けるように勧められたと伺いました。オーディションでは、ご自身の過去も打ち明けられたそうですね。

松浦 いろんなお話をしましたが、その中のひとつに、友だちがあまりいなかったという話をしました。いじめられていたとかではなく、私に協調性がなく、人と一緒にいることが得意ではなかったんです。集団の中にいると、自分が思っていないことを言わなきゃいけない場面がありますよね。でも私はそれができず、独りでいることが多くありました。それは自分が望んでそうなったわけではなく、あまりに不器用だったからそうすることしかできなくて。人と一緒にいるうえで寛容になれなかったことが、自分の中ですごく大きなコンプレックスでした。

自分にとっては恥だと思い、今まで誰かに打ち明けたことはなかったのですが、「アンシュル監督なら」と思い、初めて腹を割ってお話ししました。後々聞いたら、「そういう過去があるから君を選んだんだよ」とおっしゃっていました。

── 松浦さんは2カ月で80本ご覧になるほど映画好きと伺いました。

松浦 そのときは、観ることが好きだから観ていたというより、釜山国際映画祭でいろんな映画関係者と出会い、影響をとても受けて、映画をもっと観ないと!知らないと!と思ったことが大きいです。そして、たまたま前に所属していた事務所を辞めるタイミングだったため、オーディションや仕事を受けられない状況だったんです。なので、その2カ月を有効に使いたいと思い、何かに洗脳されたかのように、とにかく毎日映画を観ていました。私は基本的に映画館でしか映画を観たくないタイプで、その80本も全部ではないですが大半は映画館で観ました。今はさすがにそういう観方はできないのですが、そのときは時間が合ったりちょっとでも気になったりしたら観ていました。

── その中で、琴線に触れた作品はありましたか?

松浦 いくつかありますが、その中でも『ケイコ 目を澄ませて』は特に心に残っています。公開してすぐ観に行ったのですが、「ああいうお芝居がしたい」と心から思いました。すごくいい作品に出会うと、どうしても「自分がやりたかった」と悔しくなってしまうのですが、この作品はまさにそうでした。「こうした素晴らしい作品に出られるように頑張ろう」と自分のモチベーションにもなりましたし、単純に好きな作品でした。

── 松浦さんが惹かれる映画には、何か特徴や共通点があるのでしょうか。

松浦 4月に『赦し』がコンペティション部門に選ばれたイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭(東アジア・東南アジア製作の映画を対象とした映画祭)に10日間ほど参加していたのですが、これまで触れる機会のなかったマレーシアやモンゴルの素晴らしい映画に出合う機会がありました。本当に素晴らしい作品がいくつもあり、最近はアジア映画が気になっています。

── モンゴルの作品だと、直近だと『セールス・ガールの考現学』がありましたね。

松浦 まさにその作品です(ウディネ・ファーイースト映画祭にて映画ファンが選ぶ「パープル・マルベリー・アワード」を受賞)。モンゴル映画を初めて観たのですが、私が勝手に思い描いていたモンゴル映画のイメージとは全く違っていて、新しくて、とっても面白い作品でした。

── 松浦さんの映画館に対する想いも、ぜひ伺いたいです。

松浦 私はたくさん映画を観てきたわけではありませんし、特に映画に詳しいわけではありませんが、どれだけ映画館に行ってもやっぱり特別な場所だと思います。自分の中で当たり前にならないというか、きちんと心構えをして一つひとつの作品に向き合いますし、家で観るときとは気の持ちようが全く違います。当然ながら映像や音響も何百倍もいいですし、他のことは一切せず、映画を観るしかない環境というのも好きです。本当に没頭できるから、単純に「映画は映画館で観たい」と思っています。

── 『赦し』を劇場でご覧になった際は、いかがでしたか?

松浦 最初に観たのは釜山国際映画祭でしたが、やっぱり冷静に観られませんでした。アンシュル監督のファンだったから「出られて光栄だなぁ」ともあらためて思いましたし、自分が演じていた福田夏奈の気持ちが蘇ってきてしまったり、いろいろな感情が渦巻いてしまって。純粋には観られませんでした。

アンシュル監督と一緒にやるなら
いかに柔軟でいられるかが重要だった

── 本作の役作りがとても大変だったというお話を耳にしましたが、殺人犯のインタビューを読んだり、刑務所の食べ物やスケジュールを再現したりしたそうですね。準備期間にはどのくらいかけたのでしょう。

松浦 2カ月くらいだったと思います。監督から「孤独を知りなさい。刑務所生活に近い生活を送りなさい」と言われて、自分なりに考えたり調べたりしながら取り組んでいきました。

生活から切り替えていかなくてもカメラの前で上手に演じられる方もいるかと思いますが、私はそんなに器用じゃないので、そうしたアプローチを選びました。撮影現場でも、監督が楽屋を分けて下さいましたし、裁判のシーンのときも部屋の中にはたくさんの人がいらっしゃいましたが、私は本当に孤独にひとりで誰とも喋らずにいました。そういうことが、演じるうえですごく助けになりました。

