Vol.9『アット・ザ・ベンチ』
奥山由之監督にインタビュー!
TOHOシネマズが“いま、気になる映画・映画人”をピックアップする特集「TOHOシネマズ・ピックアップ・シネマ」が行われ、『アット・ザ・ベンチ』を手がけた奥山由之監督がTOHOシネマズ シャンテに登壇し、観客と語り合った。
本作は、東京・二子玉川の川沿いの芝生の真ん中に佇むベンチに座るさまざまな人々の日常を切り取ったオムニバス長編映画。広瀬すず、仲野太賀、岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々、今田美桜、森七菜、草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介ら豪華キャストが出演し、奥山監督を含む4人の脚本家がそれぞれのエピソードを手がけた。
ここまで読むと本作はどこか大きな会社が仕掛けた“ビッグ・プロジェクト”に思える。しかし、本作は写真家としても活動する奥山監督が個人的な想いから始めた自主制作映画。ヒットを狙うわけでも、豪華キャストを揃えることに力を注ぐのでもなく、コツコツと映画づくりをして、まずは動画配信で最初のエピソードを発表し、その波が広がるようにして映画館での上映が実現。奥山監督は「綺麗事を言うわけではなく、本当に周囲の方に恵まれて、みなさんに参加していただけたことが奇跡としか言いようがない」と語る。
ひとりの想いが波のように広がり、やがて映画館で奇跡を起こした。その道のりを奥山監督に聞いた。
「一緒に作って良かったな」と思ってもらいたい、その気持ち一心でした
── このプロジェクトが始まった段階で、映画館で上映することを想定していましたか?
奥山 していなかったですね。
── このプロジェクトはどのようにして始まったのでしょうか?
奥山 幼少期からいつも散歩している道中に大好きなベンチがあったんです。広場の真ん中にポツンとひとつだけ、まるで取り残されたように置かれていて、その哀愁感のある表情、佇まいに愛着を持っていたんですけど、2年ぐらい前にそのベンチの近くで大きな橋の工事が始まって、あらためてですけど、東京の景色ってこんな風に部分的に変化していって、いつかここがどんな場所だったのか思い出せなくなると思ったんです。そこでこのベンチとその情景を“作品”として残したい、と考えたのが作品作りの始まりでした。なのでひとりで企画書を書いて、そこからご一緒したい方々におひとりずつお声がけしていった感じです。

── ということは、投じた資金は回収しなければ、とか、完成した映画はどこで披露したい、などもなかったんですね。
奥山 そうですね。とにかくシンプルに、この物語を一緒に作りたい方は誰だろう?と考えて、おひとりずつに相談をしていった感じなので、回収とかそういうことはまったく考えていなかったです。だから、この映画が観客からどう観てもらえるだろう?とか、この作品を客観的に観るとどうなんだろう?みたいな思考がほとんどない状態でスタートしていました。僕としては参加してくださった方々が「一緒に作って良かったな」と思ってもらいたい、その気持ち一心でした。

