Vol.10『ロストサマー』『愚か者の身分』
林裕太にインタビュー!
TOHOシネマズが“いま、気になる映画・映画人”をピックアップする特集「TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ」が行われ、俳優の林裕太が登壇した。
林は2000年生まれの俳優で、2021年に映画デビュー。イベント当日に上映された『ロストサマー』は2023年の主演作で、虚しそうな表情を浮かべる青年・フユを見事に演じている。10月24日(金)から公開になる『愚か者の身分』では北村匠海、綾野剛と共演し、3人で釜山国際映画祭の最優秀俳優賞を受賞した。
いま、注目を集める林は演じる上で何を重視しているのか? 『ロストサマー』と『愚か者の身分』の意外な共通点とは? イベント登壇前に林に話を聞いた。
俳優としてのイメージが自分の中で確立されたのが『ロストサマー』
── ご自身が「TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ」に選ばれた感想を教えてください。
林 本当に嬉しくて、最初は「え? なぜ僕が?」と思いました(笑)。
── 今回のプログラムが組まれたのは釜山映画祭での受賞前ですので、純粋に林さんのこれまでのご活躍でプログラムが決定したそうです。
林 これまでは個人として注目をしていただく機会が多くなかったので、このようなお話をいただいて「自分のお芝居を観て、良く思っていただけた。こんな僕に注目をしてくれる人がいたんだ」という喜びと実感がわきました。「TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ」は映画館の方が主催するイベントだということも感慨深いです。映画館の方は観客のみなさんに映画を手渡すリレーでいうと“アンカー”のような役割の方々で、その方々が僕のことをちゃんと観てくれていた。そのことに特別な意味を感じますし、これまで俳優を続けてきて良かった、と思いました。
── 上映された『ロストサマー』は約2年前の作品になりますが、あらためて林さんにとって、どのような作品になりましたか?

林 僕が演じたフユは父がいなくて、母親から暴力を受けて育った人物で、ずっと孤独で誰にも頼れないまま生きてきて、ある日、秋という男性に出会う。僕は俳優として“善にも悪にもなれない、その狭間で揺れ動いている人物”を任されることが多いのですが、そのイメージが自分の中で確立されたのが『ロストサマー』です。だから、ここで得たものを今後どうやって生かしていくのか? それとも裏切るのか? そんなことを考えるきっかけをもらえたのもこの作品だと思っています。
── 設定も共演者もフィルムメイカーも異なりますが、林さんの演じられた役だけ見ると『ロストサマー』と『愚か者の身分』にはどこか似たムードがあります。
林 そうですよね。僕もこうしてお話をしていてあらためてそう思いました。歴史には“もし”がないわけですけど、もし僕が『ロストサマー』に出演していなかったら、きっと『愚か者の身分』での演技は現在と違ったものになっていた気がします。『ロストサマー』では母親から暴力を受けるシーンで自分の身体がグッと“固まる”感覚があったんです。その身体の状態は『愚か者の身分』のマモルを演じる上でとても役に立ちました。
── いま、身体の話が出たので質問させてください。林さんはセリフを話していない時間、ベッドから起き上がったり、放り投げられたパンを掴んで食べる、というような何げない動きをとても繊細に表現されていると思います。演技をする上で“身体”の占めるウェイトはどのぐらい大きいのでしょうか?
林 ありがとうございます。そう言ってもらえるのはとても嬉しいです。というのも、僕は役を演じる上で最も大事なのは“身体”だと思っているんです。まず、演じる上では“表情に頼らずに役を演じる”ということを常に考えています。まず何よりも身体がある。その状態を常に意識して、身体が動くこと、身体のあり方で感情が動いていく。そんな逆転の発想が常にあります。
── 極端に言うと“身体が悲しいので、心も悲しい”ということですか?
林 そうです。身体と心のつながりを大切に演じています。
── 余談ですが、実際にお会いする林さんより、スクリーンの林さんの方が少し小さく見えます。『ロストサマー』も『愚か者の身分』もいつも何かに怯えて、萎縮している人物を演じているからかもしれません。
林 そう言っていただけるのはとても嬉しいです(笑)。
僕自身のことよりも、作品がより多くの人に届いてほしい
── 『ロストサマー』で共演された小林勝也さんは舞台でも活躍されている名優です。小林さんの身体のあり方から受けた影響はありますか?
林 勝也さんとの共演は本当に大きな財産になりました。まず、本当に立ち姿が素敵な方なんです! どんなときも凛としてらっしゃって、映画のラストに僕がもたれかかるシーンがあるのですが、勝也さんは本当に体幹が強いんですよ! 僕が体重をすべて預けても、しっかりと支えてくださって、そのときに“勝也さんは演じるための身体、役のための身体をずっと作ってきた方なんだ”と思ったんです。それは筋トレとかそういうことではなくて、ずっと舞台に立ち、自分がそのような場にいることをずっと意識してきたことで生まれた身体ではないか。そこは本当に見習いたいと思っています。