『赦し』

── 撮影順は、どのような形だったのでしょうか。

松浦 順撮り(※脚本の順番どおり、あるいは物語の時系列順に撮影すること)ではなくて、最初はMEGUMIさん演じる岡崎澄子さんとの対峙シーンでした。元々は中盤に撮る予定だったのですが、コロナにかかってしまったこともあってスケジュールが変動したんです。最後に撮ったのはフラッシュバックのシーン(過去パート)でした。

── 初っ端からヘビーなシーンを撮影されたのですね……。バラバラで撮る以上、人物像をがっちり作り上げていかないといけませんよね。

松浦 しかもアンシュル監督は全くリハーサルをしなくて、ぶっつけ本番のようなスタイルなんです。本読み(※撮影前に行う台本の読み合わせ)は行いますが、感情的な部分の演出は特になく、本番でまずはぶつけてみる、という形でした。このシーンは私が一方的に話すものでしたが、自分なりに作っていったバージョンを演じたら、「あまりにも長いから4分の1の長さにしてほしい」と言われました。そこで咄嗟にセリフも間(ま)も削り、話すテンポも上げました。そのとき「この監督と一緒にやるなら、いかに柔軟でいられるかが重要だ」と感じ、その後のシーンに活かしていきました。

── ちなみに、全体のテイク数はいかがでしたか?

松浦 そこまで多くなかったかと思います。ポスターに使われたシーンではなかなかOKが出ず、テイクを重ねてしまいましたが……。

── ファーストテイクから松浦さんが精度の高いものを提示されていたからなのでしょうね。作品を拝見していても、常に震えているように見える点など、その瞬間の“反応”を感じました。そうした芝居は心身の負担も大きいでしょうし、なかなか再現が難しいものかとも思います。

松浦 ただ、撮影中は福田夏奈という人物になっていたので、「苦しい」とは思いませんでした。そこに至るまでの役づくり期間は苦しい作業でしたが、いざ夏奈になってしまえば「苦しい」より「申し訳ない」という気持ちが大きくて。裁判は自分の過去や被害者とその遺族に向き合わないといけないから苦しさはありますが、同時に彼女にとっては生活の一部でもありますから。

『赦し』

── そこまで入り込んでいると、撮影後に「役が抜けない」状態に陥ったりしませんでしたか?

松浦 抜け出せないということはなく、ただただもう夏奈と別れなければならないことが「寂しい」という感覚でした。

抑えて続けていた感情を解き放つ独房シーン
泣く演技で過呼吸のような状態にも

── なるほど。撮影期間中にはオン/オフをつけずに不眠にもなりかけたり、過呼吸になりそうな瞬間もあったとお聞きしました。どのようにしてリミッターを外したのでしょう?

松浦 過呼吸になりかけたのは独房で泣くシーンですが、そのシーンに至るまでの撮影では監督から「感情を抑えてほしい」と言われていました。そのためずっと感情を内に込めて演じていたのですが、このシーンにおいては「感情を出してほしい」と言われて。まず感情の方向性を確認しました。怒りなのか、不安なのか、それともまた違った感情なのか……。そうやってすり合わせをした後、実際にやってみて、監督から「まだまだ、もっともっといける」と言われてギアを上げて、そうしたら過呼吸のような、息ができない状態になりました。

── ある種のストロークが必要だったのですね。フラッシュバックのシーンも強烈でしたが、こちらはいかがでしたか?

松浦 体力的にも精神的にも一番きつかったですね……。でも夏奈にとっても、人生で一番辛い経験だったはずなので、そのシーンを想像ではなく、経験できたことは彼女を演じるうえで、本当に良かったなと思います。そして、クラスメイト役の子たちが本気で向き合ってきてくれたおかげでこっちもどんどん入り込めました。

── 今お話しいただいたように、センシティブなテーマを扱うからこそ、真摯に取り組む必要性が生まれてくるかと思います。もちろん演じられる方は大変かと思いますが……。

松浦 私もそう思います。夏奈を演じると決まったとき、責任を持って向き合わなければいけないと思い、撮影が終わるまでその気持ちを持ち続けていました。

『赦し』が公開されて連絡をくださる方もたくさんいましたし、いろんな方の心に届いてくれたことが嬉しいです。

── 『赦し』を経て、今後のキャリアにおける目標を教えて下さい。

松浦 やっぱり映画がやりたいです。たくさんの役を演じたいという想いはありますが、それ以上に今回の作品のように自分の身を削って、誠心誠意向き合える作品・役と出会えたらという気持ちが強くあります。

取材・文:SYO
撮影:源賀津己
(C)2022 December Production Committee. All rights reserved

『赦し』
全国順次公開中
https://yurushi-movie.com/

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