── 映画の構成もそれぞれのエピソードで脚本家が異なり、映画の語り口も異なりますが、最初から“エピソードごとに違うカラーで”というよりは、脚本を丁寧に撮った結果、語り口が変わったという印象を受けます。
奥山 このような映画になった要因をあえて言語化するとしたら、やはり僕自身がこれまでに様々な系統の作品に影響を受けてきて、“私はこういうものをつくる人なんです”と自分自身を固定化していない、という点は大きいと思います。本作で言うと生方美久さん、蓮見翔さん、根本宗子さん、自分が書いたまったく異なる個性の物語、そのどれもがとても好きなんです。なので、コンセプチュアルなもの、プロデュースされたものにしないで、シンプルに自分の好きなものに傾倒してつくったことで、結果として多面性のある作品が生まれたんだと思います。
“想いの濃度”はとても濃く作れたと思います
── 正直に言いますが、ここまで豪華キャストと人気の脚本家が揃うオムニバス映画なので観る前は、「これはヒット狙いの映画なのかも」と少し身構えていたのですが、素直で、真っ直ぐな映画だったので本当に驚きでした。本作が口コミでファンを増やしているのは、本作の“正直さ”が観客に伝わったからではないでしょうか?
奥山 個人的に思い入れのある大好きベンチのことを作品に残したい、というシンプルだけれど純粋な想いに対して真摯に向き合ってくださった方々がいて、映画制作としてはミニマルなチームではあったんですけど、その分“想いの濃度”はとても濃く作れたと思います。ただただ“良い作品を作りたい”と思っている人たちだけでものづくりができること自体が極めて稀だと思うので、その温度感は観てくださった方に伝わっているのかもしれません。
嘘のない気持ちで、愛情を持って登場人物や物語と向き合う。“邪念のない眼差し”で見つめ続ける誠実さを、この映画を通して肯定することができたのは、僕としても大きな経験でした。

── 興味深いのは、本作ではエピソードごとに映像のルック(見た目)だけでなく、カメラが登場人物に対してどこまで近づくか、どのラインの中で動くかといった“語りのルール”も結果的には異なることです。しかし、すべての撮影を今村圭佑さんが手がけています。今村さんは藤井道人監督とタッグを組むことの多い名手ですが、どのような経緯で今村さんに撮影を依頼したのでしょうか?
奥山 僕は写真作品も作るので、どうしても映画監督の中でも画角だったり、撮影手法について強い意見のあるタイプだとは思います。ただ映像撮影に関してのプロではありません。専門知識もほとんど持ち合わせていない。
今村さんとは以前にファッション・フィルムでご一緒したことがありましたが、僕の意図をつぶさに咀嚼してくださった上で、これまでに今村さんが積んでこられた経験の中で活かせる知識や考えがあれば、とても丁寧に説明してくださるんです。今村さんとご一緒することで、何のストレスもなく、自分の積み上げてきたものと、今村さんが数多くの作品に携わって積み上げたものが相乗効果を起こす。それは画に確実に表れていると思います。
── ご自身で撮影まで手がけることは考えなかったのでしょうか?
奥山 写真と映像はアウトプットだけ見ると同じ視覚表現であっても、その制作工程はまるで異なります。なので、写真が撮れるからといって映像が撮れるわけではありません。そして僕にとって映画をつくることは“たくさんの人と関わりながらものづくりができる”という醍醐味もあって、自分だけではない別の視点が入ることで、自分が思ってもみなかった形に着地する面白さがあります。

── 結果として完成した映画は、動画配信サービスでの一部公開の段階から話題を集め、映画館でもヒットを記録。ついには数々の名作を上映してきたTOHOシネマズ シャンテでの上映となりました。
奥山 本当にありがたいです。このような映画をつくることができたのも、綺麗事を言うわけではなく、本当に周囲の方々に恵まれて、みなさんに参加していただけたことが奇跡としか言いようがない。こればっかりは、僕の頑張りとか、発想とかではなくて、本当にみなさんに参加してもらえたことへの感謝に尽きます。
最初から最後までイレギュラーな創作過程でしたから、参加してくださる方々も不安な気持ちでいっぱいだったと思います。それでも、何か良いものになりそう、という予感を頼りにポジティブな想いを持って参加していただけたことには感謝してもしきれないです。
── 本作がヒットしたことで奥山監督の次回作を期待している方も多いと思います。現在、新作の制作中ですよね?
奥山 はい。みなさんにいただいた幸福な事態にちゃんと応えられるように、これからも良いものづくりを目指したい、と思っています。
撮影:源賀津己
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『アット・ザ・ベンチ』
https://spoon-inc.co.jp/at-the-bench/
https://lp.p.pia.jp/event/movie/371672/index.html
Vol.1 <後編>
Vol.2 <前編>