あと、撮影中に勝也さんに何かアドバイスをいただきたいとお願いしたんです。すると“簡単なことは難しく、難しいことは簡単に”と言っていただいた。それは今もずっと意識していることです。芝居として難しい場面であるときほど、それをいかに“簡単にやっているように見えるか?”を考えるようになりましたし、逆にテーブルの上のペットボトルを取るような簡単な動きであっても、そこに役が見えてくると思うので緻密に考えながら演技しなければいけないと思うようになりました。勝也さんはそのことを『ロストサマー』の現場でも体現されている方だったので、本当に勉強をさせてもらいました。
── 先輩という点では『愚か者の身分』で共演された北村匠海さん、綾野剛さんも先輩俳優です。
林 僕はこれまで本当に先輩に恵まれてきたと思っていますし、先輩のおかげでどの現場でも成長できたと思っています。先輩のお芝居のやり方や現場での振る舞いから吸収できることがたくさんありますし、素敵な先輩の真似をすることは多いです。

── 一方で映画の現場ではカメラが回れば先輩、後輩は関係なく“共演者”になります。
林 そこも面白いところですよね。カメラが回って一緒にセッションをすることで、後で「あのときはこうだった」とお互いに話すことができますし、演じる度に話す内容も増えていく。僕がこの仕事が好きな理由のひとつでもあります。
── そうやってセッションを重ねながら北村さん、綾野さん、林さんで演じた作品で、3人揃って釜山国際映画祭で最優秀俳優賞を受賞しました。
林 何よりも作品が愛された結果だと思っています。(北村)匠海くんが主演の作品ではあるんですけど、僕の出演が決まる前から剛さんと匠海くんは“この映画は誰が主役というよりも、3人のつながりを大事にしていこう”と方針を立てていて、それが形になった映画です。その想いを釜山国際映画祭の審査員の方たちがちゃんと汲み取ってくださって、作品が評価されたし、俳優3人に賞を、と言っていただけた。一番良い賞のいただき方だったと思います。
── 『愚か者の身分』は闇ビジネスの世界に足を踏み入れる若者たちを描いた作品で、扱われる題材は刺激的で、時に暴力も描かれますが、その根底にある感情は普遍的なもので、“これまで耳を傾けてこなかったけど、確かに存在する声や感情”が描かれていると感じました。
林 ありがとうございます。僕はいつも自分と、自分が演じる役は別のものだと思っています。だからこそ役について考え続けたいですし、完全にその人を理解することはできなくても、頑張って想像を重ねて役の人物を理解しようとする。届かないかもしれないけど、頑張り続けた軌跡を届けることが僕の仕事だと思っています。
── 賞を受賞されて林さんに注目が集まっています。この状況について思うことはありますか?
林 僕自身が注目されることには大きな意味はなくて、こうして注目してくださることで、僕が出演する作品や、これまでの出演作を知っていただけることに大きな意味があると思っています。俳優として作品に関わる以上は、作品がより多くの人に届いてほしいと思っています。
とは言え、僕のやることは本当にこれからも何も変わらないんです。いただいた役に対して実直に取り組む。僕が考え続けているのはそれだけです。
取材・文:中谷祐介(ぴあ編集部)
撮影:源賀津己
ヘアメイク:佐々木麻里子
スタイリスト:ホカリキュウ
『ロストサマー』
https://lostsummer-movie.com/
https://lp.p.pia.jp/event/movie/259786/index.html
(C)2022『ロストサマー』
『愚か者の身分』
https://orokamono-movie.jp/
https://lp.p.pia.jp/event/movie/412183/index.html
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会
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