賞レースを席巻! ノーランが選んだ精鋭キャストが挑む人間ドラマ『オッペンハイマー』
クリストファー・ノーラン監督の新作『オッペンハイマー』にはキリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jr.ら豪華キャストが顔を揃えている。実在の物理学者を主人公に、実在する人物が多数登場するドラマを描くため、ノーラン監督とキャストたちは時間をかけて準備を重ね、撮影に臨んだ。
本作はそのスケールの大きさ、重厚なドラマが高評価を集めているが、俳優陣の演技も本年度の映画賞を席巻する完成度を誇る。
第4回
本作に豪華キャストが揃った理由
ノーラン監督は現在の映画界を代表する人気監督のひとりで、監督作にはこれまでにも著名な俳優、スター俳優が数多く登場してきた。
アル・パチーノ、ロビン・ウィリアムズ、クリスチャン・ベール、ヒュー・ジャックマン、モーガン・フリーマン、マイケル・ケイン、レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、マシュー・マコノヒー、ティモシー・シャラメ、そしてヒース・レジャー……ハリウッド超大作の主演クラス、名優として知られるキャストがこぞって彼と作品をつくってきた。そして最新作『オッペンハイマー』にも豪華キャストが揃ったが、本作ではそのことがより重要な役割を担っている。
本作では基本的に史実に基づいたドラマが描かれ、登場する人物は主人公のオッペンハイマーをはじめ実在の人物だ。ここで描かれるドラマは歴史を変えてしまうほど重大な出来事で、そこに関わっている人間は多い。通常、このような題材を映画化する際には、実在の人物であっても省略したり、複数の人間を“ひとりのキャラクター”として脚色してしまうことが多い。
しかし本作では可能な限り、オッペンハイマーに関わった人物を省略したり、統合したりすることなく脚本が書かれている。その結果、登場人物はこれまでのノーラン作品よりも多くなり、それぞれの立場や役職もバラバラだ。
そこで登場した瞬間に顔の分かる豪華キャスト、一度観たら忘れないほど演技力の確かなキャストが揃っていることが重要になる。精鋭のキャストが時間をかけて挑んだ演技を積み重ねることで『オッペンハイマー』は完成したのだ。
「これだ、これだよ。君が主役になるときが来た」
先ごろ授賞式が行われた米国アカデミー賞で、本作で主演を務めたキリアン・マーフィーが主演男優賞に輝いた。その他、本年度の映画賞の同部門は彼が席巻している。
マーフィーはこれまでに数々の作品に出演しているが、2005年製作の『バットマン ビギンズ』以来、ノーラン監督と繰り返しタッグを組んでいる。
「初めて彼と仕事をしたとき、彼が途方もない才能を持っていることは明らかだった」とノーラン監督は振り返る。
「だから私たちは個人的に知り合い、職業として創造面でも関わるようになった。キリアンと一緒にできることはないかずっと探していたから、彼に電話してこう言えたときは本当にうれしかったよ。“これだ、これだよ、君が主役になるときが来た。君は自分の才能のすべてをかけてある人物になり、これまでにないやり方で自分を試すんだ”。彼も乗り気だった。私たちの夢がかなったんだ」
電話を受けたときのことをマーフィーはこう振り返る。
「僕に電話をくれて、オッペンハイマーを演じてくれと頼んでくるなんて予想もしませんでした。でも事実なんです。電話を切ったときは、喜びというよりむしろ茫然として座っているだけでした。自分は幸運だと感じました」
ノーラン監督はマーフィーに絶大な信頼を寄せている。マーフィーはノーラン監督からの依頼であれば「どんな小さな役でも駆けつける」という。そんなふたりがついに監督と主演俳優としてタッグを組んだのだ。
そこでマーフィーはオッペンハイマーについて書かれた書籍を読み、記録映像を何時間も観て、映画の脚本を読み込みながら役を探っていった。
「僕たちはずっと、オッペンハイマーの複雑さを追いかけていました。 彼は単純な人間ではまったくありません。この映画に出てくる人物はみんなそうですが。巨大な知性を持つことは重荷でもある。ああいう人物は、僕たちと違って、まったく違う飛行機に乗っていて、それが彼らの個人的な人生や心理に複雑な影響や負担をもたらします。そこがこの映画の巧みな点のひとつなんです」
