Vol.7『佐々木、イン、マイマイン』
俳優・細川岳にインタビュー!
「いま、気になる映画人や映画、もっと注目されるべき作品を邦画・洋画問わずピックアップ」する“TOHOシネマズ・ピックアップ・シネマ”の第7弾が9月に開催され、2020年に初公開された『佐々木、イン、マイマイン』が上映された。
現在リバイバル公開中でもあるこの作品が選ばれたのは、タイトルロールの佐々木を演じ、内山拓也監督と共同脚本も務めた俳優、細川岳の活躍が目覚ましいから。「役者を辞める最後の作品のつもりで作った」という『佐々木、イン、マイマイン』をきっかけに、大河ドラマや朝ドラにまで進出した注目俳優に話を聞いた。
『ザ・マスター』が衝撃的すぎてホアキン・フェニックスにずっと憧れている
── 『佐々木、イン、マイマイン』の主人公は、役者として不遇だった細川さんご自身がモデルですよね?
細川 そうですね。脚本は内山(監督)と一緒に書いたんですけど、当時はほとんど何もやってないのと同じだったというか。20歳ぐらいで役者を始めて、とにかくいろんな自主映画に出て仲間というか、親しくなった監督たちが商業デビューするときにちょっと役をくれた、みたいなのが何カ月かに1回ある程度で。そのときと比べると役をちゃんともらえるようになりましたし、当時見えていた景色とは少し変わったなっていうのは思ってます。でもまだぜんぜん満足はしてなくて(笑)、もっともっとっていう気持ちはずっとありつつ、なんとか頑張っている感じです。
── いつ頃から役者になりたいと思っていたんでしょうか?
細川 父が家でたくさん映画を観る人で、映画館にもよく連れていってもらってたんです。それで漠然と「映画が好きだな」と思うようになりました。映画と宇宙がめちゃくちゃ好きで、中学か高校のときに、どっちかを仕事にしたいって思ったんです。演技の方は、探せば体験ワークショップみたいなものがいっぱいあって、役者っぽいことは経験できたんです。初めて人前でセリフを読んだときに何かが「バチッ!」って自分の中でハマって、もうこれだなと思って、高校を卒業して18、19歳ぐらいで上京しました。
ただ東京に来てみると、何をやっていいかが分からんないんですよ(笑)。でも人と知り合ったり、ちょっとずつ積み重ねていって、初めの段階で知り合ったのが内山だったりするので、出会いって全然無駄にならないというか、どう転がるか分からないなって思います。
── 𠮷田恵輔監督の『ミッシング』にも出演されていますが、𠮷田監督とも以前から知り合いだったそうですね。
細川 𠮷田さんには『佐々木…』の宣伝のときもお世話になってるんですけど、内山が連れていってくれた新宿のゴールデン街のお店に𠮷田さんもいらっしゃっていたんです。𠮷田さんって話がとても面白くて、初対面のときに挨拶はしたんですけど、ずっと𠮷田さんが喋られていて「俺、ぜんぜん面白いこと言えなかったな……」って反省しながら帰りました。『ミッシング』でオファーをいただいて、なんで呼んでもらえたのか不思議に思ったくらいです(笑)。
── 基本的には映画俳優を目指していたんでしょうか?
細川 はい。でも正直上京する前って、映画好きと言ってもさほど観てなかったと思うんです。東京に来てから映画館にもっと行くようになって、大作から自主映画までなんでも観てました。そこから自分の好きなものがよりはっきりしてきた感じです。気がつけば似たような感覚の人と仲良くなることがやっぱり多いですが、今の自分にはない感覚も吸収していきたいですね。
── 細川さんがお好きな傾向の作品や俳優は?
細川 一番回数を観てるのはデヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』で、今まで観た全映画の中で一番すごかったキャラクターは『ザ・マスター』のホアキン・フェニックスです。衝撃的すぎて、「こんな俳優になれる人がいんのか?」くらいに思って、いつかあそこまでたどり着きたいし、ホアキン・フェニックスはずっと憧れている俳優です。
『佐々木…』が完成して手応えがあったので「もっと行けるだろう!」と思っていた
── 『佐々木…』はそもそも細川さんのアイデアから始まって、内山監督と共同で脚本も書かれています。自分が出演するために映画を脚本から書くパターンは珍しいですよね?
細川 目指していたのは役者なんですけど、二十歳くらいのときに映画美学校の監督コースに入ったことがあったんです。上京してわりとすぐに、出演した『ガンバレとかうるせぇ』という自主映画が海外の映画祭に行ったりして、自分でも監督もやってみたいと思って『佐々木…』以前から脚本は書いていたんです。芝居する場所がずっとなかったので、溜まったフラストレーションを脚本を書くことで発散する、みたいなところはありました。ただ当時、自分で監督してみた映画がめちゃくちゃつまらなくて、それは完全にお蔵入りにしました(笑)。
── 『佐々木…』を自分で監督しようと思ったことは?
