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どうすればデジタルを使わずに核実験を描けるか!? ノーランたちの並々ならぬこだわり

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2008年に公開された映画『ダークナイト』では、ヒース・レジャー演じる悪役ジョーカーが病院を爆破するシーンがある。病院に仕掛けられた爆弾が次から次へと火を放ち、ついには病院を丸ごと炎で包むほどの爆発が起こる。このシーンはCGではなく実際に建物を爆破して撮影された。クリストファー・ノーラン監督は可能な限り、実物を撮影しようとする監督なのだ。

しかし、第96回アカデミー賞で作品賞、監督賞、撮影賞を含む最多7部門受賞に輝いた最新作『オッペンハイマー』では、新たな問題にぶつかった。本作は20世紀を生きた天才物理学者の半生を描いた作品で、劇中には“人類史上初の核実験”のシーンが登場する。もちろん、この場面を実際に核実験をして撮影することはできない。しかし、CGにはできるだけ頼りたくない。どうする、ノーラン。

実在し、同時に“映画の中にしかない”場所

とは言え、本作はノーラン監督が自ら脚本を執筆し、世界トップクラスの俳優とスタッフが集まって撮影される映画作品だ。『アス』や名作『NOPE/ノープ』なども手がけたルース・デ・ヨンクは本作のプロダクションデザイナーに就任し、入念なリサーチを行なったが、歴史の“再現”にならないよう気を配ったという。

「クリスは“ルース、僕たちが作っているのは退屈で眠たくなるドキュメンタリーじゃないんだ”とよく言っていました。その助言は助かりました。私たちがやらなければならないのは実物を見て、エッセンスをつかみ、その上でそこから離れ、自分たちの映画を作ることだったんですから」

そのため、リサーチを経た上でセットがデザインされ、ロケ場所の選定が行われた。本作は最終的には撮影されたフィルムが編集されることになるため、外観と内観で撮影場所が異なるシーンもある。重要なのは、映画になったときに最高の場所を探ることだ。

撮影は実際に実験が行われたニューメキシコ州をはじめ、オッペンハイマーとアインシュタインが第二次世界大戦後に共に勤務したプリンストン高等研究所(ニュージャージー州)、彼が実際に妻と暮らしていた家などで行われた。プロデューサーのチャールズ・ローヴェンは語る。

「クリスはすべてが本物らしくなることを望みました。マンハッタン計画の人々が実際に暮らしていた場所で撮ろうが、イチから作り上げた場所で撮ろうが、です。しかも手作り感を求めていました。スタジオセットと分かるような、あるいはコンピュータで作ったイメージではないものです。それは映画全編で感じてもらえるはずです」

歴史を変えた“光”を描く

かつてノーラン監督は『ダークナイト ライジング』で核爆弾が爆発するシーンを登場させている。そのときはCGが使用されたが、本作に登場する“トリニティ実験”のシーンは最初からデジタルを使用せずに撮影しようと決めていたという。

「初めから私たちは、トリニティ実験の撮影方法を考え出すのが肝になると知っていたんだ。CGでは、トリニティ実験のような現実の出来事の実際のフッテージを観たときのような恐怖を観客に与えることができないと分かっていた。あのフッテージには本能的な感覚がある。触覚的なもので、恐怖だけでなく畏怖のような感覚もあるんだ。これは挑戦だった」

そこで『インターステラー』『TENET テネット』にも参加した特殊効果のスーパーバイザー、スコット・フィッシャーと、『TENET』に続いて参加するアンドリュー・ジャクソンは、スタッフと共に撮影方法から考えることになった。

彼らは撮影前に様々な実験を行なった。ピンポン玉をぶつけ、ペンキを壁にぶつけ、発光マグネシウム溶液を作成し、それらを距離やフレームレートを変えながら撮影してみる。最終的な視覚効果は400以上の要素を複雑に組み合わせて作り上げられたが、“どうやって撮影されたのか?”については秘密のままだ。

中にはどう考えても撮影が複雑になるであろうシーンもあった。たとえば原子核内で動き続ける素粒子を描いたシーンだ。しかし、それらは絶対に描かれる必要があった。ジャクソンは振り返る。

「原子核内で絶え間なく動く素粒子を描かねばなりませんでしたが、それはオッペンハイマーの複雑な精神状態を表現するために絶対に必要だったのです。

あの当時は素粒子の動きの完全な理解はありませんでしたから、それを正確に描き出すことはできません。かといって、解説用のコンピュータ画像も私たちが望んだ深みには達しません。

だから間を取って、ノーランの脚本と、オッペンハイマーの複雑な内面からアイデアを受けて、芸術的に解釈された素粒子の視覚化を試みました」

本作で描かれる恐ろしい光、炎、その内部で動き続ける素粒子は実験の成果でも、歴史の再現でもない。すべてが主人公オッペンハイマーのドラマと深く結びついている。そして、それらはすべてが“実物”である必要があったのだ。

大スクリーンでしか見えない“細部”にこだわる

本作は映画の大半の場面がIMAX65ミリと65ミリ・ラージフォーマット・フィルムで撮影された。その解像度は人間が認識できる8Kをはるかに超えるもので、どんなディテールも映し出してしまう。そのため、本作では大きなスクリーンで観ないと気づかないような部分まで徹底的にこだわって撮影が行われている。

その一例がオッペンハイマーの“指”だ。

本作でメイクを担当したルイサ・エイベルは、オッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィーの顔だけでなく、指先にもメイクを施した。オッペンハイマーは喫煙習慣があるので、指先にはニコチンの染みがあるはずだからだ。指先のほんの少しの色の違いまで、IMAXカメラは映し取ってしまう。それを踏まえてメイクを施すスタッフがいる。すべてカメラの前にある“実物”だ。

本作は歴史に残る瞬間、多くの人が記録フィルムでしか観たことのない瞬間を“目の前”で目撃しているような場面が次から次へと登場する。そのすべてがデジタルの力を借りずに撮影され、そのこだわりはスクリーンで観ないと気づかないほどのレベルにまで達した。しかし、それこそがノーラン監督が望んだことなのだ。

「CGがひとつの手だというのは一理ある。でも、それではオッペンハイマーの個人的で独特の感覚をつかめないと感じたんだ。ニュートン力学から量子力学へのパラダイムシフトの最前線にいた人間の思考プロセスを表現する、偶像破壊的で、個人的で、恐ろしくもあり美しくもある、信じがたいイメージの数々を私たちは生み出すことができた」

映画『オッペンハイマー』を観ることは、そんなイメージを目撃することでもあるのだ。

『オッペンハイマー』
3月29日(金)公開
公式サイトhttps://www.oppenheimermovie.jp/
(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.
Photo:Aflo