“天才”とも称される物理学者の頭の中はどのような状態なのか? そこには彼が言うとおり、複雑で我々には想像もつかない重荷があるだろう。マーフィーはその苦悩やひらめき、単純化できない感情を繊細な演技を積み重ねて表現している。激情や大胆な演技ではなく、細やかな演技を丁寧につなぎ合わせて、映画1本をかけて人物像が浮かび上がってくるような壮大な仕事だ。しかし、彼は「ロバート・オッペンハイマーに似せようとはしていません」と語る。
「ここにあるのは、史料の中で見るオッペンハイマーと、クリスの脚本の中で出会うオッペンハイマーから蒸留されたオッペンハイマーなのです。イメージと解釈の統合に達するには、長い過程が必要でした」
映画で描かれるのは、物理学の本や記録映像には決して映っていない“オッペンハイマーの人間性”だ。その姿は多くの人に驚きを与えることになるだろう。
オッペンハイマーの人生を変えた者たち
天才物理学者オッペンハイマーの人生は、彼に関わる多くの人々によって影響を受け、変更を余儀無くされ、時に波乱を生み出すことになった。
彼の妻キティを演じたのは、エミリー・ブラント。マーフィーとは『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』でも共演しており、ブラントは「お互いに安心感と信頼がありました。何のエゴもなく、やかましい注意事項もなく、ただ何かいいものを作ろうとし、相手に誠実であろうとしている俳優と向き合って演じるという経験は、驚くべきものでした」と語る。
キティは生物学者・植物学者で、自身のキャリアと目標がある中でオッペンハイマーに出会い、結婚後、不安や孤独を味わうことになる。
「彼女はオッペンハイマーの中に自分と同類の知性を見出したのだと思います。彼に対しては本当の尊敬の念がありました。彼女は彼を信頼していたし、彼の方でも大きな決断をするときは、彼女が味方してくれた。彼は彼女を大いに頼りにしていて、彼女の意見は彼にとって最も重要なものでした。彼女自身も科学者で、聡明な頭脳を持ちながら、当時の女性として家事に忙殺されてそれを無駄にしなければならず、苦しんでいました。でも彼女はロバートを信頼し、崇拝し、支えていて、最大の味方だったのです」
ここにもまた、ロバート・オッペンハイマーとは異なる“複雑さ”がある。
そして、劇中でオッペンハイマーを「マンハッタン計画」に引き込む将校レズリー・グローヴスをマット・デイモンが演じる。本作は緊迫感のあるドラマを描いた作品だが、本作の製作を務めたエマ・トーマスは「オッペンハイマーとグローヴスの関係は、映画の中で楽しい部分です」と説明する。確かにデイモンが演じたグローヴスは鋭い側面もあるが、オッペンハイマーが彼に信頼や好意を寄せていることが分かる。「彼らの間にはある種の理解と親しみがあった」とデイモンは言う。
「グローヴスは、オッペンハイマーが何をしているのか、なぜそれをしているのか疑うことはなかった。グローヴスはこの工学上の偉業、彼らの努力が科学の上で持つ意味に絶対の誇りを抱いている。彼はこの武器が持つ意味について大して考えてはいない。ただこう言うんだ。“俺はやるって言った。だからやった”。こういう人物を演じるのは魅力的だった」
一方、オッペンハイマーと緊張状態にあるのが、ロバート・ダウニー・Jr.が演じるルイス・ストローズだ。アメリカ原子力委員会の創設委員で、オッペンハイマーとは対照的なキャラクターとして描かれる。近年はマーベル・スタジオ映画など超大作への出演が続くダウニー・Jr.は、本作へのオファーを即決したようだ。
「クリストファー・ノーランだからね、彼にとって重要な仕事だ。キャストっていうのは、それぞれがこの仕事をしようと選択した人々の集まりだ。そしてこの企画が始動するや否や、世界では立て続けにいろんな出来事が起こり始めて、この映画はまるで今の世界のメタファーのようなものになってきたんだ。だからこのオファーを受けるのは考えるまでもないことだった」
それぞれの俳優が自らのキャラクターを多面的に捉え、衣装やメイクチームも俳優の演技を最大限に活かし、スクリーンに“あの時代”を描くための試行錯誤を続けたという。
どれほど巨大なセットが組まれようと、どれだけ大規模なカメラが置かれようと、本作の常に中心にあるのは、登場人物たちの迷いや葛藤、苦悩だ。そしてそれを演じるのは、ノーラン監督が希望し、選び抜いた俳優陣なのだ。
『オッペンハイマー』
3月29日(金)公開
公式サイトhttps://www.oppenheimermovie.jp/
(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.
Photo:Aflo
第4回