細川 それもなかったです。『佐々木…』は最初、実在する“佐々木”という友だちをモデルにした小説を書こうとしてたんです。本当は映画にしたかったのですが、自分は監督する気はありませんでしたし、小説にしようと。でも居酒屋かどこかでその話を内山にしたら「めちゃくちゃ面白いから一緒にやろう」みたいに言ってくれて、それであの映画が始まった感じです。
── 主人公の悠二を演じるか、佐々木を演じるかで悩まれたそうですね。
細川 最初は「佐々木の話を作りたい、それで面白い映画を作りたい」というのが出発点でした。でもやっぱり役者だから欲が出てきて「自分の企画で主演をやりたい!」みたいな気持ちも出てきたんです。ただそれって出発点の気持ちからはちょっと離れてしまっていたんだと思うんです。そのときに内山が「佐々木を演じて失敗する未来と、主人公を演じて成功する未来どっちがいい?」みたいなことを確か言ってくれて。逃げらんねえなって思った記憶がありますね。じゃあ主人公は誰に?って考えたときに、藤原季節しかいないって思ったんです。今では自分が佐々木をやってよかったというより「季節に主演してもらってよかった」って本当に思います。
── 『佐々木…』は高く評価されて、今回の再上映にも繋がっていると思うのですが、ご自身としては手応えはいかがでしたか?
細川 今になってみると「これ以上ないな」って思うんですけど、公開前は“これ以上”を想像してましたね(笑)。映画もそうですし、自分もそうですし、映画が完成したときにそれくらいの手応えがあったので、「もっと行けるだろう!」っていう気持ちがありました。たぶんいろいろ分かってなかったんですけど、自分がメインキャストとして入っている映画が初めてちゃんと劇場公開されて、なんか一生ずっと上映してるんじゃないかくらいに思ってました。でも、「ああ、公開されたら終わっていくんだな」って(笑)。それぐらい気持ちが乗ってましたね。
── でも4年を経てリバイバル上映されるのは珍しいですよね。
細川 やっぱり愛されてる作品だなと思います。観てくれた人たちにとって、本当に大事な映画になってるんだなっていう実感がありますね。再上映は内山が新作(『若き見知らぬ者たち』)を撮ったタイミングというのももちろんあると思うんですが、あの映画に関わった全員がまだ戦ってるからこういうふうな機会が巡ってきたんだろうなっていうのは思いますね。
── 確かに細川さんや藤原季節さん、森優作さんら出演者の多くが躍進していて、そして今、大ブレイクしている……。
細川 特に(河合)優実ちゃんが(笑)。でも、優実ちゃんは『佐々木…』の時点でもすごかったですけどね。たぶん昔だったら、今日の取材でもそういう周りの人たちのことも「負けたくねえ!」って言ってたと思うんです。仲間だけど、負けたくない気持ちが勝っていた。ですけど、今はもう本当に嬉しいんです。
優実ちゃんが活躍してるのも嬉しいし、宮田(佳典)さんと佐野(弘樹)くんっていうふたりは、俳優同士で企画して、監督に手紙を出したりして、『SUPER HAPPY FOREVER』(劇場公開中)っていう映画を作ってヴェネチア国際映画祭に行ったりしてるんです。
そうやって『佐々木…』で一緒に映画つくった人たちが、自分でフィールドを創って評価されてるのが本当にすごいし、めちゃくちゃ嬉しいんですよ。みんながちょっとずつ積み重ねて積み重ねて、いつかまた一緒にやれる瞬間が待ち遠しいです。
映画だけでなく大河ドラマや朝ドラ、舞台にも。今は純粋に芝居するのが楽しい
── 昨年は、安田章大さん主演の舞台『少女都市からの呼び声』にも出演されていますね。
細川 上京してから演劇に出たりもしたんですけど、それも23歳ぐらいが最後で。自分の中でも「舞台より映画の方がなにかやれるぞ」みたいな気持ちがあったんです。でも『佐々木…』があったおかげであの舞台に声がかかりまして、久しぶりに舞台をやったらめちゃくちゃ面白くて(笑)。今は純粋に芝居するのが楽しい。
趣味も全然なかったんですけど、人間として好きなものが増えていってる気がします。「俺には映画しかない、演技しかない」みたいに狭いところしか見えていなかったのが、ちょっと開けてきたなって感じですね。
── 2022年にはNHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と朝の連続テレビ小説『舞いあがれ!』に出演されて、今年は『虎に翼』にもゲスト出演されていました。大河や朝ドラだと周りの反応が違ったりしましたか?
細川 観ている母数が全然違うとは思いました。絶対に声をかけられないような田舎で「あ、なにわバードマンの?」って声をかけられたり。観てくれてる人がこんなにいるんだなってめちゃくちゃ思いましたね。
── 来年は新国立劇場の舞台『ザ・ヒューマンズ─人間たち』に出演されますが、『佐々木…』で脚本を書いたようにクリエイター方面の予定や野望はありますか?
細川 脚本はずっと書き続けていて、絶対に映画として実現させようと思っています。
── その脚本には当然、自分の役も書いていますか?
細川 おそらく。でも作品が面白くなるなら、自分は別に出なくてもいいとは思ってるんですけど。
── じゃあご自身で監督する可能性は?
細川 いや、監督はないです。昔やったので凝りてるんで(笑)。
取材・文:村山章
撮影:源賀津己
(C)「佐々木、イン、マイマイン』
『佐々木、イン、マイマイン』
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